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次の日から早速フェロモン治療が始まった。
昨日の今日で来てくれるなんて思ってもいなかったけれど、今日から1日おきに違う人が1人ずつ来てくれるらしい。
今日面会した人は早川さんと言って20代前半のα女性だった。
お兄さんがΩで、番からひどい目に遭わされてここで保護してもらっているらしい。
お世話になっている恩返しで登録したけれど中々連絡が来ず、今回が初めてだと言っていた。
僕を安心させようとしてくれたのか、自分のことをたくさん話してくれる人で、聞いているうちに面会時間が終わってしまった。
もっと話したかったな。
少し鳥肌の立つような感覚もあったけれど、それでも少し話しただけで体が楽になったのが自分でもよく分かった。
いつもは食事を用意してくれる人に申し訳なくなるくらい少ししか食べられなかったけれど、面会の後の昼食は半分くらい食べられた。
相性ってすごいなぁと最近の研究に感謝した。
この調子なら早く回復できるかもしれない。
回復したらあの家にはもう戻れないし、実家にお世話になるのも申し訳ないし、働き口を見つけないといけないな。
先々のことを考えられるくらいには頭もスッキリしてきた。
その次に会ったαの若い男性は、あまり良くなかった。近寄るだけで拒否反応が出るわけではないけれど、話を聞くにも頭に入ってこなくて、食欲も出ず、あまり効果が感じられなかった。
相性の良い人を選んでると言っても色々ある様だ。
3人目もαの男性だった。40代くらいで高そうなスーツを着ていて、紳士な印象の人だった。番のΩを不慮の事故で亡くして知り合いに声をかけられて登録したらしい。とても顔色がいいとは言えないような顔色をしていた。僕もきっと人のこと言えないけれど。
状況は違えど同じような経験からか、気持ちが少し癒されたような、頑張らなくちゃと思えた気がした。
3人と面会して、先生の診察があった。
「どうだったかな?」
ー2人目の人はちょっと効果を感じられなかったですけど、1人目、3人目は少し食欲も湧いて、力が出てきた感じもしました。
「良かった。一応データ上相性の良い人で3人選んだんだけれど、1人目と3人目の人にこれからも協力してもらう事にする?」
こくりと頷いた。
「………あと、一応知らせておくけど、君の番が会いに来てる。こちらには来ていないと伝えて、もし来たら連絡すると言っているんだけど……確信を持っているみたいでね、毎日来てる。もちろん拒否もできるし、会うとしても短時間でスタッフも同席の上、衝立の向こう側とか配慮はするよ。」
そんなこと言われると思っていなくて固まる。
彼は勝手に出て行ったことを怒っているのだろうか。
彼に今好かれていないことは頭ではわかっているけど、嫌われている事実をわざわざ今自覚したくはなかった。
もちろん彼には会いたいけど、今ここで会って良い事なんて一つもない。
そう考えてゆっくりと首を横に振った。
「お断りしておくね。食事量も少しずつ食べれているし、1週間に1回どちらか都合のつく方に来てもらって、状態を回復させていく方向で進めて行くね。」
先生との診察が終わった後、コミュニケーションセラピーが今日はあるみたいで、個室に移動する。
同じように番から距離が離れてしまったΩの人と話す、依存症などでもよく用いられるグループワークみたいなものらしい。
プライバシーを守るため、顔とかは出さないでも会話できるし、声も変えてもらえるらしい。
僕はなんだっていいけど、彼が嫌な思いをするといけないと思い、一応変えることにしてもらった。
個室に入ると、マジックミラー状になっている面に机とマイクがあり、そこへ腰掛けた。
今日お話しする人は2人らしくて、1人は姿が見えるようになっていて、もう1人は同じくマジックミラー状になっていた。話すと上にランプがつくのか、隠された人の上にはランプがついているようだった。
大きな部屋の中に個室があるような感じで様子が見えて、大きな部屋の中には係の人の席もあった。
「時間なので始めましょうか。」
係の人の合図で始まった。
僕はここでの仮の名前が作られて、ハリネズミさんらしい。姿の隠れている人はゾウさんらしい。
幼稚園みたいで少し面白い。
姿を出している人から話し始めてくれることになった。
「鈴木春人と言います。僕がここにきたのは半年前で、今は解消薬を服用しながら番の解消をしています。最初は怠くて怠くてつらかったけど、今は体調も安定してきて、先生からももうすぐ治療が完了すると言われてます。僕が解消しなければいけなくなったのは、番が他の人と結婚すると言い出したからです。……当時の記憶がないくらいやっぱりすごく辛かったけど、…でも今は前向きに、あいつよりいい人と番ってやるから見ておけよと思ってます。」
「話してくれてありがとう。春人くんもここに来た時は本当に顔色が悪くて痩せてしまっていたけど、今は回復してきて、項の噛み跡ももうすぐ無くなりそうなのよね。何か質問のある人は?」
