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第3章.公開練習
3.
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昼前には終わった公開練習の後、沢村選手は生徒達に囲まれ、質問責めに合っていた。壁際の先生達も、言葉を交わしたそうにそわそわしている。
「先輩、まだ大丈夫ですか?」
「……うん。今日はこれ以外、予定ないから」
姫野の言葉に、かろうじて反応する。だけど意識の大半は、圭人に向かっていた。
デートの誘いを断った理由が、そこにいる。
練習中、何度も圭人と目が合った。その度に、ごめんって謝られてる気がしてた。俺は、別にいいよって、返したんだけど、伝わってただろうか。
「知り合いですか?」
「え……?あ、うん。ちょっとね」
──もしかしたら、圭人から俺の事を聞いた、とか?
だとしたら、圭人から俺に連絡があっただろうし。むしろ俺の名前を聞いても、関係を知られたくなくて黙ってたのかも。
そんな事を考えてるうちに、圭人がこっちへやって来た。
「お久しぶりです、剣崎さん」
「あ、どうも、吉村君」
よそよそしい演技に笑いそうになりながら、握手を交わす。姫野はそんな圭人に、後輩ですって言いながら握手してもらってた。
「姫野先生、ちょっと」
「はーい。じゃ、先輩、ちょっと待ってて下さいね」
あれが井川先生です、と囁き──確かに、柔道してますって感じのゴツゴツした人だ──離れて行った。その行方を2人で見送り、改めて笑顔を交わす。
「まさか、こんなとこで澪君と会うなんて……」
「俺も驚きだよ。圭人が言ってた付き添う先輩が、沢村選手だったなんて……」
つと、圭人の視線が沢村選手に向かう。俺もつられるようにそっちを見た。
生徒達の質問に、笑顔で答えている。その顔が子供っぽくて、練習中とのギャップが可愛い、と思った。
「今日はどうして?」
「んー……何か、沢村選手が井川先生に、俺に会いたいって言ったらしくて……」
そう答えると、圭人は切れ長な目を丸くした。
「えぇ?マジで?」
「聞いてなかったんだね。てか、俺の事……」
「話した!話したのにぃ!」
ムッスリと、唇を尖らせて拗ねている。
──可愛い……
頭をヨシヨシしたい衝動を必死に抑えていると、圭人が俺の両肩を掴んできた。それも真剣な顔──ちょっと泣きそうにも見える──で。
「俺が沢村先輩に、可愛い人見つけたって。あの、元ラグビー日本代表の剣崎澪君なんだよって、自慢しちゃったからかな……?」
「え……?」
──沢村選手って、そんな人なの?
「ちょ、ちょっと、それは……ないんじゃない?」
インタビューにも真面目に受け答えし、練習もストイックな男が、とても他人の──しかも後輩の──気になる人に手を出そうなんて、思う筈がない。
偶然だって、言って欲しい。
「だよね?でも、だったら何で俺に会わせてって、頼まなかったんだろう?」
そう首を捻る圭人の後ろに、沢村選手がこっちへ歩いてくる姿が見えた。真っ直ぐ見つめてくる目が、まるで猫のように鋭く、それでいて魅惑的なものだったから、思わず俺は見つめ返していた。
「け……圭人、沢村選手が……」
「え?あ、お疲れ様っす!」
振り返るなり圭人は、綺麗なお辞儀をして見せる。俺も軽く会釈した。
「あの、お疲れ様です。わ、私……」
名乗ろうとすると、生徒達に見せていた笑顔で沢村選手が手を握ってきた。圭人のとは違い、分厚く武骨な感じの手だ。
「剣崎澪さん、ですよね?」
「は、はい……あの、ご存知なんですか?」
「勿論です。今日は無理を言ってすみませんでした」
「そ、そんな事、大丈夫ですよ。私もその……沢村選手に会ってみたかったので……」
沢村選手の事を調べた時に見た、沢山の画像。確かにそこには、圭人が以前言っていた、美しい体が映っていた。それをふと、思い出す。
「光栄です。では、後でゆっくり……」
そう言って圭人に目配せし、道場を出て行く。圭人も慌ててついていった。
──後でゆっくり……
どんな話題を選ぶべきなんだろう。
考えあぐねていると、姫野が戻って来るのが見えた。
「先輩、まだ大丈夫ですか?」
「……うん。今日はこれ以外、予定ないから」
姫野の言葉に、かろうじて反応する。だけど意識の大半は、圭人に向かっていた。
デートの誘いを断った理由が、そこにいる。
練習中、何度も圭人と目が合った。その度に、ごめんって謝られてる気がしてた。俺は、別にいいよって、返したんだけど、伝わってただろうか。
「知り合いですか?」
「え……?あ、うん。ちょっとね」
──もしかしたら、圭人から俺の事を聞いた、とか?
