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夜勤と持ち場を交代したノッドは、静かな通路をファイと歩いていた。
過去の自身がアルテミス号を去ってから、どのぐらい時間が経ったかは分からない。随分と経過した気がするが、まだ自身から報告はない。
「ファイ、今日は一緒に寝てくれないか?」
ノッドは無口な恋人にお願いをした。今も世界のどこかで、いや、時間軸の中で触れ合えない恋人同士の事を思うと、自分はそうじゃないと感じていたかった。
「構いませんが、性行為はなしですよ」
リフトの前で足を止め、ファイは相変わらずのクールさで言った。
「約束は出来ない」
そう言いながら唇を奪う。
「努力もなしに……?」
唇を放すと、濡れた口がそう言った。それにノッドは頷くと、彼を抱き寄せて自室へとテレポートした。
暗い部屋の明かりをテレキネシスで点けると、ベッドの上に2つのシルエットが見えた。
「自分に言うのも何だけど、ご盛んだな」
過去の自身が苦笑し、その隣には懐かしい顔があった。
「フィックス……」
70年振りの再開に目を細めたノッドは、彼に歩み寄った。
「何だか、妙な気分だ」
そう言ってノッドの抱擁を受けたかつての恋人は、笑った。
「お久しぶりですフィックス」
現在の恋人が、ノッドの背中から言った。
「ファイ……また貴方に会えるなんて、とても嬉しいよ」
ノッドの腕から擦り抜けたフィックスは、ファイと握手を交わした。
「貴方の近況は彼から聞いています」
そう言ってノッドを見遣ると、ファイは僅かだけ顔を曇らせた。
「何と言えば良いのか、私には分かりません」
「いや……いいんです」
そう言いながら見つめ合う2人を一瞥すると、ノッドは自身へ向き直った。
「で……どうなんだ?まぁ、ここに来たって事は」
「何も言わないでくれ」
自身にそう遮られ、ノッドは言葉を飲み込んだ。
「お前に会いに来たのは、一応礼を言っておこうと思ったからだ。報告に来たんじゃない」
ノッドは頷いた。声が頭に流れてくる。
『ハンクは死んだ』
思わず目を見開く。と、フィックスはファイに寄り掛かっていた。
「ありがとう……その、俺が今フィックスといられるのは、お前が俺に……」
とても言い難そうにしている自身の肩を叩くと、ノッドは首を振った。無理に言わなくてもいい。それに、礼を言われるような事をした覚えもない。
「いいよ、もう」
ハンクは死んでしまったのか。自分が歩んで来た時間軸ではあまり関わりがなかった存在だったが、過去の自身を通してどのような男か知ったノッドは、ただそう思うだけだった。
特に悲しみもない。
「フィックス、大切な人を失う気持ちは私にも経験があるので分かります。ですが、どうか顔を上げて下さい」
ファイがフィックスの髪を撫でる指は、とても優しげだった。
「分かってるんだが、すぐにはやっぱり、無理だ」
無理に笑おうとしたフィックスの悲しみが、潤んだ瞳から垣間見える。
「人間の言葉には、時間が癒してくれるってのがある。そうだろ?フィックス」
そうノッドが言うと、彼は苦笑した。
「あぁ……確かに、そうだな。そうでなければ、生きていけない」
フィックスにそう返され、ノッドは内心しまった、と自身を叱咤した。彼はもう人間ではない。自分と同じ、衰えない体。優れた記憶力。幸か不幸か備わっている力。
フィックスがハンクを忘れられる筈はない。
「すまない、フィックス。俺はそんなつもりじゃ」
「あぁ、分かってる。君を責めてない。それに、ハンクの事はずっと覚えていたいんだ」
「そうか」
それ以上言葉は続かなかった。
過去の自身がアルテミス号を去ってから、どのぐらい時間が経ったかは分からない。随分と経過した気がするが、まだ自身から報告はない。
「ファイ、今日は一緒に寝てくれないか?」
ノッドは無口な恋人にお願いをした。今も世界のどこかで、いや、時間軸の中で触れ合えない恋人同士の事を思うと、自分はそうじゃないと感じていたかった。
「構いませんが、性行為はなしですよ」
リフトの前で足を止め、ファイは相変わらずのクールさで言った。
「約束は出来ない」
そう言いながら唇を奪う。
「努力もなしに……?」
唇を放すと、濡れた口がそう言った。それにノッドは頷くと、彼を抱き寄せて自室へとテレポートした。
暗い部屋の明かりをテレキネシスで点けると、ベッドの上に2つのシルエットが見えた。
「自分に言うのも何だけど、ご盛んだな」
過去の自身が苦笑し、その隣には懐かしい顔があった。
「フィックス……」
70年振りの再開に目を細めたノッドは、彼に歩み寄った。
「何だか、妙な気分だ」
そう言ってノッドの抱擁を受けたかつての恋人は、笑った。
「お久しぶりですフィックス」
現在の恋人が、ノッドの背中から言った。
「ファイ……また貴方に会えるなんて、とても嬉しいよ」
ノッドの腕から擦り抜けたフィックスは、ファイと握手を交わした。
「貴方の近況は彼から聞いています」
そう言ってノッドを見遣ると、ファイは僅かだけ顔を曇らせた。
「何と言えば良いのか、私には分かりません」
「いや……いいんです」
そう言いながら見つめ合う2人を一瞥すると、ノッドは自身へ向き直った。
「で……どうなんだ?まぁ、ここに来たって事は」
「何も言わないでくれ」
自身にそう遮られ、ノッドは言葉を飲み込んだ。
「お前に会いに来たのは、一応礼を言っておこうと思ったからだ。報告に来たんじゃない」
ノッドは頷いた。声が頭に流れてくる。
『ハンクは死んだ』
思わず目を見開く。と、フィックスはファイに寄り掛かっていた。
「ありがとう……その、俺が今フィックスといられるのは、お前が俺に……」
とても言い難そうにしている自身の肩を叩くと、ノッドは首を振った。無理に言わなくてもいい。それに、礼を言われるような事をした覚えもない。
「いいよ、もう」
ハンクは死んでしまったのか。自分が歩んで来た時間軸ではあまり関わりがなかった存在だったが、過去の自身を通してどのような男か知ったノッドは、ただそう思うだけだった。
特に悲しみもない。
「フィックス、大切な人を失う気持ちは私にも経験があるので分かります。ですが、どうか顔を上げて下さい」
ファイがフィックスの髪を撫でる指は、とても優しげだった。
「分かってるんだが、すぐにはやっぱり、無理だ」
無理に笑おうとしたフィックスの悲しみが、潤んだ瞳から垣間見える。
「人間の言葉には、時間が癒してくれるってのがある。そうだろ?フィックス」
そうノッドが言うと、彼は苦笑した。
「あぁ……確かに、そうだな。そうでなければ、生きていけない」
フィックスにそう返され、ノッドは内心しまった、と自身を叱咤した。彼はもう人間ではない。自分と同じ、衰えない体。優れた記憶力。幸か不幸か備わっている力。
フィックスがハンクを忘れられる筈はない。
「すまない、フィックス。俺はそんなつもりじゃ」
「あぁ、分かってる。君を責めてない。それに、ハンクの事はずっと覚えていたいんだ」
「そうか」
それ以上言葉は続かなかった。
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