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第10章.報告
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軽やかな鈴の音が耳心地いい。
青藍──紫みを含んだ暗い青色──の扉を開いて入店すると、奥のテーブルに朋樹が見えた。
「ごめん、お待たせ」
「ううん。こっちこそ、急にごめんね」
ニコリと笑う顔は──少しぎこちなくとも──子供のように可愛い。
店内は名前──フォレスト──が表すように、鉢植えの木が随所に置かれている。中には小さな花をつけているものもあり、見目華やかだ。
「オレもちょっと前に来たとこなんだ」
注文はどうする?と、メニューをテーブルの真ん中で広げる。俺は、そうだなー、って、顔を近付けた。
──匂いが似てるのは、親子だから?
ふと、頭を過る。
「オレはコーヒーにするよ。澪さんは?」
「うん、俺も同じもので」
いけない、少しボーッとしてたようだ。
「えと……康介さん、と、再開シマシタ……」
「何を畏まっちゃって。で、どうだったの?」
「ど……どうって?」
「ほら、どうして抱かれてもいいって思ったのか、探ってみたいって言ってたよね」
そう言えば、そんな話をしたな、と、思い出す。
──だけど……
「う、うん。正直、それは考えてはなかった、かな。今思い返しても、分からなくて……」
優しくて、甘くて、だけど激しくて、声音も心地好くて……嫌なところが見つからないぐらい。
──ただ1つ、あるとしたら……
会って──ほぼほぼ──すぐ、抱きたいって、言われた事ぐらいだろうか。
「特別って言ってたけど、それも……?」
柔和な笑み。別れ際の微笑。最中の甘えた声。
どれもが特別だった、気がする。
「特別は、特別だったよ……」
好きだと思った。甘えたいとも思った。もっと触れて欲しいとも、求めて欲しいとも思った。
──でも俺は……
「ねぇ朋樹、康介さんって、お酒好きなんだね?」
「うん。凄い飲むよ、酒豪レベル。オレはそこまでじゃないんだけどね」
「やっぱり」
「何で?めっちゃ飲まされた?」
「ううん、そうじゃなくて……カクテル言葉、って言うの?あれを幾つか教えてもらったから……」
──アフィニティと、オリンピック……
最後に飲んだカクテルを──その意味も──知らないといけない。恐らく知れば、また聞きそびれた気持ちも、自ずと分かるだろう。
「へぇ、意外にキザなんだね」
知らなかった、と、目を丸くする。俺は苦笑いを浮かべただけで──さっき運ばれてきた──アイスコーヒーにミルクだけを入れて軽く掻き回し、一口飲んだ。
「……で、父さんとの事、どうするつもり?」
「そ、そうだね……」
「オレさ、思うんだけど……父さん、去年離婚したんだけど、その理由をさ、母さんが、父さんの浮気だって教えてくれたんだよね。それってさ、オレは澪さんの事だと思うんだ。それに、澪さんがどう思っていようと、取り敢えず父さんは、好きだと思うよ、澪さんの事……」
そこまで一気に言ってから、朋樹は──ミルクとガムシロップを半分入れた──コーヒーを飲んだ。
「え……?えぇー?う、嘘?」
俺が理由で離婚だなんて、シャレにならない。
「まぁ、父さんは離婚について話さないし、真実は分からないんだけどね」
色々聞きたくなってくるけど、語らないって事は、触れて欲しくないんだろうし。
「離婚したってのは、ネットで調べた時にあったから知ってたけど、理由までは書いてなかったからね。康介さんだって、そこには触れなかったし……」
「理由は何であれ、今はバツイチだけど独身って事に違いはないからね」
昨年、大きな法改正が行われ、国内でも同性婚が認められる事になった。当時、特に興味はなかったけど、今では──康介さんの離婚の理由を聞いてしまってから──身近に感じてしまう。
──尚更、カクテルの意味が気になる……
無意識に、ストローを噛んでしまっていた。それを見た朋樹が──悪戯に──ニヤリと笑う。
俺は話題を変える為に小さく咳払いすると、じっと朋樹をみつめた。
「ねぇ朋樹……俺ね、別れ際に康介さんからカクテルをプレゼントされたんだけど、名前も意味も教えてくれなかったんだ」
「どんなカクテル?」
「えっと……ちょっと白く濁ってて、香りは爽やかな柑橘系だった」
記憶を手繰る。確か康介さんが、ウオッカベースだから結構くる、と言っていた。
「うーん……味は?甘かった?」
「えっとね………辛いけど甘かった、かな」
「……分かる筈ないね」
そんなに詳しくないし、と、笑う朋樹に、俺も、だよね、って相槌を打つ。
「でね、考えてたんだけど、バーが開いたら、これだけのヒントで幾つか作ってもらって、飲み比べしてみようかなって」
プロなんだから、きっと正解を導きだしてくれるだろう。
「そうだね、その方がいいかも」
うんうんと頷き、腕時計──グレーのジャージ姿で、ゴツい腕時計だけが浮いて見える──に目を遣った。
「バーって、17時開店?」
「えっと……うん、そうだね」
ネットで素早く調べて答えると、朋樹は少し前傾になった。
「じゃあ、それまでさ、ホテル、行かない?」
「え……?」
ストレートな誘いに一瞬戸惑い──顔が熱いから、きっと赤くなってしまってる──そして頷いた。
青藍──紫みを含んだ暗い青色──の扉を開いて入店すると、奥のテーブルに朋樹が見えた。
「ごめん、お待たせ」
「ううん。こっちこそ、急にごめんね」
ニコリと笑う顔は──少しぎこちなくとも──子供のように可愛い。
店内は名前──フォレスト──が表すように、鉢植えの木が随所に置かれている。中には小さな花をつけているものもあり、見目華やかだ。
「オレもちょっと前に来たとこなんだ」
注文はどうする?と、メニューをテーブルの真ん中で広げる。俺は、そうだなー、って、顔を近付けた。
──匂いが似てるのは、親子だから?
