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鬼神

鬼神③

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 周囲にいたゴブリンやコボルトを片付け、ふぅ、と息を吐いた。
 間に合って良かった、という安堵をアウレックスは覚えたが、これは生き残っても後で大臣らに叱られそうだ。

 ここに向かっている途中に、カサブランダルからの速駆の伝令の馬と合った。
 魔物の軍勢が迫ってきている事を知り、本来なら、王都に戻るべきであったが、そちらには伝令だけを行かせて、自分達は先に向かう事にする。
 そうすべきだった。
 何故なら、状況を一変させる力がここにあるからだ。

「陛下!」

 近寄って、ハンリ伯爵が膝をついてきた。

「やあ、久しぶりだね」

 カサンド・ハンリ伯爵とは面識がある。以前に国内全ての領を回っているから、知らない貴族はいない。

「何故、陛下が……」

「親書は……、ああ、この混乱では届いていないか。あと、一日、頑張ってくれ。必ず、国軍の主力が到着する」

「はっ、ありがたき幸せ。それで……」

「ああ、僕は一緒に戦おうと思ってね」

 笑みを見せてやる。それが今、必要な事。悲壮感など見せてはいけない。

「陛下……。御身は必ず、と言いたいのですが、覚悟を決めなくてはなりません」

 彼の正直なところが嫌いではない。

「厳しい状況なんだね」

「見ての通り、既に西門は破られ、街に魔物が溢れております」

「非難する住民の集団とも擦れ違った。英断だったよ」

「国にとって、国民こそ、宝。陛下の宝を守る事こそ、我が使命」

 こうして話している間にもぞろぞろと殺気が集まってきた。

 老騎士らが盾を構えて、アウレックスを守る布陣を取る。
 正気に戻っているロンデムが一歩その前に出て、敵を威圧していた。

「ぐ……。いったい、どれ程の兵が奴らの餌食に……」

 苦々しい顔を見せるカサンドにアウレックスは凛と言うのだ。

「これ以上は、一人も殺させはしない。何故なら――」

 馬車から一人の少女が降りてくる。
 黒髪をツーサイドアップにした小柄で可憐な少女。

「ええ、私がこの街にきた。だから、王国の民は殺させない」

 カサンドが聞いてくる。

「彼女は……?」

 アウレックスは微笑みのまま答えた。

「我らの勝利の女神さ」

 ズゴゴゴ――ッ! 衝撃の凄まじさを伝える音が聞こえ、黒い何かが吹き飛んでくると、それが集まってきたゴブリンやコボルトを巻き込んだ。数十体が宙に舞い、地面に叩き付けられ、瀕死となる。

 唖然と見る。
 黒い、まるで伝え聞く悪魔のようなそいつは、下敷きにしたゴブリンの死骸から立ちあがって、ブルッと頭を横に振ったが、直後、再び地に伏せられた。

 矢よりも速く、投石よりも勢いよく、また別の何かが突進してきて――その瞬間を目で追う事はできなくて――そいつの頭を握っては、地面に叩き付けたのだ。

 ドガガガ――ッ! 衝撃がこちらまで伝わって、腕で顔の前をガードする。

 瞬間に、空気が変わった。
 一旦、静まり返ると、黒い奴の周辺に大穴ができて、地割れが広がっている。
 魔物どもが慄き、腰を抜かしたようで、どいつも動けなくなっていた。

「さっそく、いい事があったわ」

 淡々とサクが言った。
 彼女が真っ直ぐに見詰める先に、民族衣装のような物を着た、サクと同じような黒髪の麗しく少女がいたのだ。

 だが、アウレックスは恐怖した。

 ――あれは……、何だ?

 見た目は極めて美麗な少女である。
 が、その小柄な体から滲み出る闘気とも言うべきオーラが可視化できる程で、周囲の全てに破壊をイメージさせるような圧倒があるのだ。

 次元が違い過ぎる存在を前にすると、こんなにも動けないものなのか。
 あんなのを相手にしたら、人類に生きる術はないと思わされる。

「閻鬼……」

 サクが近付いていく。

「サ、サク!」

 彼女を守りたいのに、腕を少し伸ばせただけ。

「大丈夫、彼女は仲間」

 ――仲間だって? で、では、あの少女は、サクが探していたヨウカイの仲間なのか?

