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第23章.対話
2.
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見られてしまった事は、もう取り消せない。
俺は黙って服を着ると、問いた気な朋樹を見つめた。
「俺の利用価値は、選手としての知名度なんかじゃなかったんだ」
そう口にしてから、涙が溢れた。
──そうだ。俺の価値は、そんなものではなく、肉体だけにあったんだ……
「そんな事言わないで!」
「うぅん。実際そうだから……ごめんね。俺は薄汚い男なんだ……」
汚れてる。
拭っても洗っても消えない。
「汚くない!澪さんは被害者なんだよ?」
訴えよう、と言ってくれた朋樹に、俺は首を振った。
近藤社長には、動画を撮られている。もし訴えたなら、きっとあれを出してくるだろう。
「どうして?悪いのはアイツじゃないか!」
「忘れたい……だから、もうその話題には触れないで欲しい」
相手は近藤社長だけじゃない、と知ったら、きっと朋樹は幻滅する。いや、そうじゃない。朋樹の性格からして、怒りで我を忘れて報復しかねない。
でも、本来なら伝えるべき、かも知れないが、俺は黙っている事にした。
──でも、恋人が性欲の捌け口にされていた、なんて知ったら……
「澪さん……」
「俺は大丈夫だよ。それより朋樹、君は前を見ていなきゃ駄目だ」
汚くない、と言うのなら、今すぐ抱いて欲しかった。だけど──俺自身がそう思うから──触れて欲しくない、とも思う。
俯き、床を見つめていると、朋樹の靴先が視界に入った。
「ねぇ澪さん、このまま帰ろう」
「え……?」
「だって澪さん、謹慎処分なんでしょ?」
顔を上げると──困ったように──笑っている。
「いや、退職しようかなって……」
仕事は好きだ。本当なら──こんな事で──辞めたくない。けど、もうこんな思いは嫌だった。
「せっかく一緒に働けるようになったんだよ?オレが守るから、辞めないで……!」
「朋樹……」
──守るって、どうやって?
卑屈になりそうな思考を抑え、そう言ってくれた朋樹に笑いかける。
けど、無理だった。
ボロボロな心が──朋樹を傷つけようと──俺に吐き出させる。
「四六時中一緒にいてくれるとでも?そんな事したら、練習出来ないよ?金メダル、獲れないよ?」
「それよりも、澪さんが大事だよ」
いい子すぎて、涙が出る。
こんな人を、堕とせない。
「俺を捨てて……」
「嫌だ!」
抱き締めてくれた力は強く、骨が軋むんじゃないかって。
「朋樹、お願い!俺なんかの為に、夢を犠牲にしないで!」
「澪さん!」
唇を塞がれた。
──朋樹が汚れてしまう……!
離れようともがいても、ピクリとも動かない。
「んンッ……!」
熱い唇。強い抱擁。愛おしい人。
「愛してるって言ったじゃん」
そう言ってもう1度キスし、朋樹は頬を膨らませた。
「澪さんはオレのものだって」
「でも……」
抱擁が解かれ、両手を握られる。温かい指先が絡められ、朋樹が──あの鋭い目で──俺の胸を射抜いた。
「結婚しよう」
「と……もき……?」
「今は指輪もないけど、今度一緒に買いに行こう」
薬指に唇を落とし、朋樹は笑った。
「澪さんを守るし、金メダルも獲る。約束するよ。だから、結婚して下さい」
「でも俺……」
言えない相手が何人もいる。
「オレ達が付き合う前の事は関係ないよ。そんなん言い出したら、オレだって色々あるし……」
モヤッとする。けど、そう言ってくれた事はありがたくて、少し気持ちが軽くなった気がした。
「ありがとう……」
こんな俺でいいの?そんな、付き合って1週間も経ってないのに、結婚しようって言っちゃっていいの?
