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晴れやかな気持ちで数日過ごした後、思わぬところから面会の申し出があった。
両親と兄だった。
母には今回のことで費用のことや僕のことを施設にあらかじめ話しておいてもらったりして助けてもらったし、お礼も言いたいけれど、父と兄は家族と言えどほとんど話した覚えもないほどの関係だったのに。
こんな所まで来るほどの用はなんだろうかと考えるが思い付かず、それでもやっぱり迷惑をかけている手前断ることもできず、面会の日取りが決まった。
家族の面会は基本応接室のようなところで行われる。
ソファと机が置いてあるくらいの来客用のお部屋だ。
特別希望があればこの前稜くんと会ったような部屋を準備すると言われたが、家族だしフェロモンの影響もほとんどないとのことなので普通の対応でお願いした。
案内されてドアを開けるともうすでに3人はソファに腰掛けていた。
一歩部屋の中に入るとさっと立ち上がった母がこちらの方に凄い勢いで向かってきた。
びっくりして立ち止まると、その勢いのまま飛びつくように抱きつかれる。
「美鶴!ごめんね、ごめんね。たくさん辛かったよね。何もできなくて、あなたのためにと思ってたのに…」
取り乱したように涙声で話し、言葉を詰まらせる母に僕も固まったまま反応ができなかった。
僕の知っている母は毅然とした人だった。とても厳しく、あまりΩのこともよく思っていないような態度だった。話しかけてくる親戚に、「その子はΩなんだから内輪の話なんて話したところで関係ないわよ」と引き下がらせたこともあった。
小さい頃から母に甘えるようなことを言ったこともなければこんなふうにスキンシップを図るようなこともなかった。
家を出る時も、とにかく相手方に誠心誠意尽くしなさいと言われただけで良く結婚式で見るような温かく送り出す新婦の母特有の母性あふれる優しさはなかった。
だからこそあの本にあんな風に僕の助けになるようなものが入っているなんて思いもせず、言われるがまま飾り、中を見ることもなかったのだが、今思えば僕のことを心配してしてくれていたということなのだろう。
かつてない状況に回らない頭がパンクしそうな時、母の腕が緩み、顔を上げると父が母の背中に手を添えた。
「落ち着いて。美鶴もびっくりしているだろう。」
「っ私が、いけなかったのよ。…ごめんね。間違ってた。間違えてたのよっ」
震える声で何かを謝り続ける母を父が何とか座っていたソファへと誘い、僕もいつの間にか隣にいた兄に促されるままソファへと座った。
向かいに座る母は心なしか前より小さく見えた。
いつも綺麗に整えられている髪の毛も、今日は少し雑にまとめられていて、化粧もあまりしていない。
父は相変わらず眉間に皺が寄っている。あまり機嫌のいいところをみたことはもともとないが、父もやはりαらしく精悍な顔立ちの美形のため眉間の皺で不機嫌な圧がいつも苦手だった。
フェロモンの圧のせいかもしれないけど。
ーご迷惑をおかけしてすみません。
タブレットに打ち込んだものを見せると、母が違うのよと言い出し、また取り乱したように立ち上がろうとするのを父が宥める。
「落ち着くんだ。美鶴、迷惑だなんて私達は誰もそんなふうに思っていない。……何から説明したらいいだろうか…美鶴がΩと診断された頃、我々はΩに関する知識に欠けていた。今回こういったことになって初めて田中先生に話を聞いて、間違った知識のもと接していたと分かったんだ。」
「αはΩに他の匂いがついているのを嫌う習性があるだろ?お前に自分たちの匂いがつくことで、好きなαができた時や運命の番に出会った時に邪険にされないようにっていうのと、家をいずれは出てαに嫁がないとΩは体調が安定しないと思っていたからできるだけ接触を断つことでお互いに刺激しないようにしてたんだって。昔はΩは離れで過ごすことが多かったって言われているのもそのためってどこかで聞いたのを間に受けてしまったんだと。俺もとにかく近づくなって言われ続けて、、、辛い思いをさせたな。先生に聞いたよ。αとΩと言っても親族はお互いにフェロモンが影響し合うことはないって。きちんと愛情が感じられる家で育ったΩの方が体調は安定するし、お前みたいに番とトラブルがあっても、家族のフェロモンも安定剤がわりになるんだと。……嫌じゃなければ少し触れてもいいか?」
隣に座った兄が覗き込むように僕の顔色を伺う。
ゆっくりと頷いてみせると、そうっと兄の右手が僕の顔の方に向かってくる。
頬に温かい手が触れたと思った時、何か皮膚でないものの感触に思わず兄の手をぱっと掴んで頬から離した。
ガーゼと包帯で手当てがしてある手にびっくりして兄の顔を見ると、兄は顔を背けた。
こんな怪我をするような生活を兄がしているとも思えないし、こんなふうに怪我をするようなスポーツをやっているなんて話も聞いたことがない。
「然は鬼退治に行ってきたんだよ。」
鬼退治??
