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第二章
夜の世界 5
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いつの間に寝てしまったのか、鐘の音で少女は目を覚ました。
今となっては、鐘の音でしか、時間の感覚が保てなかった。少女はランタンを持ち、当たり前のように外へ出て行く。
空腹を感じないわけではない。体力がなくなっていっているのもわかる。けれど、食事を取ることも身なりを整えることも興味が湧かなかった。
ドレスもあの日のまま。顔も煤けているかもしれないが、誰に会うわけでもない。
昨日は西の辺りを見てまわったから、今日は東の住宅地の方へ。家々を訪ねては、生きている人間がいないか、探してまわった。
テーブルの下、タンスの中、出来る限り見られるところは全て見た。ほんとんどの家がやはり鍵は開いていて、中を覗くことができた。けれど、人は見当たらない。
その日は1日外に居た。歩き疲れても、時間の感覚もない。
広場まで戻ると噴水の縁に座り込み、手ですくった水を口にあてる。飲むというほどでもない。ただ、何も考えず口にあてる。
立ち上がり、周りを見渡す。できるだけ外を明るくするため、お邪魔した家々のランプには火を入れたので、初めの頃よりは明るい街だ。ただ、しんと静まり返った街。
動物の鳴き声が微かに聞こえることがあるところをみると、動物は存在していて、しかし暗くて出てこれずにいるのだろう。猫や鳥の影のようなものを見かけることもある。けれど、どう探しても人間らしいものは見ることはなかった。
街からは皆もう逃げてしまったのかもしれない。それでも、探さないわけにいかなかった。
レンガの広場で立ち上がったその時、カカンッと何かが落ちる音がした。
下を覗くと、胸からブローチが落ちたのがわかった。
ランの花なのだと言っていた、ロベリアのブローチ。ふっと、ニカッと笑うロベリアの顔が浮かんだ。
「ロベリ……ア……?」
座り込み、ブローチを拾った。
大切なものだから。
それは、とても大切なものだから。
壊れものを扱うように、そっと拾い上げる。撫でると、晴れた日のことを思い出す。それはほんの数日前だったようにも、とても昔だったようにも思えた。ロベリアは少女を友達だと言ってくれた。エリオットは少女に結婚しようと言ってくれた。父と母は少女を抱きしめてくれた。
「ふっ……あっ……ロベリ……ア……」
レンガの広場にうずくまる。
どこに行ってしまったんだろう。
どうして私もそこへ行けなかったんだろう。
「あぁぁぁぁぁ……」
途端に涙が溢れ、張り裂けそうな声が漏れた。
心の中の何かが、決壊したように思えた。
少女は、誰の目を気にすることもなく、まるで子供のように泣いた。何時間も泣いて、それでも歩くこともできず、レンガの広場に横たわる。
ただ一人、広場で横たわり、それでも涙は止めどなく流れた。
レンガはやはり、冷たくも熱くもなくて、まるで春にひなたぼっこをしているような暖かさだ。
空は何も考えていないような星空が続くばかり。
少女は、その日、その広場にうずくまって眠った。
今となっては、鐘の音でしか、時間の感覚が保てなかった。少女はランタンを持ち、当たり前のように外へ出て行く。
空腹を感じないわけではない。体力がなくなっていっているのもわかる。けれど、食事を取ることも身なりを整えることも興味が湧かなかった。
ドレスもあの日のまま。顔も煤けているかもしれないが、誰に会うわけでもない。
昨日は西の辺りを見てまわったから、今日は東の住宅地の方へ。家々を訪ねては、生きている人間がいないか、探してまわった。
テーブルの下、タンスの中、出来る限り見られるところは全て見た。ほんとんどの家がやはり鍵は開いていて、中を覗くことができた。けれど、人は見当たらない。
その日は1日外に居た。歩き疲れても、時間の感覚もない。
広場まで戻ると噴水の縁に座り込み、手ですくった水を口にあてる。飲むというほどでもない。ただ、何も考えず口にあてる。
立ち上がり、周りを見渡す。できるだけ外を明るくするため、お邪魔した家々のランプには火を入れたので、初めの頃よりは明るい街だ。ただ、しんと静まり返った街。
動物の鳴き声が微かに聞こえることがあるところをみると、動物は存在していて、しかし暗くて出てこれずにいるのだろう。猫や鳥の影のようなものを見かけることもある。けれど、どう探しても人間らしいものは見ることはなかった。
街からは皆もう逃げてしまったのかもしれない。それでも、探さないわけにいかなかった。
レンガの広場で立ち上がったその時、カカンッと何かが落ちる音がした。
下を覗くと、胸からブローチが落ちたのがわかった。
ランの花なのだと言っていた、ロベリアのブローチ。ふっと、ニカッと笑うロベリアの顔が浮かんだ。
「ロベリ……ア……?」
座り込み、ブローチを拾った。
大切なものだから。
それは、とても大切なものだから。
壊れものを扱うように、そっと拾い上げる。撫でると、晴れた日のことを思い出す。それはほんの数日前だったようにも、とても昔だったようにも思えた。ロベリアは少女を友達だと言ってくれた。エリオットは少女に結婚しようと言ってくれた。父と母は少女を抱きしめてくれた。
「ふっ……あっ……ロベリ……ア……」
レンガの広場にうずくまる。
どこに行ってしまったんだろう。
どうして私もそこへ行けなかったんだろう。
「あぁぁぁぁぁ……」
途端に涙が溢れ、張り裂けそうな声が漏れた。
心の中の何かが、決壊したように思えた。
少女は、誰の目を気にすることもなく、まるで子供のように泣いた。何時間も泣いて、それでも歩くこともできず、レンガの広場に横たわる。
ただ一人、広場で横たわり、それでも涙は止めどなく流れた。
レンガはやはり、冷たくも熱くもなくて、まるで春にひなたぼっこをしているような暖かさだ。
空は何も考えていないような星空が続くばかり。
少女は、その日、その広場にうずくまって眠った。
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