ー番の解消には最初から前向きでしたか?なかなかそういう方向で考えられなくて…
タブレットに打ち込むとみんなに見えるようになっているらしい。
僕の姿は見えないだろうに、律儀にもこちらを向きながら春人くんが教えてくれる。
「僕も最初は決心がつかなかったよ。大好きだったし、僕達は幼馴染だったから。あいつのことは何でも知ってたし、あいつも僕のこと何でも知ってた。それでもここでフェロモン治療とかで容態が安定してきた時フッと思ったんだ、ここに僕が入ってから連絡してくる事も、心配する事もなくほったらかしで、あいつはもう僕の知ってる優しい人なんかじゃないって。先生に言ってすぐ薬を飲み始めて、怠かったり体の不調はあったけど、それでもやっぱり薬が効いて番の解除が近づいてくるとどんどん、僕は正しい決断をしたと思えてきたよ。」
「気分が前向きになったという事ですか?」
ゾウさんのランプが光る。
「うん!解消が近づけば近づくほどにどんどん前向きになってきたよ。ここに来た頃はあいつの愛が欲しい、足りないばっかりで、絶対に与えられないのが辛くて辛くて苦しかったけど、今はここから出て、相性のいい人と番うのが待ち遠しいよ。次に気持ちが向けるようになったのもやっぱり解消薬を飲み始めてからだったと思う。」
「僕も、つい1週間前くらいにきて、すごく辛いです。僕の番った相手は……僕の知らない人だったんですけど、所謂、、、事故で。誰なのかもわからないのに、ずっとずっと苦しくて、毎日訳もわからず涙が出て、見かねた家族がここに入れてくれたんです。」
ゾウさんの声がだんだん涙声になってきて僕まで涙が出そうだ。
「愛されないって、、辛いよね。」
そっと春人くんが言うと、ゾウさんのすすり泣く音が聞こえてくる。
ー僕も、番に愛されたかった。
2人の優しい世界に僕も入りたくて、そんなことを打ち込んでしまった。
「ハリネズミさんも、辛い思いをしてここに来たんだね。」
優しい春人くんの言葉にやっぱり我慢できない涙が溢れる。
ー僕、番とは小さいうちから許嫁みたいな形で結婚する事が決まっていました。でも急に運命の番が見つかったみたいで、家に帰ってこなくなって。会いにきてくれる日もどんどん減って、 それでも僕は彼の事が好きで、すごく苦しくて耐えられなくなってここに来たんです。
「嫌いになれない、から辛いよね。」
ゾウさんの言葉に見えないけど何度も何度も頷いた。
初めてのコミュニケーションセラピーはみんなで泣き明かして終わっていった。
昨日の今日で来てくれるなんて思ってもいなかったけれど、今日から1日おきに違う人が1人ずつ来てくれるらしい。
今日面会した人は早川さんと言って20代前半のα女性だった。
お兄さんがΩで、番からひどい目に遭わされてここで保護してもらっているらしい。
お世話になっている恩返しで登録したけれど中々連絡が来ず、今回が初めてだと言っていた。
僕を安心させようとしてくれたのか、自分のことをたくさん話してくれる人で、聞いているうちに面会時間が終わってしまった。
もっと話したかったな。
少し鳥肌の立つような感覚もあったけれど、それでも少し話しただけで体が楽になったのが自分でもよく分かった。
いつもは食事を用意してくれる人に申し訳なくなるくらい少ししか食べられなかったけれど、面会の後の昼食は半分くらい食べられた。
相性ってすごいなぁと最近の研究に感謝した。
この調子なら早く回復できるかもしれない。
回復したらあの家にはもう戻れないし、実家にお世話になるのも申し訳ないし、働き口を見つけないといけないな。
先々のことを考えられるくらいには頭もスッキリしてきた。
その次に会ったαの若い男性は、あまり良くなかった。近寄るだけで拒否反応が出るわけではないけれど、話を聞くにも頭に入ってこなくて、食欲も出ず、あまり効果が感じられなかった。
相性の良い人を選んでると言っても色々ある様だ。
3人目もαの男性だった。40代くらいで高そうなスーツを着ていて、紳士な印象の人だった。番のΩを不慮の事故で亡くして知り合いに声をかけられて登録したらしい。とても顔色がいいとは言えないような顔色をしていた。僕もきっと人のこと言えないけれど。
状況は違えど同じような経験からか、気持ちが少し癒されたような、頑張らなくちゃと思えた気がした。
3人と面会して、先生の診察があった。
「どうだったかな?」
ー2人目の人はちょっと効果を感じられなかったですけど、1人目、3人目は少し食欲も湧いて、力が出てきた感じもしました。
「良かった。一応データ上相性の良い人で3人選んだんだけれど、1人目と3人目の人にこれからも協力してもらう事にする?」
こくりと頷いた。
「………あと、一応知らせておくけど、君の番が会いに来てる。こちらには来ていないと伝えて、もし来たら連絡すると言っているんだけど……確信を持っているみたいでね、毎日来てる。もちろん拒否もできるし、会うとしても短時間でスタッフも同席の上、衝立の向こう側とか配慮はするよ。」
そんなこと言われると思っていなくて固まる。
