ホワイト・ルシアン

たける

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第18章.ジプシー

1.

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我孫子弘之監督は──私より3つ上だが──現役の時、何度も対戦したライバルでもある。
彼は私より体格もよく──190センチもある──凛々しい猫のような顔立ちで、女性にも人気が高かった。手癖が悪いからか結婚はしておらず、恋人だと紹介された人もいない。
私と似ているようでいて、正反対だからか、柔道の話や引退後の話をたくさんしたな、って。

「で……朋樹はまだか?」
「走り込みに行ってますから、もうじき帰ってくるでしょう」


──昼前までには帰れと言ったのに……


どこまで走りに──多分違う──行ったのやら。

「戻りました」

噂をすれば影、ではないが、朋樹が──どこかスッキリした雰囲気で──戻ってきた。監督は眉間に深い皺を刻み、不機嫌を露にしている。

「沢村から、私が来る事は聞いていただろ?」
「申し訳ありません」

深々と頭を下げる姿に、以前の刺々しさはない。どうやらどこかで──誰かと──リフレッシュしてきたようだ。

「これからは気をつけるんだ」
「はい、すみません」

漸く視察が始まる。私は我孫子監督の側に立ち、質問に答えていった。その間朋樹は真面目に──いつもの事だが──挑んでいる。

「沢村、ちょっといいか?」

暫く見ていた監督が、別室に、と要求する。私は彼を執務室へ通した。向かい合って座り、何の話だろうと身構える。

「あれから調べてみたんだが……」

そう切り出した監督は、僅かに生やしている顎髭に手をやった。

「何を、でしょう?」
「空港で朋樹と抱き合っていた彼についてだよ」
「あぁ、はい。剣崎君ですね」
「うん。元ラグビー選手だそうだね」
「そうです。あの、彼が……」

何だと言うのだろう?朋樹も言っていたように、2人は──多分だが──付き合ってはいない。

「どこで出会ったんだ?」
「えーと……確か、9月にN高校へ練習を見に行った時だと思いますが……」

顧問の井川──だったかな?──先生がT大出身で、頼まれたと言っていた気がする。そこに、どうして彼がいたのかは不明だが。
そう説明すると、監督は腕を組んだ。

「本当に交際してないんだな?」
「えぇ、その筈です」

私に聞かれても困るのだが。雰囲気から察するだけだし。

「因みに、彼はどんな人だ?」
「どんなって……」


──何故私に聞く?


と、思いつつ、彼は優しくて寂しがり屋で、謙虚でいて努力家だと伝える。すると監督は、ニヤリと笑った。

「お前も会った事があるんだな?」
「え?えぇ、まぁ……」
「好みだろ?」
「なっ、何を言うんだ」

背もたれに体を預ける顔は、監督ではなく我孫子弘之の顔──所謂、友人の顔だ──をしている。

「抱いたのか?」
「あのなぁ……一体何が言いたいんだ?」
「俺は好みだよ」
「うん?」
「まだ誰のものでもないなら、俺だって誘ってもいいだろう?」


──誘うぅ?


「ちょ……ちょっと待て!お前、いきなり何を言い出すんだ」
「朋樹には勿体ないって事だ。俺が大人の男ってやつを教えてやろうってね」

あれこれ言いたくなるのを我慢し、取り敢えず睨んでやる。

「お?怖い顔だな。何だ、やっぱりお前も好きなんじゃないか」
「わ……私は……!」

好きだ。とても。抱いた感触も、香りも、熱量も、まだ覚えている。だが私は、彼を求めたりは出来ない。


──彼は恐らく朋樹を……


「息子に遠慮してるのか?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ、誘えよ」

俺が誘う前に、と言って笑う。また我孫子の悪い癖が出たようだ。

「彼に近付くな」

遊びで彼の──繊細な──心を弄んで欲しくない。

「まだ根に持ってるのか?」

あれはまだ、お互い現役選手だった頃。私には、結婚したいと考えていた人がいた。我孫子はそれを知っていながら、横取りしたのだ。そして付き合う事もなく──言い方は悪いが──捨てたのだ。
勿論、そんな人と結婚など出来ず……
だが、根に持ってなどいない。

「それとこれとは話が別だ」
「はいはい。じゃあそろそろ、次へ行くよ」

立ち上がった監督に続き、執務室を出る。

「監督が帰られる」

そう、道場に声をかけると、全員──およそ30名所属している──が見送りに集まった。

「日々精進するように」
「はい!」

力強く答える皆に手を振り、監督はコーチ達と共に去って行く。私はそんな彼等を、玄関口まで見送った。




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