そんな思いが顔に出てたのか、朋樹がニヤリと笑う。
「してくれるなら、ちゃんと答えてよ」
悩む事は、まだ沢山ある。だけど、朋樹を愛してる事は変わらない。
「はい……お受けします」
そう答え、見つめあい、そして笑った。
俺は黙って服を着ると、問いた気な朋樹を見つめた。
「俺の利用価値は、選手としての知名度なんかじゃなかったんだ」
そう口にしてから、涙が溢れた。
──そうだ。俺の価値は、そんなものではなく、肉体だけにあったんだ……
「そんな事言わないで!」
「うぅん。実際そうだから……ごめんね。俺は薄汚い男なんだ……」
汚れてる。
拭っても洗っても消えない。
「汚くない!澪さんは被害者なんだよ?」
訴えよう、と言ってくれた朋樹に、俺は首を振った。
近藤社長には、動画を撮られている。もし訴えたなら、きっとあれを出してくるだろう。
「どうして?悪いのはアイツじゃないか!」
「忘れたい……だから、もうその話題には触れないで欲しい」
相手は近藤社長だけじゃない、と知ったら、きっと朋樹は幻滅する。いや、そうじゃない。朋樹の性格からして、怒りで我を忘れて報復しかねない。
でも、本来なら伝えるべき、かも知れないが、俺は黙っている事にした。
──でも、恋人が性欲の捌け口にされていた、なんて知ったら……
「澪さん……」
「俺は大丈夫だよ。それより朋樹、君は前を見ていなきゃ駄目だ」
汚くない、と言うのなら、今すぐ抱いて欲しかった。だけど──俺自身がそう思うから──触れて欲しくない、とも思う。
俯き、床を見つめていると、朋樹の靴先が視界に入った。
「ねぇ澪さん、このまま帰ろう」
「え……?」
「だって澪さん、謹慎処分なんでしょ?」
顔を上げると──困ったように──笑っている。
「いや、退職しようかなって……」
仕事は好きだ。本当なら──こんな事で──辞めたくない。けど、もうこんな思いは嫌だった。
「せっかく一緒に働けるようになったんだよ?オレが守るから、辞めないで……!」
「朋樹……」
──守るって、どうやって?
卑屈になりそうな思考を抑え、そう言ってくれた朋樹に笑いかける。
けど、無理だった。
ボロボロな心が──朋樹を傷つけようと──俺に吐き出させる。
「四六時中一緒にいてくれるとでも?そんな事したら、練習出来ないよ?金メダル、獲れないよ?」
「それよりも、澪さんが大事だよ」
いい子すぎて、涙が出る。
こんな人を、堕とせない。
「俺を捨てて……」
「嫌だ!」
抱き締めてくれた力は強く、骨が軋むんじゃないかって。
「朋樹、お願い!俺なんかの為に、夢を犠牲にしないで!」
「澪さん!」
唇を塞がれた。
──朋樹が汚れてしまう……!
離れようともがいても、ピクリとも動かない。
「んンッ……!」
熱い唇。強い抱擁。愛おしい人。
「愛してるって言ったじゃん」
そう言ってもう1度キスし、朋樹は頬を膨らませた。
「澪さんはオレのものだって」
「でも……」
抱擁が解かれ、両手を握られる。温かい指先が絡められ、朋樹が──あの鋭い目で──俺の胸を射抜いた。
「結婚しよう」
「と……もき……?」
「今は指輪もないけど、今度一緒に買いに行こう」
薬指に唇を落とし、朋樹は笑った。
「澪さんを守るし、金メダルも獲る。約束するよ。だから、結婚して下さい」
「でも俺……」
言えない相手が何人もいる。
「オレ達が付き合う前の事は関係ないよ。そんなん言い出したら、オレだって色々あるし……」
モヤッとする。けど、そう言ってくれた事はありがたくて、少し気持ちが軽くなった気がした。
「ありがとう……」
こんな俺でいいの?そんな、付き合って1週間も経ってないのに、結婚しようって言っちゃっていいの?
そんな思いが顔に出てたのか、朋樹がニヤリと笑う。
「してくれるなら、ちゃんと答えてよ」
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「はい……お受けします」
そう答え、見つめあい、そして笑った。
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