17 / 86
第6章.沢村康介
1.
しおりを挟む
何処かで見た顔だと思った。すぐ思い出せなかったのは、もうそれが2年も前の事だったから。
元ラグビー日本代表選手と言うのも、知らなかった──吉村から初めて聞いた──し、名前だって尋ねなかった。興味がなかった訳じゃない。
彼が聞かないでと、言ったからだ。
──しかし……
可愛らしい人だと──写真を見て──改めて思う。
バーで声をかけたのは私からだった。余りに酷く酔っていて──閉店間際だったのもある──心配になったからだ。
──2年前
彼は私より後に入店してきた。と言うのも、連れが口笛を吹いたのを覚えていたから。
「色男ですねぇ、あの人」
「うん?そうか?」
そうだな、と、言い換える。彼はカウンターに座るなり、バーテンに濃いものを注文し──マティーニだった──次々にグラスを空けていった。
無茶な飲み方だな、と思いつつ、声をかけるのもどうかとも思ってると、連れが細君に帰宅命令を下され──新婚だったから──帰って行った。私はと言うと、最近妻とは上手くいっておらず──他に恋仲になった人がいるらしい事は把握していた──家に帰り辛かった。息子は独り暮らしを始めたから、尚更だ。
──1日ぐらい帰らなくたって……
そう言う心持ちで飲んでいた。
やがて、閉店時間です、と、言われ、会計をしようと席を立った時、彼がカウンターに突っ伏しているのが見えた。横目に様子を伺うと、彼は顔を上げ、つ、と、一筋、涙を流した。
胸がドキリと、一際大きく鼓動する。
私は彼を見つめていた。こっちを見ろ、と、願いつつ。その願いが通じたのか、彼が私を見た。鼓動が早まって痛い。
「随分な飲み方してたね」
思うよりも先に、言葉が出ていた。彼は潤んで呆けた瞳をパチパチさせ──不信感など持ち合わせていないかのような無防備さで──笑った。
「失恋しちゃって……」
ニコリ、と無理に笑う顔が、傷の深さを物語っているようで、私は何と答えたらいいか逡巡していた。
「あはは、そんな困った顔しないで下さい。何だか貴方にまでフラれたみたい……」
「あ、いや、すまない。私なら……その……」
フらないなんて、今言う事ではないようで、口ごもってしまう。彼はそんな私を見てふっと鼻先で笑い、立ち上がった。酷く覚束ない足は、まるで力が入っていないように踏ん張れないようなので、私は彼を抱き止めた。
「転倒しますよ」
「いいんです」
腕に抱く感触は、恐らくアスリートのものに違いない鍛え方をしていて──なのに腰は細い──ガッチリしている。
「私が送りますよ。家はどこです?」
そう聞いた事に他意はなかった。
下心さえなくて、ただただ心配だったから。だけど間近で彼の目を見た時──私より若干小さいから、恐らく180センチぐらい──そこに怯えと悲しみと、何かしらの熱を感じた。
「帰りたくない……」
唇を噛みしめ、視線を逸らすその仕草に、狡いと思いながらもやられてしまった私は、彼を抱きたいと思っていた。
元ラグビー日本代表選手と言うのも、知らなかった──吉村から初めて聞いた──し、名前だって尋ねなかった。興味がなかった訳じゃない。
彼が聞かないでと、言ったからだ。
──しかし……
可愛らしい人だと──写真を見て──改めて思う。
バーで声をかけたのは私からだった。余りに酷く酔っていて──閉店間際だったのもある──心配になったからだ。
──2年前
彼は私より後に入店してきた。と言うのも、連れが口笛を吹いたのを覚えていたから。
「色男ですねぇ、あの人」
「うん?そうか?」
そうだな、と、言い換える。彼はカウンターに座るなり、バーテンに濃いものを注文し──マティーニだった──次々にグラスを空けていった。
無茶な飲み方だな、と思いつつ、声をかけるのもどうかとも思ってると、連れが細君に帰宅命令を下され──新婚だったから──帰って行った。私はと言うと、最近妻とは上手くいっておらず──他に恋仲になった人がいるらしい事は把握していた──家に帰り辛かった。息子は独り暮らしを始めたから、尚更だ。
──1日ぐらい帰らなくたって……
そう言う心持ちで飲んでいた。
やがて、閉店時間です、と、言われ、会計をしようと席を立った時、彼がカウンターに突っ伏しているのが見えた。横目に様子を伺うと、彼は顔を上げ、つ、と、一筋、涙を流した。
胸がドキリと、一際大きく鼓動する。
私は彼を見つめていた。こっちを見ろ、と、願いつつ。その願いが通じたのか、彼が私を見た。鼓動が早まって痛い。
「随分な飲み方してたね」
思うよりも先に、言葉が出ていた。彼は潤んで呆けた瞳をパチパチさせ──不信感など持ち合わせていないかのような無防備さで──笑った。
「失恋しちゃって……」
ニコリ、と無理に笑う顔が、傷の深さを物語っているようで、私は何と答えたらいいか逡巡していた。
「あはは、そんな困った顔しないで下さい。何だか貴方にまでフラれたみたい……」
「あ、いや、すまない。私なら……その……」
フらないなんて、今言う事ではないようで、口ごもってしまう。彼はそんな私を見てふっと鼻先で笑い、立ち上がった。酷く覚束ない足は、まるで力が入っていないように踏ん張れないようなので、私は彼を抱き止めた。
「転倒しますよ」
「いいんです」
腕に抱く感触は、恐らくアスリートのものに違いない鍛え方をしていて──なのに腰は細い──ガッチリしている。
「私が送りますよ。家はどこです?」
そう聞いた事に他意はなかった。
下心さえなくて、ただただ心配だったから。だけど間近で彼の目を見た時──私より若干小さいから、恐らく180センチぐらい──そこに怯えと悲しみと、何かしらの熱を感じた。
「帰りたくない……」
唇を噛みしめ、視線を逸らすその仕草に、狡いと思いながらもやられてしまった私は、彼を抱きたいと思っていた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
エデンの住処
社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。
それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。
ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。
『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。
「兄さん、僕のオメガになって」
由利とYURI、義兄と義弟。
重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は――
執着系義弟α×不憫系義兄α
義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか?
◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる