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第20章.迫るクリスマス
4.
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ぐったりと、社用車の運転席に座っている。本来なら、今日の予定を確認し、行動に移さなければならないのに。気持ちが──体もだけど──泥沼に沈むように重い。重くて重くて、息が出来ない。
──助けて……
ハンドルに顔を埋めると、スマホがメッセージを受信した。誰からか、確認する気力が出ない。
早く仕事に戻らないと、と思う反面──いつものような──やる気をかき集められないでいる。
──それも全て……
誰かのせいにして、逃げ出す事は容易い。その何か、を、どのように自分の中で消化させるか、が問題だ。
何度も深呼吸する。
──気持ちを切り替えよう。あれは仕事とは関係ない。混同するな。
「あぁ……」
泣いていた。堪えきれず、声を上げて。暫く泣いて、心持ち気分が落ちつく。と、窓をコツコツと叩かれ顔を上げると、じぃとこちらを見る伊丹の四角い顔があった。
「わぁ……!」
「どうしたんスか?」
練習用のトレーナーを着ていて、肩には大きなリュックを下げている。運転席から──顔を拭いて──出ると、改めて伊丹が、大丈夫かと聞いてきた。
「何でもないよ」
「泣いてたじゃねっスか」
「お前には関係ないよ」
そう言って立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。
「優さんも心配してるんスよ」
「え?何で優が……」
目線の高さはほぼ同じだが、鋭い──切れ長な──目が威圧しているように見える。
「こないだ、体調崩したそうじゃねっスか。優さん、剣崎さんが情緒不安定じゃねぇかって……」
それだけが理由じゃない筈だ。
──何を知ってる……?
「安定してるよ」
「沢村選手との事で、悩んでるんじゃねぇっスか?」
「は?何で沢村選手の事なんか」
「空港に迎えに行ってたんスよね?」
あの時の映像から、優が推察したのだと言う。
俺は腕を振りほどいた。
「そんなじゃない……!そんな事じゃ……」
誰に言えるってんだ?体を伴う接待を強要されたって。社長に、レイプされたって。
「剣崎さん……!」
「放っておいてくれ!」
「そう言う訳にはいかねっスよ。貴方は、優さんの特別なんだから!」
再び腕を掴まれ、振り向かされる。射抜くような真剣な眼差しに、取り戻した落ちつきが騒いだ。
「なん……だよ……」
言えない事だってある。言いたくない事だって。それを無理矢理聞き出そうとするのは、自己満足なんじゃないか?
喉元まで出かけた言葉が──伊丹の肩越しに──優の姿を見つけて引っ込んだ。
「澪……」
優の低い──だけど優しい──声に、俺は俯いた。今、その真っ直ぐな視線に堪えられない。
「優……俺は大丈夫だから。だから、そっとしといてもらえないか?」
「どこが大丈夫なんだよ。青い顔しやがって」
伊丹を押し退け、俺の頬を両手で包む。温かくて、手に入らなかった感触だ。
「沢村選手と何かあったのか?」
「ち……違うよ。それに、お前等が思ってるような仲じゃない」
好きと言われた。俺も、好きと伝えた。だけど、本当に伝わってるかは分からない。
──朋樹……
「じゃあ、何だってんだ?現にお前を苦しめてるじゃねぇか!」
「苦しんでるのは朋樹の事じゃない!」
頬から肩へ──優の手が──滑る。俺はその手を掴み、首を振った。
「自分で解決出来るから……なぁ、頼むよ……」
いつまでも、強い先輩でいたかった。憧れられて、追いかけられるような存在でありたかった。
──俺も、演技力を身につけなきゃな……
「……分かった。言えるようになったら、いつでも言ってくれ。ただ……1人で抱えるな」
「うん、ありがとう」
じゃあって、その場から逃げるように玄関口に向かった。
──助けて……
ハンドルに顔を埋めると、スマホがメッセージを受信した。誰からか、確認する気力が出ない。
早く仕事に戻らないと、と思う反面──いつものような──やる気をかき集められないでいる。
──それも全て……
誰かのせいにして、逃げ出す事は容易い。その何か、を、どのように自分の中で消化させるか、が問題だ。
何度も深呼吸する。
──気持ちを切り替えよう。あれは仕事とは関係ない。混同するな。
「あぁ……」
泣いていた。堪えきれず、声を上げて。暫く泣いて、心持ち気分が落ちつく。と、窓をコツコツと叩かれ顔を上げると、じぃとこちらを見る伊丹の四角い顔があった。
「わぁ……!」
「どうしたんスか?」
練習用のトレーナーを着ていて、肩には大きなリュックを下げている。運転席から──顔を拭いて──出ると、改めて伊丹が、大丈夫かと聞いてきた。
「何でもないよ」
「泣いてたじゃねっスか」
「お前には関係ないよ」
そう言って立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。
「優さんも心配してるんスよ」
「え?何で優が……」
目線の高さはほぼ同じだが、鋭い──切れ長な──目が威圧しているように見える。
「こないだ、体調崩したそうじゃねっスか。優さん、剣崎さんが情緒不安定じゃねぇかって……」
それだけが理由じゃない筈だ。
──何を知ってる……?
「安定してるよ」
「沢村選手との事で、悩んでるんじゃねぇっスか?」
「は?何で沢村選手の事なんか」
「空港に迎えに行ってたんスよね?」
あの時の映像から、優が推察したのだと言う。
俺は腕を振りほどいた。
「そんなじゃない……!そんな事じゃ……」
誰に言えるってんだ?体を伴う接待を強要されたって。社長に、レイプされたって。
「剣崎さん……!」
「放っておいてくれ!」
「そう言う訳にはいかねっスよ。貴方は、優さんの特別なんだから!」
再び腕を掴まれ、振り向かされる。射抜くような真剣な眼差しに、取り戻した落ちつきが騒いだ。
「なん……だよ……」
言えない事だってある。言いたくない事だって。それを無理矢理聞き出そうとするのは、自己満足なんじゃないか?
喉元まで出かけた言葉が──伊丹の肩越しに──優の姿を見つけて引っ込んだ。
「澪……」
優の低い──だけど優しい──声に、俺は俯いた。今、その真っ直ぐな視線に堪えられない。
「優……俺は大丈夫だから。だから、そっとしといてもらえないか?」
「どこが大丈夫なんだよ。青い顔しやがって」
伊丹を押し退け、俺の頬を両手で包む。温かくて、手に入らなかった感触だ。
「沢村選手と何かあったのか?」
「ち……違うよ。それに、お前等が思ってるような仲じゃない」
好きと言われた。俺も、好きと伝えた。だけど、本当に伝わってるかは分からない。
──朋樹……
「じゃあ、何だってんだ?現にお前を苦しめてるじゃねぇか!」
「苦しんでるのは朋樹の事じゃない!」
頬から肩へ──優の手が──滑る。俺はその手を掴み、首を振った。
「自分で解決出来るから……なぁ、頼むよ……」
いつまでも、強い先輩でいたかった。憧れられて、追いかけられるような存在でありたかった。
──俺も、演技力を身につけなきゃな……
「……分かった。言えるようになったら、いつでも言ってくれ。ただ……1人で抱えるな」
「うん、ありがとう」
じゃあって、その場から逃げるように玄関口に向かった。
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