 会話が聞こえてくる。

「あら、座敷童じゃない」

 黒い奴の頭を握り潰すと、エンキと呼ばれた少女は、まるで興味のないように、それをポイっと捨てる。

「ブー、名前、呼んで」

「はいはい。で、サク、どうして貴女がここに?」

 サクがこちらを指差してきた。

「彼、この国の王様なの。彼に保護されていた」

「あら、そうだったの?」

「閻鬼は何をしていた?」

「話せば長いのだけど、今は、悪魔を一体潰したところね」

 カサンドが立ちあがって、傍にやってきた。

「エンキ殿……。そうか、目覚めてくれたか」

「伯爵は彼女を知っているのかい?」

「賢者ハクレウス様と共にこの街にいらした方です。英雄カラハ殿とも縁が深いようでして、今は、私の家におりました」

「カラハ……、ああ、英雄モッコリ」

 アウレックスは考える。

 ――サクはヨウカイで、きっとエンキとかいう彼女もそうだ。頭にあるのは、角か。なら、縁の深いという、勇者かもしれないと言われていた英雄もまた……。

 話を終えて、サクとエンキがこちらに寄ってきた。

「紹介する。鬼の閻鬼」

 怖い。が、サクを信用してる。

「宜しく、お嬢さん。僕はこの国の王、アウレックス・サファイアスだ」

 握手の為に手を伸ばす。

「お会いできて光栄です、陛下。閻鬼と申します」

 笑みは美しい。が、怖い。

「あら? 少々、気が立っておりましたので、ちょっと怖がらせてしまいましたね」

 どうやら、震えが手に伝わってしまったようだ。

「い、いや……」

「それが普通の人間の反応です」

 エンキの視線がカサンドに移った。

「レベッカは無事よ」

「おお……、そうか……、そうか、良かった」

「私が何者か知って、驚かないの?」

「エンキ殿……。貴女は我が妹を救い、貴女たちは今もこの街の為に、戦ってくれている。それが事実であり、それだけで尊敬にあたる。単純ではないか。敵か味方か、それだけだ」

 カサンドの度量に感服する。

 ――そうだ。その通りじゃないか。何を恐れる。

 行動こそが、信頼の証ではないか。
 アウレックスは、エンキの前に膝をつく。

「エンキ殿。今見せてくれた力、それを我らに貸してほしい。この国の王として、切に願い、そして、貴女を畏怖し、讃える事を誓おう」

「まあ、まるで神にでもなったような気分……。いいでしょう、人の想いを得てこそ、神格が授かるというもの」

 頭をあげ、見上げた彼女が、まさに神の如くに見えた。

 ――――

 若いひよっこの兵らを連れて、ベテランは街を駆けた。
 一体でも多くの魔物を倒そうと、呼吸が乱れ、手足の痛みは限界に近かったが、ここで休むわけにはいかない。
 何より、魔物らは人間を見付ければ、攻撃を仕掛けてくる。
 それらを退ける事が、街に入り込んだ魔物の数を減らす事になるのだ。

「うわああ、このっ、この!」

 だが、未熟な若い兵では、三人が束になって、やっとゴブリン一体とどうにか戦えているレベルで、更に奴らはこちらよりもいい防具を身に付けている。

「喉を狙え! う……」

 助けに行きたいが、自分も一体を相手に苦戦している。

 こんなに強かったか?

 防具の違いもあったが、かなり鍛えられたゴブリンだ。
 考えてもみれば、人間でも商人や農夫と兵士では強さはまるで違うのだ。
 一般人のようなゴブリンを倒して、奴らは弱いと決めていては、間違いだった。
 計画的に鍛えられたゴブリンやコボルトは、脅威である。

 遠くから叫び声が聞こえてきた。
 明確な響きから、人間の発したものである。
 また、誰かが魔物に殺された。

「糞っ! このままでは……」

 諦めてはいけない。何度もそう自分に言い聞かせ、若い兵らにそう伝え、ここまで頑張ってきた。
 頑張っていれば、あの時のように、オルトロスが襲撃してきた夜のように、救世主が現われると信じて。

 だが、頼みの英雄は殺され、人類最強の一人である賢者もどうやら苦戦を強いられているようで、いつ来てくれるかなんて分からない。

「ち……、壁を背にしては――」

 じりじりと追い詰められていく。
 背中がぶつかった。
 魔物でも壁でもなくて、若い兵らである。助けにいけなかったが、追い詰められながら、一か所に合流できた。
 が、集められたってところか。

「大丈夫か、お前ら?」

「し、死にたくないですから――」

「頑張るしかないでしょ」

 周りが完全に魔物どもに囲まれ、奴らには余裕があるのか、ケタケタと笑って、じりじりと寄ってくるだけ。
 楽しんでやがる。

 一体が桶を持ってきた。
 微かに臭ってくる。

「油か!」

 そして、他の個体が松明を持っていた。

「兵長、これは……」

「あいつら……、あれで、俺達を生きたまま焼くつもりだ」

 冷や汗が滲み、背中から若い兵らの震えが伝わってきた。
 発狂したい程の恐怖を感じて、逃げたいし、逃げだすべき状況であったが、こう囲まれていては、どうする事もできない。

「生きたまま焼かれるくらいなら、俺、と、飛び込んで――」

「待て! は、早まるんじゃない」

 だが、それも手か、と思った。
 そう、自分が飛び込んでいって、どうにか活路を開けば、若い三人だけでも生き残られる事ができるかもしれない。

 覚悟を決めろ。狙うは、油を持っている奴だ。ぶつかってやり、油を零させれば――。

 飛び出す一歩を踏み出そうとした時だった。

 ビューと強い風が吹き、桶を頭の上にしていたゴブリンがよろけた。
 松明を持った個体にぶつかり、油を撒き散らしながら、倒れると、炎が一気に広がった。
 生きたまま焼かれたのは奴らの方だ。

 グギャ――ッ! 耳を劈く、魔物の叫びが聞こえ、奴らはパニックになっていく。
 刹那、唖然とする。が――。

「い、今だ。一旦、一度、下がるぞ!」

 何という幸運か。
 動きも鈍くなったように見える魔物ら。そいつらを刻みながら、若い兵らを連れて走った。

 ベテラン兵は見た。
 街の中心に近い場所に立つ、教会の鐘の横に、真っ白なワンピースを着た黒髪ツーサイドアップの少女がいた。
 天使が、我らに幸運を授けてくれたのか――そうとしか思えなかった。
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