ホワイト・ルシアン

たける

文字の大きさ
上 下
25 / 86
第8章.再会

3.

しおりを挟む
ゴシック調の木彫りが施された扉を潜ると、微かにジャズが流れている。店内は控えめな照明で薄暗く、パリをイメージした調度品も、絢爛と言うより厳かに飾られていた。
カウンターに1人──薄いブルーのシャツを着た広い背中だ──座っている。恐らく沢村さんだ。
声をかけるタイミング──と言うより、躊躇し、気後れしている──をどうしようか、と考えていると、チラとこちらを振り返った。

「あ……沢村さん……」
「剣崎君だね?さぁ、座って」

隣の椅子を勧められ、会釈して座る。沢村さんはニコニコ笑っていて──あの、朋樹に似た、甘い匂いがする──俺もつられて笑顔になった。

「何を飲む?」

そう言いながら、メニューを見せてくれる。どれにしようかなって、悩みながら覗き込んでいると、沢村さんがねぇ、って、声をかけてきた。

「知ってるかい?カクテルにも、花言葉みたいに意味があるって」
「そうなんですか?初耳です。例えば?」

そうだなぁって、顎を指で掻きながら思案している。

「じゃあ、有名なお酒でカシス・ソーダってあるだろう?あれはね、貴方は魅力的 、って意味なんだよ」

じっと見つめられ──まるで俺に言ったと錯覚してしまうぐらい──ドキリとする。

「そう……なんですね」

カウンターに置いていた手に、そっと手が重ねられた。ごつくて温かい。
す、と、バーテンダーが──どうぞって──琥珀色のカクテルを差し出してきた。

「アフィニティって言うんだけど……」
「これは、どんな意味なんですか?」

綺麗な色だな、と思う。

「触れ合いたい……」

そう言ってから照れたようにはにかみ──少し頬が赤い──沢村さんは俺を見つめてきた。

「あ……の……」
「この意味、分かるよね……?もし構わないなら、飲んで欲しい。無理なら、飲まなくていいから」

いきなりの展開に、頭が混乱する。だけど心の片隅で、体が目当てだったんだって、ガッカリする自分もいた。


──もうこれで、会う事もないもんな……


微笑を返し、つ、と、一口飲む。少し辛い、だけどまろやかな舌触りのカクテルだ。

「……ありがとう」

そう言って沢村さんはバーテンダーに何かを注文し、俺からグラス──アフィニティ──を取って飲み干した。その様子を横目に見ながら、少し憂鬱になる。


──もう朋樹にも会えなくなるんだろうか……


だとしたら寂しい。2年前の話を聞き終えて、遠慮がちに笑ってくれてた顔も、別れ際、じゃあまたね、って、切なそうに見てきた眼差しにも、もう会えないのだろう。

「お待たせ致しました」

ふと、我に返ると、オレンジ色のカクテルが差し出されていた。これは?と、沢村さんを見遣る。

「オリンピック。待ち焦がれた再会って意味なんだ。えと……その、私は君に、ずっと会いたかったんだ」
「ど、どうして、ですか?」

同じ気持ちだったんだろうか?いや、違う。探してはいたけど、俺はあの朝、何をやったんだって、恐くなって逃げたんだから……

「あの日、私が起きたら君はいなくなってた。シンデレラみたいにね」
「その例えはちょっと違うのでは?」
「や、私の中ではそんなイメージだったんだよ」

ニコリ、と笑う顔が、朋樹に似てる。

「あの日、私が、君も、今私と同じ気持ちでいるかい?と聞いたのを、覚えてる?」
「ん……?いえ、すみません、覚えてないです」

優しい眼差し。それに混じって、少し寂しそうでもあった。

「明日、憶えていたら、教えるよ、って言って、君は消えた……」
「ご……ごめんなさい」
「責めてる訳じゃない。今夜は、それを伝えたいなって、思ってるんだ」

だから、と、握られたままの手に力がこもる。

「朝を迎えても、消えてしまわないで欲しい」
「……は、い……」

顔が一際熱いのは、きっとさっき飲んだアフィニティのせいだ──少しだけだったけど──と思いたい。

「じゃあ、これも飲んで」
「い、いただきます……」

オリンピックも一口飲む。オレンジジュースのような味わいなのにグラッときて、俺は沢村さんの手を強く握り返した。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

処理中です...