ホワイト・ルシアン

たける

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26章.これから

2.

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──出立前夜


急な呼び出しにも関わらず、康介さんはバーに──あの、ルトロヴァイユに──来てくれた。

「待たせてすまないね」
「いえ……!こちらこそ、明日出発なのに……」

荷造りに戸惑って、と笑う康介さんからは、相変わらずいい匂い──朋樹と同じ柔軟剤が香っているのだと、最近分かった──がしている。

「構わないさ。で、話ってのは?」
「康介さん……僕に、プリンセス・メアリーを贈ってくれた時を、覚えてますか?」

祝福、と言う意味を持ったカクテルで、康介さんは俺と朋樹の交際をそれに込めた。

「……あぁ、覚えているよ」
「結局、僕の気持ちをお聞きになりまでんでしたね」
「そうだね……聞いたところで、どうこう変わるものじゃないから」

ぎこちなく笑う横顔に、また愛しさが込み上げる。だけど──康介さんが言ったように──変わるものではない。それでも俺は、伝えておこうと思った。


──我孫子さんには、ホワイト・ルシアンを贈れと言われたけど……


「それが、どうかしたのかい?」

そう尋ねてきたタイミングで、バーテンダーがカクテルを──予め頼んでおいたものだ──康介さんの前に置いた。

「これは……?」
「カサブランカです……」

桃色をした美しい、甘口のカクテルで、甘く切ない思い出 、と言う意味がある。

「……ありがとう。そして、すまない……」
「どうして謝るんです?」

カクテルを見つめる横顔が、悲しい。

「あの時、君の気持ちを確認しなかったばかりに、こんな気を遣わせてしまったね……」

そう言って康介さんは、グラスを手に取った。その指には、シンプルな指輪が鈍い光を放っている。

「この際だから正直に言います。僕は貴方が好きでした。とても……でも……」

決して受け入れてはくれないだろうと言う、見えない壁を感じていた。だから、と言う理由だけではないが、諦めようと思った。それに、朋樹をそれだけで選んだ訳ではない。

「いきなり狡いなぁ……本当……君は狡いよ」
「そうでしょうか?」

狡いのは貴方だ、とは言えなかった。きっと康介さんは俺の気持ちを知っていた。だから先回りして、やんわりとはね除けるようにしたのだろう。

「じゃあ……私も正直に伝えるよ」

グラスに口をつけ、飲み干すと、俺を見つめてきた。
その視線だけで──今更だけど──胸がドキリとする。

「初めて君に出会ってから、ずっと好きだった。出来る事なら、一緒になりたいとも思ったよ……」

好意があるのは俄に感じていた。だけどそれは、実を結ぶ事も、花を咲かせる事もないまま散った。

「じゃあ、どうして……?」

答えは分かってる。けれど、けじめを──自分の為だけど──つける為に尋ねた。

「1人の男よりも先に、朋樹の父親でありたかったからだよ」

そう言って微笑む康介さんの姿が滲む。

「……分かりました」


──終わった……


すれ違っていた想いがやっとぶつかり、消えた。

「もう、帰るよ。すまないね……」
「いえ、こちらこそ、お忙しい時にすみませんでした」

頭を下げると、ポンッと、俺の頭に康介さんが触れる。

「朋樹をよろしく頼むよ」
「……はい」

立ち去る背中を見送り、俺はバーテンダーに新しいカクテルを注文した。

「ラモス・ジン・フィズをお願いします」
「かしこまりました。少しお時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」

このカクテルは、およそ12分程シェイクしなければならないらしい、と言うのを、どこかの記事で読んだ事がある。バーテンダーの方には申し訳ないけど、今夜は長く感じるだろう。
感謝 、と言う意味があり、濃厚で、レモン・ライムの酸味とクリーム系の甘みのバランスが絶妙らしい。


──康介さんに感謝を……


俺はゆったりとした気持ちで、バーテンダーがシェイクするのを見つめた。




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