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化狸・ぬりかべ

化狸・ぬりかべ③

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 オルトロスの登場で、ヘルハウンドらも統率が取れていく。
 まだ半数以上が残っていたヘルハウンドの全てが、スキンヘッドの男を無視して、城壁への攻撃を再開してきた。

「く……、彼を信じて、我らはここを死守するぞ!」

 まだ士気は下がっていない。

 魔犬の群は、西門を集中して攻めだしてきた。
 城壁の壁は硬い煉瓦であるが、門は木製である。分厚くはしてあるから、そう簡単に破壊できるはずはないと思ったが、

「おい、あれは……」

 まるで死をいとわないような勢いでの特攻がされる。
 みしみしと門が鳴く。激しくぶつかってくる衝撃音が響き渡ってきた。

「門の前に兵を集めろ!」

 大隊長がそう命じている。
 ベテランらは、ヘルハウンドの数を減らす為、門の破壊を阻止する為に、城壁の上から攻撃を続けた。

 だが、奴らは単純な体当たりだけを続けていたわけではなかった。
 三体が、門に張りつき、唸り声を発している。
 その体が内から赤く光ってきた。

「こ、これは……、魔力を体の中で燃やしている?」

 知能の低いとされる魔物でも魔力量は人間よりもずっと膨大だ。それを使って火を吐くこともできるのだが、普通は自分の体も燃やしてしまうから使わない。
 つまり宝の持ち腐れである事が多かった。

 悲痛にも聞こえる咆哮が発せられると、真っ赤に破裂して燃え上がった。
 爆発で門が粉砕される。
 愕然とした。

「そ、そこまでして、人間を殺したいのか?」

 破壊された西門から魔犬が雪崩れ込もうとしている。
 今、西門の前に集まった兵は、およそ二百。

 普通のヘルハウンドでも四人が必要と言われる。奴らはそれよりも明らかに強い精鋭のヘルハウンドだ。
 そいつらが全て門の前に集まり、一斉に飛び込んでくる。

 蹂躙される町が脳裏に浮かび、人々の悲鳴がもう聞こえてくるようだった。

 盾を構え、死を覚悟しながら、その恐怖から逃げずに踏み止まる兵らがいる。

 スキンヘッドの彼は、オルトロスとの死闘の真っ最中だ。とても門まで戻ってくる余裕はない。

「糞っ……、一体でも倒すぞ!」

 無駄な努力かもしれない。
 だが、足掻き、時間を稼げば、奇跡は起きるかもしれない。彼が来てくれたように。

 必死になって、自分の鎧も脱いで、魔犬に向けて落としていく。
 鬱陶しそうに払われるだけ。
 それでも、何もしないではいられない。

 一体が吠えた。
 それを合図に、ヘルハウンドらが飛び込んでくる。

 衛兵らの目の前に迫り、狂いそうな絶叫が発せられた。

 ベテラン兵は目を瞑る。見ていられなかった訳じゃない。祈ったのだ。

 神よ――と。

 ふぉおおおおおおおお――――っ!

 不気味な声が聞こえたかと思うと、ヘルハウンドの体が、宙で止まった。
 門から町へと入り込む直前で、まるで見えない壁にぶつかったかのように。

 それは、正しく壁であった。
 透明であったそれが灰色の体を見せてくる。

 手足の生えた壁。そうとしか形容のしようのないものが、ゆっくりと前に進む。体に突進してきたヘルハウンドの血をべっとりと付着させ。

 この戦い、何度も驚かされたが、こんな異様は伝説でも御伽噺でも聞いた事がない。

「あ、あれはいったい……」

 魔物の一種かと思ったが、人間の兵士には向かっていかない。
 大きな門を塞ぐような巨体で、余りにも遅い動きで魔犬に向かっていくのだが、攻撃はまるで効いていない様子だ。
 最も魔犬が集まった場所を見付けると、そのまま前に倒れ込んで、押し潰す。

 一度は統率されたヘルハウンドらが、慄き、動きが鈍くなっていた。
 この機に、攻勢にでる。

 そして、戦いを左右するのは、やはりオルトロスと彼の死闘の結末だ。
 巨体の双頭の魔犬が、牙を立てながら、男に襲い掛かる。

 素早い動きで躱しながら、足元に飛び込んだ彼が、斬撃を繰り出した。

 だが、オルトロスの鋼のような体毛が、ダメージを軽減している。

 二つの顔を持つ魔物は、もう一方で灼熱の炎を吐きだしていた。ヘルハウンドとは違って、炎の方向性をコントロールできるようで、奴はそれで自分の体を燃やす事はなかった。

 その熱量だけで、地がドロドロに溶けていく。
 スキンヘッドの彼は、それも躱したのだが、足元が溶岩のようにされてしまった。
 オルトロスがここまで狙っていたかは分からない。

