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第一章
幸せの花冠 1
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鏡の中の自分を見ながら、マリィはふと呟いた。
「クッキーを食べてはダメかしら」
鏡越しに窓際のテーブルを覗くと、レースのようなお皿の上に薄茶色のクッキーが数枚乗っているのが見える。
マリィの髪を整えていたエミルがすかさずそれに応える。
「マリィ様、クッキーはエルリック様とのご挨拶を終えられてからにしてくださいね」
「わかってるわ」
少し不服そうな声が出てしまったが、マリィだってそんなことはわかっている。ただ、料理長のクッキーを無駄にするわけにはいかないのだ。料理長のクッキーは世界一美味しいのだから。
マリィだって、万が一クッキーにまみれたドレスで挨拶に出るつもりはない。3日後には12歳を迎えるレディなわけだし。それも、エルリックの前では特に。
エミルがマリィの緑色のドレスに合わせて、赤いリボンを結び終えた瞬間、街の教会のてっぺんにある鐘が大きく響く音が聞こえた。
「さあ、マリィ様、そろそろおいでになりますよ」
マリィは椅子から立ち上がると、全身をくまなく眺める。茶色の髪が映える髪型に仕立てあげてもらい、満足を顔に出す。
「ありがとう、エミル。今日も最高だわ」
クルクルとまわりながら窓の外を見ると、すでに街の先がざわついているのが見える。家々の隙間から、大きな馬車がこちらへ向かっているのがうかがえた。
エミルに促されながら慌てて部屋を飛び出し、すでに玄関ホールで待ち構えている格好の父と母の姿を認めた。
何段もある階段につっかかりながら、父と母に走りよると、目の前でクルクルとまわって見せ、恭しく頭を下げる。
「ごきげんよう、お父様、お母様」
「ええ、素敵だわ、マリィ」
そう言って笑おうとする母の顔は、どこか硬い、気がした。
父の顔を覗くとやはり、マリィに挨拶はするものの、目を合わせようともしない。
いくらエルリックが来るといっても。
どこかおかしい気がした。
エルリックは、この国の王子様だ。
この小さな王国の第一王子。
とはいえ、公爵でもある父と交流が深く、マリィとも幼馴染。
この公爵領から王の城まで遠くはあるが、城でもよく会っているし、ここへこうして遊びに来ることも一度や二度ではない。去年の誕生日にも同じように来ていただいたし。
そこまで緊張する間柄でもないと思うのだが、どうしたというのだろう。
父と母の隣へ陣取り、横目でこそこそと父と母の顔をうかがう。
それと同時に、父と母もなぜかマリィの顔を覗きこんで、ちょうどぴったり目が合う形になった。
けれど、両親ともども、なんだか気まずそうに目線が逸れていく。
「…………?」
本当に、なにがあったというんだろう。
目の前にある大きな玄関ドアを、執事のトーマスが開け、陽の光が目に届く。
空は青。
玄関先の天使が守る門を、金で飾られた大きな馬車が入ってくるのが見えた。
それはとてもよく晴れた、爽やかな日のことだった。
「クッキーを食べてはダメかしら」
鏡越しに窓際のテーブルを覗くと、レースのようなお皿の上に薄茶色のクッキーが数枚乗っているのが見える。
マリィの髪を整えていたエミルがすかさずそれに応える。
「マリィ様、クッキーはエルリック様とのご挨拶を終えられてからにしてくださいね」
「わかってるわ」
少し不服そうな声が出てしまったが、マリィだってそんなことはわかっている。ただ、料理長のクッキーを無駄にするわけにはいかないのだ。料理長のクッキーは世界一美味しいのだから。
マリィだって、万が一クッキーにまみれたドレスで挨拶に出るつもりはない。3日後には12歳を迎えるレディなわけだし。それも、エルリックの前では特に。
エミルがマリィの緑色のドレスに合わせて、赤いリボンを結び終えた瞬間、街の教会のてっぺんにある鐘が大きく響く音が聞こえた。
「さあ、マリィ様、そろそろおいでになりますよ」
マリィは椅子から立ち上がると、全身をくまなく眺める。茶色の髪が映える髪型に仕立てあげてもらい、満足を顔に出す。
「ありがとう、エミル。今日も最高だわ」
クルクルとまわりながら窓の外を見ると、すでに街の先がざわついているのが見える。家々の隙間から、大きな馬車がこちらへ向かっているのがうかがえた。
エミルに促されながら慌てて部屋を飛び出し、すでに玄関ホールで待ち構えている格好の父と母の姿を認めた。
何段もある階段につっかかりながら、父と母に走りよると、目の前でクルクルとまわって見せ、恭しく頭を下げる。
「ごきげんよう、お父様、お母様」
「ええ、素敵だわ、マリィ」
そう言って笑おうとする母の顔は、どこか硬い、気がした。
父の顔を覗くとやはり、マリィに挨拶はするものの、目を合わせようともしない。
いくらエルリックが来るといっても。
どこかおかしい気がした。
エルリックは、この国の王子様だ。
この小さな王国の第一王子。
とはいえ、公爵でもある父と交流が深く、マリィとも幼馴染。
この公爵領から王の城まで遠くはあるが、城でもよく会っているし、ここへこうして遊びに来ることも一度や二度ではない。去年の誕生日にも同じように来ていただいたし。
そこまで緊張する間柄でもないと思うのだが、どうしたというのだろう。
父と母の隣へ陣取り、横目でこそこそと父と母の顔をうかがう。
それと同時に、父と母もなぜかマリィの顔を覗きこんで、ちょうどぴったり目が合う形になった。
けれど、両親ともども、なんだか気まずそうに目線が逸れていく。
「…………?」
本当に、なにがあったというんだろう。
目の前にある大きな玄関ドアを、執事のトーマスが開け、陽の光が目に届く。
空は青。
玄関先の天使が守る門を、金で飾られた大きな馬車が入ってくるのが見えた。
それはとてもよく晴れた、爽やかな日のことだった。
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