ホワイト・ルシアン

たける

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第12章.吸収合併

1.

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──9時間前


都内某所の高級料亭。
座敷には、うちの会社の社長を始め、上役の面々がテーブルの片側に──私も含めて──座し、その向かいには、ライバル社──サンライズ──の、これまた上役達が、上手に拵えた営業用の笑みを浮かべて胡座をかいている。
まだ幾ばくか新しい畳の匂いは好ましいが、どこか空気が淀んでいるように感じられた。

「早朝からお集まりいただき、感謝いたします」

そう口火を切ったのは、うちの社長──棟方秀雄むなかたひでお──で、それに答えるのが、相手の社長──近藤宏こんどうひろし──だった。

「こちらこそ、召集ありがとうございます」

私は、と言うと、事務系部長と言う肩書きながら、昨夜に──社長直々に──参加するようにと、仰せつかったが、何の集まりか知らされておらず、困惑しながら端に座っている。

「例の件ですが、順調に進んでおります。そろそろマスコミにも情報開示してもよろしいかと……」

と、近藤氏。

「会見は……経費削減の為、やらんでもいいでしょう。代わりに、大々的にCMを流すのはどうでしょうか?」

と、棟方社長。


──例の件?情報開示?CM?


断片的な情報に、推理が覚束ない。

「それはいいですね。両者の有名どこで作成すれば、注目度もあるでしょう。そちらはやはり、世界柔道で返り咲いた、沢村朋樹でいきますか?」


──うん?朋樹?


チラと社長を耳遣ると、視線が合った。

「勿論。ですから、彼の父親……コーチも兼任している沢村を呼んでおります。で、そちらは?」
「うちは、鮫島優で行こうかと考えております」
「あぁ、あの男前ね。いいんじゃないですか?女性ファンも多いでしょう」
「えぇ、ダントツに……しかし、剣崎程ではありませんが」

皆が小さく笑う。食事も酒も進み、腹を探りあっているわりには──表面上は──和やかだ。


──だが、ここで彼の名を聞くとは……


シク、と、胸が痛んだ。

「突然引退されましたからね。私もファンだったんですが……いやぁ、実に惜しい!」
「ご所望でしたら、剣崎にしましょうか?現在彼は、営業としてやっておりますが、取引先からの評判も上々でして」
「いいのかい?でも、まぁ……まずは、是非お会いしたいですね」

社長の顔に、下卑た笑みが広がる。何か言ってやろうと腰を浮かせたが、常務が睨みを利かせてきたので止めた。

「構いませんよ。1度、双方顔合わせ、なんて、いかがですか?」
「うん、いいね。なぁ沢村、息子さん、調子はどうだい?」

突然話を振られ、思わず笑みを作る。

「お陰様で順調です。後は、グランドスラムで優勝すれば、オリンピック出場の内定が貰えるところまできています」
「そうか。じゃあ、CM撮影を入れても問題ないんだな?」
「あ、あの、社長……私、お話がよく理解出来てないのですが……」

説明を求めると、常務が教えてくれた。

「極秘情報なんだが、そろそろ情報開示されるようだし、君にも話しておくが……まだ口外しないでくれたまえ」
「はい……」
「この度弊社は、サンライズ株式会社に吸収合併される事になった。新工場も秘密裏にS県に建てられている。そこでPRの一環として、両社が抱えている柔道とラグビーの有名選手を起用し、CMを作る事になったんだ」
「きゅ……吸収合併、ですか?」

確かに、売上が伸び悩んでいると小耳に挟んだ事はあるが、そこまでとは……

「これは決定事項だし、それに伴い人員の整理も行う予定だ」
「む……難しい事は解りませんが、決定事項なら、それに従うまでです」
「そうか、ありがとう。で、顔合わせさせたいんだが、いつでも構わないか?」
「いや、えっと……グランドスラムが11月にあるので……」
「なら、終わるのを待つより、早い方がいいな。社長、いつにされますか?」

ふいと、常務が社長を振り返る。

「そうだな……近藤社長、いかがしますか?」
「うん。うちはいつでも構いませんが、来週中でどうでしょう?」
「はい。では、ご連絡お待ちしております」

再び、常務がこちらを振り返った。

「じゃあ、沢村、息子さんに伝えておいてくれ」
「はい、分かりました……」

そう返事をしたものの、きちんと話が出来るのだろうか?──澪君の件もあるし──と、一抹の不安が胸を暗くした。




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