彼は勝手に出て行ったことを怒っているのだろうか。
彼に今好かれていないことは頭ではわかっているけど、嫌われている事実をわざわざ今自覚したくはなかった。
もちろん彼には会いたいけど、今ここで会って良い事なんて一つもない。
そう考えてゆっくりと首を横に振った。
「お断りしておくね。食事量も少しずつ食べれているし、1週間に1回どちらか都合のつく方に来てもらって、状態を回復させていく方向で進めて行くね。」
先生との診察が終わった後、コミュニケーションセラピーが今日はあるみたいで、個室に移動する。
同じように番から距離が離れてしまったΩの人と話す、依存症などでもよく用いられるグループワークみたいなものらしい。
プライバシーを守るため、顔とかは出さないでも会話できるし、声も変えてもらえるらしい。
僕はなんだっていいけど、彼が嫌な思いをするといけないと思い、一応変えることにしてもらった。
個室に入ると、マジックミラー状になっている面に机とマイクがあり、そこへ腰掛けた。
今日お話しする人は2人らしくて、1人は姿が見えるようになっていて、もう1人は同じくマジックミラー状になっていた。話すと上にランプがつくのか、隠された人の上にはランプがついているようだった。
大きな部屋の中に個室があるような感じで様子が見えて、大きな部屋の中には係の人の席もあった。
「時間なので始めましょうか。」
係の人の合図で始まった。
僕はここでの仮の名前が作られて、ハリネズミさんらしい。姿の隠れている人はゾウさんらしい。
幼稚園みたいで少し面白い。
姿を出している人から話し始めてくれることになった。
「鈴木春人と言います。僕がここにきたのは半年前で、今は解消薬を服用しながら番の解消をしています。最初は怠くて怠くてつらかったけど、今は体調も安定してきて、先生からももうすぐ治療が完了すると言われてます。僕が解消しなければいけなくなったのは、番が他の人と結婚すると言い出したからです。……当時の記憶がないくらいやっぱりすごく辛かったけど、…でも今は前向きに、あいつよりいい人と番ってやるから見ておけよと思ってます。」
「話してくれてありがとう。春人くんもここに来た時は本当に顔色が悪くて痩せてしまっていたけど、今は回復してきて、項の噛み跡ももうすぐ無くなりそうなのよね。何か質問のある人は?」
ー番の解消には最初から前向きでしたか?なかなかそういう方向で考えられなくて…
タブレットに打ち込むとみんなに見えるようになっているらしい。
僕の姿は見えないだろうに、律儀にもこちらを向きながら春人くんが教えてくれる。
「僕も最初は決心がつかなかったよ。大好きだったし、僕達は幼馴染だったから。あいつのことは何でも知ってたし、あいつも僕のこと何でも知ってた。それでもここでフェロモン治療とかで容態が安定してきた時フッと思ったんだ、ここに僕が入ってから連絡してくる事も、心配する事もなくほったらかしで、あいつはもう僕の知ってる優しい人なんかじゃないって。先生に言ってすぐ薬を飲み始めて、怠かったり体の不調はあったけど、それでもやっぱり薬が効いて番の解除が近づいてくるとどんどん、僕は正しい決断をしたと思えてきたよ。」
「気分が前向きになったという事ですか?」
ゾウさんのランプが光る。
「うん!解消が近づけば近づくほどにどんどん前向きになってきたよ。ここに来た頃はあいつの愛が欲しい、足りないばっかりで、絶対に与えられないのが辛くて辛くて苦しかったけど、今はここから出て、相性のいい人と番うのが待ち遠しいよ。次に気持ちが向けるようになったのもやっぱり解消薬を飲み始めてからだったと思う。」
「僕も、つい1週間前くらいにきて、すごく辛いです。僕の番った相手は……僕の知らない人だったんですけど、所謂、、、事故で。誰なのかもわからないのに、ずっとずっと苦しくて、毎日訳もわからず涙が出て、見かねた家族がここに入れてくれたんです。」
ゾウさんの声がだんだん涙声になってきて僕まで涙が出そうだ。
「愛されないって、、辛いよね。」
そっと春人くんが言うと、ゾウさんのすすり泣く音が聞こえてくる。
ー僕も、番に愛されたかった。
2人の優しい世界に僕も入りたくて、そんなことを打ち込んでしまった。
「ハリネズミさんも、辛い思いをしてここに来たんだね。」
優しい春人くんの言葉にやっぱり我慢できない涙が溢れる。
ー僕、番とは小さいうちから許嫁みたいな形で結婚する事が決まっていました。でも急に運命の番が見つかったみたいで、家に帰ってこなくなって。会いにきてくれる日もどんどん減って、 それでも僕は彼の事が好きで、すごく苦しくて耐えられなくなってここに来たんです。
「嫌いになれない、から辛いよね。」
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初めてのコミュニケーションセラピーはみんなで泣き明かして終わっていった。
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