父の言葉に首を傾げる。
「美鶴は知らなくていい。何ともないから忘れて。」
兄はそう言うと僕の頭をそっと撫でた。
兄に頭を撫でられるなんて初めてだった。
胸の奥がほんのり温かくなって、無意識に入っていた肩の力が抜けていく。
「……私たちがちゃんとあなたの性と向き合っていれば、こんなに大変な思いさせずに済んだのに、ごめんなさい。」
母が深々と頭を下げるのを見て慌ててしまう。
一人であわあわしていると母はそのまま話を続けた。
「今更虫が良すぎるって思うかもしれないけど、、やり直せないかしら?私たち。」
思わない言葉にじっと母を見つめる。
目にはまだ涙が浮かんでいるが、その奥の瞳の優しい色は嘘をついているようには見えなかった。
頷くと母は急いで僕の方のソファに回ってきて抱きついた。
恐る恐る母の背中に僕も手を伸ばすと、母の体が震えているのがわかった。
ふと見上げると父が目の前にいて、膝を床につくと絞り出すようにすまなかったと言い、母と僕を包み込むように抱きしめた。
父と母からこんなふうに愛情表現をしてもらうのはどれくらいぶりだろうか。
こんなに温かくてしみるものだと思わなかった。
僕まで泣きそうになっていると頭を撫でる手に気がついて手の持ち主を見ると兄が優しく微笑んでくれた。
しばらくそうして今まですれ違った時間を埋めるようにくっつき合った。
なんだか話せそうな気がして口を開く。
「…ありがとう」
掠れた小さな声だったけれど皆の耳は拾ってくれたようで、一瞬固まった後、またがばっと3人が抱きついてきた。
「美鶴、声が!」
「、しゃべれる、みたい」
3人は口々に良かったと言ってくれて、それがすごく嬉しかった。
「戻っておいで。」
父がそう口にした。
「田中先生には実家で面倒を見たいと伝えてある。お前の意思次第だが、近くのバース専門医を紹介してくれて、家に戻って安定すれば必要ないかもしれないが。今のフェロモン治療に協力してくれている方にも話をつけてくれるそうだ。環境を整えれば自宅でも番の解消はできると言ってくれたよ。」
僕が不安そうな顔をしたからか、父は先生を呼ぶと言って携帯で電話をした。
しばらくして先生は部屋に来てくれた。
「美鶴くんがここに来てすぐかな、お父様から連絡があってね。様子を伝えたり治療の方法をお伝えしていく中で、君への接し方を間違えていたとそう仰られたんだ。お父様のお祖母様がΩだったみたいでね、その時の朧げな記憶のまま接していたとすごく悔やんでみえたよ。今治療に協力してくれている人も、協力すると言ってくれているし、家に帰れば美鶴くんの容体も少し落ち着くかもしれないし、家族を頼るのも選択肢の一つだと思うよ。もちろん君の気持ちが最優先だけど。」
父と母と兄が本当に僕を心配してくれているのはすごく伝わった。
さっきみんなに抱きしめてもらった時に感じた温かさは嘘じゃないって思えたから。
「かえっても、いい?」
「当たり前じゃない。」
涙で濡れた顔のまま母は嬉しそうに微笑んだ。
両親と兄だった。
母には今回のことで費用のことや僕のことを施設にあらかじめ話しておいてもらったりして助けてもらったし、お礼も言いたいけれど、父と兄は家族と言えどほとんど話した覚えもないほどの関係だったのに。
こんな所まで来るほどの用はなんだろうかと考えるが思い付かず、それでもやっぱり迷惑をかけている手前断ることもできず、面会の日取りが決まった。
家族の面会は基本応接室のようなところで行われる。
ソファと机が置いてあるくらいの来客用のお部屋だ。
特別希望があればこの前稜くんと会ったような部屋を準備すると言われたが、家族だしフェロモンの影響もほとんどないとのことなので普通の対応でお願いした。
案内されてドアを開けるともうすでに3人はソファに腰掛けていた。
一歩部屋の中に入るとさっと立ち上がった母がこちらの方に凄い勢いで向かってきた。
