知らないだけで。

どんころ

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部屋に帰ると泣き疲れたようで眠ってしまった。
寝過ぎてご飯は食べ損ねたけれど、他のΩの人と話せたからか起きると気分はすごくスッキリとしていた。
顔色もいつもよりいい気がする。

朝の気持ちのいい空気を吸おうとベランダに出ると、ふわっと甘い匂いが漂ってきた。
僕の大好きなマシュマロを焼いた様な甘い匂いは、彼のフェロモンだった。
気がついたらその匂いを追うように外に出ていた。
野生動物のようにくんくん鼻を鳴らして、行く先には迷わなかった。

上着を羽織るのを忘れているのにも気づかず、とにかく匂いの元を追って、鉄格子の門までたどり着いた。
大きく息を吸って取り込もうとするが、もう匂いの元がどこかへ行ってしまったのか見つからない。

寂しい

会いたい

切なさに胸が押しつぶされて涙が出そうになった時、リストバンドからアラーム音が鳴り響いた。

大きな音にびっくりして、オロオロしながらリストバンドを触るも止め方がわからない。
確かここへ来た時にこのリストバンドをつけてもらって使い方を説明してもらったはずだけど、思い出せない。
門の向こうから車を閉める音が聞こえて、こちらに向かって走ってくる気配がする。

見なくたって誰かわかった。
大好きなフェロモンが急にぶわっと香ってきたから。

……りょうくん。
出ないけど口元で彼の名前をなぞった。

彼が門にたどり着く前に、警備員さんが何人も駆けつけて門の前に立ち塞がった。

思わず手を伸ばして彼の方に少しでも近づこうとすると、肩をポンとされてびっくりして振り返った。

「お部屋に戻りましょうか。アラーム、鳴っているでしょう?もうすぐヒートが来るみたいですよ。」
僕の肩を叩いた人はそう言うと、リストバンドを操作してアラーム音を止めた。
「さ、戻りましょう?」

「美鶴!お願いだから帰ってきて!誤解なんだ!」
何人もの警備員に取り押さえられながらも彼が叫ぶ。

門にもっと近づこうとすると、やんわり腕で制される。
「戻りましょう?ね?」

体の向きを変えられ、門から離れるように促される。
いつの間にか大勢の職員さんがこちら側にも集まっていたようだ。
診察してくれた先生の姿もある。
先生は近くまで歩いてくると、僕の肩に手を置いた。
「お部屋へ行こうか。君が会いたいと思えばいつだって会えるから。今会っても、お互いフェロモンに惑わされてしまうだけだから、ね?」

先生に諭されてもどうしてもここを離れたくなくて足が動かない。
こんなに近くにいるのに。
どうして近寄ってはいけないの。
欲しい…彼が欲しくて欲しくて仕方がない。

頭が熱に浮かされたように、熱くなって冷静にしていられない。
彼の方に近づこうと何とか体を動かそうとした時、
「ごめんね」
と先生が困ったように言って、左腕に何か触れた感触があった後僕は気を失った。




次に目を覚ました時には僕はヒートの真っ只中で、居もしないαの名前を音もなくずっと叫び続けた。
時折職員が様子を見にきて部屋を片付けてくれたり、安定剤を飲ませてくれたり、食事を置いてくれる事に、お礼を言うこともできず苦しみ続けた。

完全に終わる頃には僕はボロボロだった。
体を痛めつけることで正気を保とうとしたのか全身傷だらけで、体力を激しく消耗したためヒートが終わってから2週間ほど敷地内の病院に入院して点滴をしたりすることになった。

僕の負担を避けるためしばらくは彼に会うことはお勧めしないと先生は言い、この前来てもらった相性のいい女の人に病院に何度か来てもらってフェロモン治療に協力してもらった。

今回のヒートは周期外で突発的なものらしい。
番の執着もすごいように見えるから、一度彼と話し合うか、外に出ないようににして番の解消を進めるかどちらかを選んだほうがいいと先生から説明があった。
ヒートの症状も重く、あの距離で彼のフェロモンで誘発されてしまうなら、体に負担がありすぎるとのことだった。
会ってしまうとこの前のようになる可能性があるから、一度話すとしたら対策をした上で会うか、画面越しにと言われた。

あと2ヶ月で結論を出さなければいけない。
急にまたヒートが始まるとまた入院する可能性もあるから。

退院して戻った自分の部屋で考えてみるも、なかなか答えが出せない。
ここに居ればずっと穏やかに声にならない声を上げながらも彼を思い続けられると思っていたのに、
なぜ今更になって僕の世界の片隅に姿を表すのか。
理解ができない。
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