ふと、頭を過る。
「オレはコーヒーにするよ。澪さんは?」
「うん、俺も同じもので」
いけない、少しボーッとしてたようだ。
「えと……康介さん、と、再開シマシタ……」
「何を畏まっちゃって。で、どうだったの?」
「ど……どうって?」
「ほら、どうして抱かれてもいいって思ったのか、探ってみたいって言ってたよね」
そう言えば、そんな話をしたな、と、思い出す。
──だけど……
「う、うん。正直、それは考えてはなかった、かな。今思い返しても、分からなくて……」
優しくて、甘くて、だけど激しくて、声音も心地好くて……嫌なところが見つからないぐらい。
──ただ1つ、あるとしたら……
会って──ほぼほぼ──すぐ、抱きたいって、言われた事ぐらいだろうか。
「特別って言ってたけど、それも……?」
柔和な笑み。別れ際の微笑。最中の甘えた声。
どれもが特別だった、気がする。
「特別は、特別だったよ……」
好きだと思った。甘えたいとも思った。もっと触れて欲しいとも、求めて欲しいとも思った。
──でも俺は……
「ねぇ朋樹、康介さんって、お酒好きなんだね?」
「うん。凄い飲むよ、酒豪レベル。オレはそこまでじゃないんだけどね」
「やっぱり」
「何で?めっちゃ飲まされた?」
「ううん、そうじゃなくて……カクテル言葉、って言うの?あれを幾つか教えてもらったから……」
──アフィニティと、オリンピック……
最後に飲んだカクテルを──その意味も──知らないといけない。恐らく知れば、また聞きそびれた気持ちも、自ずと分かるだろう。
「へぇ、意外にキザなんだね」
知らなかった、と、目を丸くする。俺は苦笑いを浮かべただけで──さっき運ばれてきた──アイスコーヒーにミルクだけを入れて軽く掻き回し、一口飲んだ。
「……で、父さんとの事、どうするつもり?」
「そ、そうだね……」
「オレさ、思うんだけど……父さん、去年離婚したんだけど、その理由をさ、母さんが、父さんの浮気だって教えてくれたんだよね。それってさ、オレは澪さんの事だと思うんだ。それに、澪さんがどう思っていようと、取り敢えず父さんは、好きだと思うよ、澪さんの事……」
そこまで一気に言ってから、朋樹は──ミルクとガムシロップを半分入れた──コーヒーを飲んだ。
「え……?えぇー?う、嘘?」
俺が理由で離婚だなんて、シャレにならない。
「まぁ、父さんは離婚について話さないし、真実は分からないんだけどね」
色々聞きたくなってくるけど、語らないって事は、触れて欲しくないんだろうし。
「離婚したってのは、ネットで調べた時にあったから知ってたけど、理由までは書いてなかったからね。康介さんだって、そこには触れなかったし……」
「理由は何であれ、今はバツイチだけど独身って事に違いはないからね」
昨年、大きな法改正が行われ、国内でも同性婚が認められる事になった。当時、特に興味はなかったけど、今では──康介さんの離婚の理由を聞いてしまってから──身近に感じてしまう。
──尚更、カクテルの意味が気になる……
無意識に、ストローを噛んでしまっていた。それを見た朋樹が──悪戯に──ニヤリと笑う。
俺は話題を変える為に小さく咳払いすると、じっと朋樹をみつめた。
「ねぇ朋樹……俺ね、別れ際に康介さんからカクテルをプレゼントされたんだけど、名前も意味も教えてくれなかったんだ」
「どんなカクテル?」
「えっと……ちょっと白く濁ってて、香りは爽やかな柑橘系だった」
記憶を手繰る。確か康介さんが、ウオッカベースだから結構くる、と言っていた。
「うーん……味は?甘かった?」
「えっとね………辛いけど甘かった、かな」
「……分かる筈ないね」
そんなに詳しくないし、と、笑う朋樹に、俺も、だよね、って相槌を打つ。
「でね、考えてたんだけど、バーが開いたら、これだけのヒントで幾つか作ってもらって、飲み比べしてみようかなって」
プロなんだから、きっと正解を導きだしてくれるだろう。
「そうだね、その方がいいかも」
うんうんと頷き、腕時計──グレーのジャージ姿で、ゴツい腕時計だけが浮いて見える──に目を遣った。
「バーって、17時開店?」
「えっと……うん、そうだね」
ネットで素早く調べて答えると、朋樹は少し前傾になった。
「じゃあ、それまでさ、ホテル、行かない?」
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