びっくりして立ち止まると、その勢いのまま飛びつくように抱きつかれる。
「美鶴!ごめんね、ごめんね。たくさん辛かったよね。何もできなくて、あなたのためにと思ってたのに…」
取り乱したように涙声で話し、言葉を詰まらせる母に僕も固まったまま反応ができなかった。
僕の知っている母は毅然とした人だった。とても厳しく、あまりΩのこともよく思っていないような態度だった。話しかけてくる親戚に、「その子はΩなんだから内輪の話なんて話したところで関係ないわよ」と引き下がらせたこともあった。
小さい頃から母に甘えるようなことを言ったこともなければこんなふうにスキンシップを図るようなこともなかった。
家を出る時も、とにかく相手方に誠心誠意尽くしなさいと言われただけで良く結婚式で見るような温かく送り出す新婦の母特有の母性あふれる優しさはなかった。
だからこそあの本にあんな風に僕の助けになるようなものが入っているなんて思いもせず、言われるがまま飾り、中を見ることもなかったのだが、今思えば僕のことを心配してしてくれていたということなのだろう。
かつてない状況に回らない頭がパンクしそうな時、母の腕が緩み、顔を上げると父が母の背中に手を添えた。
「落ち着いて。美鶴もびっくりしているだろう。」
「っ私が、いけなかったのよ。…ごめんね。間違ってた。間違えてたのよっ」
震える声で何かを謝り続ける母を父が何とか座っていたソファへと誘い、僕もいつの間にか隣にいた兄に促されるままソファへと座った。
向かいに座る母は心なしか前より小さく見えた。
いつも綺麗に整えられている髪の毛も、今日は少し雑にまとめられていて、化粧もあまりしていない。
父は相変わらず眉間に皺が寄っている。あまり機嫌のいいところをみたことはもともとないが、父もやはりαらしく精悍な顔立ちの美形のため眉間の皺で不機嫌な圧がいつも苦手だった。
フェロモンの圧のせいかもしれないけど。
ーご迷惑をおかけしてすみません。
タブレットに打ち込んだものを見せると、母が違うのよと言い出し、また取り乱したように立ち上がろうとするのを父が宥める。
「落ち着くんだ。美鶴、迷惑だなんて私達は誰もそんなふうに思っていない。……何から説明したらいいだろうか…美鶴がΩと診断された頃、我々はΩに関する知識に欠けていた。今回こういったことになって初めて田中先生に話を聞いて、間違った知識のもと接していたと分かったんだ。」
「αはΩに他の匂いがついているのを嫌う習性があるだろ?お前に自分たちの匂いがつくことで、好きなαができた時や運命の番に出会った時に邪険にされないようにっていうのと、家をいずれは出てαに嫁がないとΩは体調が安定しないと思っていたからできるだけ接触を断つことでお互いに刺激しないようにしてたんだって。昔はΩは離れで過ごすことが多かったって言われているのもそのためってどこかで聞いたのを間に受けてしまったんだと。俺もとにかく近づくなって言われ続けて、、、辛い思いをさせたな。先生に聞いたよ。αとΩと言っても親族はお互いにフェロモンが影響し合うことはないって。きちんと愛情が感じられる家で育ったΩの方が体調は安定するし、お前みたいに番とトラブルがあっても、家族のフェロモンも安定剤がわりになるんだと。……嫌じゃなければ少し触れてもいいか?」
隣に座った兄が覗き込むように僕の顔色を伺う。
ゆっくりと頷いてみせると、そうっと兄の右手が僕の顔の方に向かってくる。
頬に温かい手が触れたと思った時、何か皮膚でないものの感触に思わず兄の手をぱっと掴んで頬から離した。
ガーゼと包帯で手当てがしてある手にびっくりして兄の顔を見ると、兄は顔を背けた。
こんな怪我をするような生活を兄がしているとも思えないし、こんなふうに怪我をするようなスポーツをやっているなんて話も聞いたことがない。
「然は鬼退治に行ってきたんだよ。」
鬼退治??
