ホワイト・ルシアン

たける

文字の大きさ
上 下
10 / 86
第3章.公開練習

3.

しおりを挟む
昼前には終わった公開練習の後、沢村選手は生徒達に囲まれ、質問責めに合っていた。壁際の先生達も、言葉を交わしたそうにそわそわしている。

「先輩、まだ大丈夫ですか?」
「……うん。今日はこれ以外、予定ないから」

姫野の言葉に、かろうじて反応する。だけど意識の大半は、圭人に向かっていた。
デートの誘いを断った理由が、そこにいる。
練習中、何度も圭人と目が合った。その度に、ごめんって謝られてる気がしてた。俺は、別にいいよって、返したんだけど、伝わってただろうか。

「知り合いですか?」
「え……?あ、うん。ちょっとね」


──もしかしたら、圭人から俺の事を聞いた、とか?


だとしたら、圭人から俺に連絡があっただろうし。むしろ俺の名前を聞いても、関係を知られたくなくて黙ってたのかも。
そんな事を考えてるうちに、圭人がこっちへやって来た。

「お久しぶりです、剣崎さん」
「あ、どうも、吉村君」

よそよそしい演技に笑いそうになりながら、握手を交わす。姫野はそんな圭人に、後輩ですって言いながら握手してもらってた。

「姫野先生、ちょっと」
「はーい。じゃ、先輩、ちょっと待ってて下さいね」

あれが井川先生です、と囁き──確かに、柔道してますって感じのゴツゴツした人だ──離れて行った。その行方を2人で見送り、改めて笑顔を交わす。

「まさか、こんなとこで澪君と会うなんて……」
「俺も驚きだよ。圭人が言ってた付き添う先輩が、沢村選手だったなんて……」

つと、圭人の視線が沢村選手に向かう。俺もつられるようにそっちを見た。
生徒達の質問に、笑顔で答えている。その顔が子供っぽくて、練習中とのギャップが可愛い、と思った。

「今日はどうして?」
「んー……何か、沢村選手が井川先生に、俺に会いたいって言ったらしくて……」

そう答えると、圭人は切れ長な目を丸くした。

「えぇ?マジで?」
「聞いてなかったんだね。てか、俺の事……」
「話した!話したのにぃ!」

ムッスリと、唇を尖らせて拗ねている。


──可愛い……


頭をヨシヨシしたい衝動を必死に抑えていると、圭人が俺の両肩を掴んできた。それも真剣な顔──ちょっと泣きそうにも見える──で。

「俺が沢村先輩に、可愛い人見つけたって。あの、元ラグビー日本代表の剣崎澪君なんだよって、自慢しちゃったからかな……?」
「え……?」


──沢村選手って、そんな人なの?


「ちょ、ちょっと、それは……ないんじゃない?」

インタビューにも真面目に受け答えし、練習もストイックな男が、とても他人の──しかも後輩の──気になる人に手を出そうなんて、思う筈がない。
偶然だって、言って欲しい。

「だよね?でも、だったら何で俺に会わせてって、頼まなかったんだろう?」

そう首を捻る圭人の後ろに、沢村選手がこっちへ歩いてくる姿が見えた。真っ直ぐ見つめてくる目が、まるで猫のように鋭く、それでいて魅惑的なものだったから、思わず俺は見つめ返していた。

「け……圭人、沢村選手が……」
「え?あ、お疲れ様っす!」

振り返るなり圭人は、綺麗なお辞儀をして見せる。俺も軽く会釈した。

「あの、お疲れ様です。わ、わたくし……」

名乗ろうとすると、生徒達に見せていた笑顔で沢村選手が手を握ってきた。圭人のとは違い、分厚く武骨な感じの手だ。

「剣崎澪さん、ですよね?」
「は、はい……あの、ご存知なんですか?」
「勿論です。今日は無理を言ってすみませんでした」
「そ、そんな事、大丈夫ですよ。私もその……沢村選手に会ってみたかったので……」

沢村選手の事を調べた時に見た、沢山の画像。確かにそこには、圭人が以前言っていた、美しい体が映っていた。それをふと、思い出す。

「光栄です。では、後でゆっくり……」

そう言って圭人に目配せし、道場を出て行く。圭人も慌ててついていった。


──後でゆっくり……


どんな話題を選ぶべきなんだろう。
考えあぐねていると、姫野が戻って来るのが見えた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

処理中です...