だとしたら、圭人から俺に連絡があっただろうし。むしろ俺の名前を聞いても、関係を知られたくなくて黙ってたのかも。
そんな事を考えてるうちに、圭人がこっちへやって来た。
「お久しぶりです、剣崎さん」
「あ、どうも、吉村君」
よそよそしい演技に笑いそうになりながら、握手を交わす。姫野はそんな圭人に、後輩ですって言いながら握手してもらってた。
「姫野先生、ちょっと」
「はーい。じゃ、先輩、ちょっと待ってて下さいね」
あれが井川先生です、と囁き──確かに、柔道してますって感じのゴツゴツした人だ──離れて行った。その行方を2人で見送り、改めて笑顔を交わす。
「まさか、こんなとこで澪君と会うなんて……」
「俺も驚きだよ。圭人が言ってた付き添う先輩が、沢村選手だったなんて……」
つと、圭人の視線が沢村選手に向かう。俺もつられるようにそっちを見た。
生徒達の質問に、笑顔で答えている。その顔が子供っぽくて、練習中とのギャップが可愛い、と思った。
「今日はどうして?」
「んー……何か、沢村選手が井川先生に、俺に会いたいって言ったらしくて……」
そう答えると、圭人は切れ長な目を丸くした。
「えぇ?マジで?」
「聞いてなかったんだね。てか、俺の事……」
「話した!話したのにぃ!」
ムッスリと、唇を尖らせて拗ねている。
──可愛い……
頭をヨシヨシしたい衝動を必死に抑えていると、圭人が俺の両肩を掴んできた。それも真剣な顔──ちょっと泣きそうにも見える──で。
「俺が沢村先輩に、可愛い人見つけたって。あの、元ラグビー日本代表の剣崎澪君なんだよって、自慢しちゃったからかな……?」
「え……?」
──沢村選手って、そんな人なの?
「ちょ、ちょっと、それは……ないんじゃない?」
インタビューにも真面目に受け答えし、練習もストイックな男が、とても他人の──しかも後輩の──気になる人に手を出そうなんて、思う筈がない。
偶然だって、言って欲しい。
「だよね?でも、だったら何で俺に会わせてって、頼まなかったんだろう?」
そう首を捻る圭人の後ろに、沢村選手がこっちへ歩いてくる姿が見えた。真っ直ぐ見つめてくる目が、まるで猫のように鋭く、それでいて魅惑的なものだったから、思わず俺は見つめ返していた。
「け……圭人、沢村選手が……」
「え?あ、お疲れ様っす!」
振り返るなり圭人は、綺麗なお辞儀をして見せる。俺も軽く会釈した。
「あの、お疲れ様です。わ、私……」
名乗ろうとすると、生徒達に見せていた笑顔で沢村選手が手を握ってきた。圭人のとは違い、分厚く武骨な感じの手だ。
「剣崎澪さん、ですよね?」
「は、はい……あの、ご存知なんですか?」
「勿論です。今日は無理を言ってすみませんでした」
「そ、そんな事、大丈夫ですよ。私もその……沢村選手に会ってみたかったので……」
沢村選手の事を調べた時に見た、沢山の画像。確かにそこには、圭人が以前言っていた、美しい体が映っていた。それをふと、思い出す。
「光栄です。では、後でゆっくり……」
そう言って圭人に目配せし、道場を出て行く。圭人も慌ててついていった。
──後でゆっくり……
どんな話題を選ぶべきなんだろう。
考えあぐねていると、姫野が戻って来るのが見えた。
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