父の言葉に首を傾げる。
「美鶴は知らなくていい。何ともないから忘れて。」
兄はそう言うと僕の頭をそっと撫でた。
兄に頭を撫でられるなんて初めてだった。
胸の奥がほんのり温かくなって、無意識に入っていた肩の力が抜けていく。
「……私たちがちゃんとあなたの性と向き合っていれば、こんなに大変な思いさせずに済んだのに、ごめんなさい。」
母が深々と頭を下げるのを見て慌ててしまう。
一人であわあわしていると母はそのまま話を続けた。
「今更虫が良すぎるって思うかもしれないけど、、やり直せないかしら?私たち。」
思わない言葉にじっと母を見つめる。
目にはまだ涙が浮かんでいるが、その奥の瞳の優しい色は嘘をついているようには見えなかった。
頷くと母は急いで僕の方のソファに回ってきて抱きついた。
恐る恐る母の背中に僕も手を伸ばすと、母の体が震えているのがわかった。
ふと見上げると父が目の前にいて、膝を床につくと絞り出すようにすまなかったと言い、母と僕を包み込むように抱きしめた。
父と母からこんなふうに愛情表現をしてもらうのはどれくらいぶりだろうか。
こんなに温かくてしみるものだと思わなかった。
僕まで泣きそうになっていると頭を撫でる手に気がついて手の持ち主を見ると兄が優しく微笑んでくれた。
しばらくそうして今まですれ違った時間を埋めるようにくっつき合った。
なんだか話せそうな気がして口を開く。
「…ありがとう」
掠れた小さな声だったけれど皆の耳は拾ってくれたようで、一瞬固まった後、またがばっと3人が抱きついてきた。
「美鶴、声が!」
「、しゃべれる、みたい」
3人は口々に良かったと言ってくれて、それがすごく嬉しかった。
「戻っておいで。」
父がそう口にした。
「田中先生には実家で面倒を見たいと伝えてある。お前の意思次第だが、近くのバース専門医を紹介してくれて、家に戻って安定すれば必要ないかもしれないが。今のフェロモン治療に協力してくれている方にも話をつけてくれるそうだ。環境を整えれば自宅でも番の解消はできると言ってくれたよ。」
僕が不安そうな顔をしたからか、父は先生を呼ぶと言って携帯で電話をした。
しばらくして先生は部屋に来てくれた。
「美鶴くんがここに来てすぐかな、お父様から連絡があってね。様子を伝えたり治療の方法をお伝えしていく中で、君への接し方を間違えていたとそう仰られたんだ。お父様のお祖母様がΩだったみたいでね、その時の朧げな記憶のまま接していたとすごく悔やんでみえたよ。今治療に協力してくれている人も、協力すると言ってくれているし、家に帰れば美鶴くんの容体も少し落ち着くかもしれないし、家族を頼るのも選択肢の一つだと思うよ。もちろん君の気持ちが最優先だけど。」
父と母と兄が本当に僕を心配してくれているのはすごく伝わった。
さっきみんなに抱きしめてもらった時に感じた温かさは嘘じゃないって思えたから。
「かえっても、いい?」
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