少女と二千年の悪魔

大天使ミコエル

文字の大きさ
上 下
23 / 87
第二章

夜の世界 5

しおりを挟む
 いつの間に寝てしまったのか、鐘の音で少女は目を覚ました。
 今となっては、鐘の音でしか、時間の感覚が保てなかった。少女はランタンを持ち、当たり前のように外へ出て行く。
 空腹を感じないわけではない。体力がなくなっていっているのもわかる。けれど、食事を取ることも身なりを整えることも興味が湧かなかった。
 ドレスもあの日のまま。顔も煤けているかもしれないが、誰に会うわけでもない。
 昨日は西の辺りを見てまわったから、今日は東の住宅地の方へ。家々を訪ねては、生きている人間がいないか、探してまわった。
 テーブルの下、タンスの中、出来る限り見られるところは全て見た。ほんとんどの家がやはり鍵は開いていて、中を覗くことができた。けれど、人は見当たらない。
 その日は1日外に居た。歩き疲れても、時間の感覚もない。
 広場まで戻ると噴水の縁に座り込み、手ですくった水を口にあてる。飲むというほどでもない。ただ、何も考えず口にあてる。
 立ち上がり、周りを見渡す。できるだけ外を明るくするため、お邪魔した家々のランプには火を入れたので、初めの頃よりは明るい街だ。ただ、しんと静まり返った街。
 動物の鳴き声が微かに聞こえることがあるところをみると、動物は存在していて、しかし暗くて出てこれずにいるのだろう。猫や鳥の影のようなものを見かけることもある。けれど、どう探しても人間らしいものは見ることはなかった。
 街からは皆もう逃げてしまったのかもしれない。それでも、探さないわけにいかなかった。
 レンガの広場で立ち上がったその時、カカンッと何かが落ちる音がした。
 下を覗くと、胸からブローチが落ちたのがわかった。
 ランの花なのだと言っていた、ロベリアのブローチ。ふっと、ニカッと笑うロベリアの顔が浮かんだ。
「ロベリ……ア……?」
 座り込み、ブローチを拾った。
 大切なものだから。
 それは、とても大切なものだから。
 壊れものを扱うように、そっと拾い上げる。撫でると、晴れた日のことを思い出す。それはほんの数日前だったようにも、とても昔だったようにも思えた。ロベリアは少女を友達だと言ってくれた。エリオットは少女に結婚しようと言ってくれた。父と母は少女を抱きしめてくれた。
「ふっ……あっ……ロベリ……ア……」
 レンガの広場にうずくまる。
 どこに行ってしまったんだろう。
 どうして私もそこへ行けなかったんだろう。
「あぁぁぁぁぁ……」
 途端に涙が溢れ、張り裂けそうな声が漏れた。
 心の中の何かが、決壊したように思えた。
 少女は、誰の目を気にすることもなく、まるで子供のように泣いた。何時間も泣いて、それでも歩くこともできず、レンガの広場に横たわる。
 ただ一人、広場で横たわり、それでも涙は止めどなく流れた。
 レンガはやはり、冷たくも熱くもなくて、まるで春にひなたぼっこをしているような暖かさだ。
 空は何も考えていないような星空が続くばかり。
 少女は、その日、その広場にうずくまって眠った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...