5 / 19
第1章
1─1
しおりを挟む
車から降りたローレンは──裕福そうな家を取り囲む野次馬達をよそに──相棒のジェシカと共に玄関を潜った。リビングに入ると、この家の住人である父と息子だけがソファに座り、数人の警官達に怯えているようだった。
「どうも、殺人課のローレンとジェシカです」
警察手帳を見せ、ローレンは警官を見遣った。警官はローレンを伴い階段を上がると、黄色いテープの張られた部屋の前に立った。
「被害者は、隣に住むダミアン・セルクトラで、発見者はこの家の奥さん、マイラ・モーリスです。現在は警官2人と共に、娘を病院に連れて行ってます」
5分署の刑事ラッセル・クラトルは言い、それから4人家族だと付け加えた。その間にも、鑑識達が現場の写真を撮っている。
「えとですね、マイラ・モーリスが発見した時、被害者はそこの照明で首を吊っていたそうです」
そう言うと、クラトル刑事は眉間に軽く皺を寄せた。
「どうして被害者は、娘さんの部屋にいたのかな?あと、その時父親と息子はどうしてたの?」
ローレンがそう質問すると、クラトルは答えた。
「父親と息子は、食事をしていたそうです。今夜は、先週モーリス家の隣に越してきたセルクトラと、親睦を深める為に食事会を行っていたとの事です。マイラですが、食事を終えたセルクトラがトイレに立ち、なかなか戻ってこなくて不審に思っていたら悲鳴が上がり、娘の部屋で首を吊った遺体を発見した、と供述しています」
「第一発見者は、マイラじゃなかったの?」
確か、そう説明してくれた筈だ。その指摘にクラトルは暗い顔をし、僅かだけ声を潜めた。
「本来の発見者は娘さんですが、さっきも言ったように、母親に連れられて病院に行っています。その……証言出来る状態では……」
発見が僅差だったので、と、口の中で呟く。そう言う場合もあるだろうと、ローレンは首肯して見せた。
「ありがとう」
そう言うと、クラトルは部屋を出て行った。入れ替わりにジェシカがやって来ると、ローレンは遺体の下に屈んだ。
遺体の小指は第一関節から切断されており無く、傷跡も真新しくて生々しい。遺体のほぼ真下近くの絨毯に、僅かな赤い染みがあった。だが指には血液は付着しておらず、取り敢えずそれを鑑識に採取して貰うと、ローレンは更に遺体を観察した。
「通報は2度あったそうよ。1度目の通報は、近所に住むジーン・トラバース。その通報時間は、今から3時間も前よ。2回目は妻のマイラが、今から1時間前に通報したそうよ」
ローレンは腕時計を見遣った。現在は午後11時。その空白の2時間は何なのか。
「変だな……」
ぶら下がったままの遺体の首には、ロープの奥に掻き毟ったような傷が幾つもついているように見える。鑑識に言って遺体を下ろさせると、ローレンは素早く首回りを観察した。やはりロープの奥に傷がついていて、それが首を吊る前に掻き毟った事を証明していた。
「マイラの夫サイモンは、彼が娘の部屋で自殺したんだって言ってるわ」
ジェシカの言葉を聞きながら、ローレンは遺体の手を取り、爪の間に詰まっているものも鑑識に言って採取してもらった。
「自殺?その理由は何て?」
そう言いながら、ローレンはジェシカを見遣った。すると彼女は肩を竦めて見せた。
「それはお前等が調べる事だ、だって」
ローレンは苦笑した。可笑しな答えだ。きっと何かを隠しているに違いない。
ふとデスクに目を向けた。そこには、何かを置いていたようにうっすらとだが、跡が残っている。その形からしてランプだろうと察し目を凝らすと、小さなガラス片を見つけた。それを手袋を嵌めてから摘まむと、ジェシカが差し出す袋に入れた。
「これは自殺じゃない、れっきとした殺人だよ。顔見知りの犯行かも知れない……けど、彼はここに越してきたばかりだった」
ローレンは手袋を外すと、ジェシカと共に階下へと降りた。
相変わらず親子は、押し黙ったままソファに座っている。
「どうも、モーリスさん。少しお話を伺ってもよろしいですか?」
父親のサイモン・モーリスの前に屈むと、ローレンは人懐こい笑みを見せた。だがサイモンはローレンを睨み、次いでジェシカを顎で示した。
「ついさっき、彼女に話した通りだ。もう話す事はない」