 だが、これまで体格差を利用して、動き回っていた彼の移動範囲が限定された。

 唸りをあげた尻尾が襲い掛かる。

 それを跳躍して避けたスキンヘッドの男であったが、そこにはオルトロスの大口が迫っていた。

「ああっ!」

 激闘を見ていたベテラン兵は膝を付いてしまった。

 が、次の瞬間、オルトロスが苦悶に暴れる。
 頭の一つ、長く出た口の上部に刃が突き出ているのが見えた。
 そしてスキンヘッドの彼は、魔獣の背中に持っていたのだ。

「まさか、食われたのは、剣?」

 そう、彼は幻術を得意としていた。

 のたうち回るオルトロスが、自分で作り上げた溶岩に足を落とす。体毛が燃えていった。

 彼はその体を走り、炎を避ける。

 苦しみながらもその彼を首で追い、体を傾けようとすると、更にオルトロスは熔ける大地に飲み込まれた。

 だが、それでもまだ致命傷を与えていない。時間が絶てば溶岩も冷えてしまうだろう。

「こいつを使って!」

 女性の声が聞こえた。
 見覚えがある。城壁の一番高い場所に、領主の妹君がいて、その隣には伯爵その人がいた。

「受け取れ!」

 伯爵が、渾身の力で槍を投げた。
 魔術師が風で補助すれば、それはスキンヘッドの彼にまで届く。

 あれは、伯爵家に伝わる竜の鱗も貫くと言われる名槍である。

 魔獣の後頭部を彼はそれで突き込んだ。

 グオオオオオオ――――、断末魔が響き渡る。

 ほどなく、オルトロスは完全に動きを止めた。

 同時に、生き残ったヘルハウンドらが逃げていく。

 死を覚悟した。
 町を守れた実感が夢のようで、直ぐに湧かない。

「勝った……」

 誰かが、ポツリと言って、やっと気付き、歓喜が爆発する。
 この奇跡の勝利の立役者に向けて、令嬢が叫ぶ。

「やったわ、モッコリ様!」

 少しの間、静まり返り、大歓声が沸く。
 英雄を讃える大合唱。

 モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ、モッコリ――。

 ただ、令嬢だけは真っ赤になっている。
 後で知った事だが、彼の名は、本当はカラハというらしい。どうして令嬢がモッコリと呼んだかは、謎のままである。

 ――――

 その日は誰もが疲れ切って、勝利の宴は後日となった。

 正直、助かったと空葉からはは思った。

 伯爵から部屋を借り、ようやく一人きりになると、やっと本当の姿に戻る事ができる。
 久しぶりのベッドに、上がったのは一匹の狸だ。

「ふう、かなり妖力を使ってしまった。今夜のうちに、もう一度、あんな魔物と戦うのは無理だな」

 化狸の空葉は、この世界に飛ばされた後、比較的に民家の近い場所で気付いた。そこで人間に化け、早いうちにここが異世界である事を知る。

 教師として、早く生徒らと合流しなくてはならない。
 そう考えて、放浪するうちに、何とか出会えたのはぬりかべだけだった。

 ぬりかべ――夜道を一人で歩いていると前に立ちはだかる壁の妖怪。
 姿を消しておける彼を町の外に置いて、一人で中に入った。町なら妖怪の情報も手に入ると考えての事だ。

 それが魔物の襲撃に遭遇するとは。

 温かい食事ともてなしに、ここの人間を見捨てる事はできなかった。

 それなりに戦えるとは思っていたが、化ける妖術を駆使してやっとである。なかなか、この世界の魔物は手強い。

 あのタイミングでぬりかべが現われてくれたのは助かった。
 実際、あの巨大な犬の相手で手一杯であったのだから。

 戦いが終わった後、ぬりかべとの関係を疑われたが、使い魔のようなものだと苦し紛れに説明したら、納得してもらえた。

「うーん、ゲームとかだと、ボスを倒すと色々と報酬があるものだが……」

 トントンと扉が叩かれる音を聞いて、空葉は慌てて起き上がり。急いで変化する。

「どうぞ」

 と答えれば、顔を見せたのは伯爵の妹霊令嬢であった。

「カラハ様、刀が回収できたので、お持ちしました」

「これは、どうもかたじけない」

 受け取ろうと前に出たその時、レベッカの表情が固まって、刀を落とす。

「でかい、金玉……」

 妖力が切れかけていた状態で、慌てて変化した為に、下半身が獣のままであった。というか、美しい人間の若い女性に見られ、獣と化すそれ。

「きゃぁあああ――――」

 悲鳴と共に、レベッカが逃げていく。
 ちょっと興奮した。

 だが、これは報酬どころではないかもしれない。

 部屋の鍵をしっかりかけて、狸に戻って寝る。
 明日には追い出されるかもしれないが、そうなった時の事は明日考えればいい。
 基本的に妖怪は深く悩まないのだ。
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