厳しい口調だったが、ローレンは笑みを崩さなかった。
「えぇ、お伺いしました。その時貴方は、被害者……ダミアン・セルクトラが、娘さんの部屋で自殺したと仰ったそうですね。その根拠は何です?」
ローレンは注意深くサイモンの表情を窺った。するとサイモンは、落ち着かないように目玉をきょろきょろとさせていたが、やがてローレンを捉えた。そして言った台詞は、さっきジェシカから聞いたものと同じだった。
「それはおかしいと思いませんか?」
「何がおかしいって言うんだ?おかしくても、私はそう思ったんだ」
サイモンの息子カールは、狼狽を隠そうとする父を、ただ黙って見つめている。
「そう思ったのには、理由がある筈です。教えて頂けませんか?」
ローレンの後ろでは、ジェシカも黙ったままやり取りを見ている。
「そんなものない!ただ、根暗だったからそう思っただけだ!もうそっとしておいてくれ!」
そう怒鳴ったサイモンに、ローレンは小さなため息をつきながら立ち上がった。確実に何かを隠している。それが何なのか、今の段階では分からないが、必ず暴いてみせると誓った。
「これは自殺ではありません。必ず、犯人を捕まえてみせますよ」
そう言うと、サイモンの顔が一瞬だけ強張った。それをローレンは見逃さなかった。
「どうも、殺人課のローレンとジェシカです」
警察手帳を見せ、ローレンは警官を見遣った。警官はローレンを伴い階段を上がると、黄色いテープの張られた部屋の前に立った。
「被害者は、隣に住むダミアン・セルクトラで、発見者はこの家の奥さん、マイラ・モーリスです。現在は警官2人と共に、娘を病院に連れて行ってます」
5分署の刑事ラッセル・クラトルは言い、それから4人家族だと付け加えた。その間にも、鑑識達が現場の写真を撮っている。
「えとですね、マイラ・モーリスが発見した時、被害者はそこの照明で首を吊っていたそうです」
そう言うと、クラトル刑事は眉間に軽く皺を寄せた。
「どうして被害者は、娘さんの部屋にいたのかな?あと、その時父親と息子はどうしてたの?」
ローレンがそう質問すると、クラトルは答えた。
「父親と息子は、食事をしていたそうです。今夜は、先週モーリス家の隣に越してきたセルクトラと、親睦を深める為に食事会を行っていたとの事です。マイラですが、食事を終えたセルクトラがトイレに立ち、なかなか戻ってこなくて不審に思っていたら悲鳴が上がり、娘の部屋で首を吊った遺体を発見した、と供述しています」
「第一発見者は、マイラじゃなかったの?」
確か、そう説明してくれた筈だ。その指摘にクラトルは暗い顔をし、僅かだけ声を潜めた。
「本来の発見者は娘さんですが、さっきも言ったように、母親に連れられて病院に行っています。その……証言出来る状態では……」
発見が僅差だったので、と、口の中で呟く。そう言う場合もあるだろうと、ローレンは首肯して見せた。
「ありがとう」
そう言うと、クラトルは部屋を出て行った。入れ替わりにジェシカがやって来ると、ローレンは遺体の下に屈んだ。
遺体の小指は第一関節から切断されており無く、傷跡も真新しくて生々しい。遺体のほぼ真下近くの絨毯に、僅かな赤い染みがあった。だが指には血液は付着しておらず、取り敢えずそれを鑑識に採取して貰うと、ローレンは更に遺体を観察した。
「通報は2度あったそうよ。1度目の通報は、近所に住むジーン・トラバース。その通報時間は、今から3時間も前よ。2回目は妻のマイラが、今から1時間前に通報したそうよ」
ローレンは腕時計を見遣った。現在は午後11時。その空白の2時間は何なのか。
「変だな……」
ぶら下がったままの遺体の首には、ロープの奥に掻き毟ったような傷が幾つもついているように見える。鑑識に言って遺体を下ろさせると、ローレンは素早く首回りを観察した。やはりロープの奥に傷がついていて、それが首を吊る前に掻き毟った事を証明していた。
「マイラの夫サイモンは、彼が娘の部屋で自殺したんだって言ってるわ」
ジェシカの言葉を聞きながら、ローレンは遺体の手を取り、爪の間に詰まっているものも鑑識に言って採取してもらった。
「自殺?その理由は何て?」
そう言いながら、ローレンはジェシカを見遣った。すると彼女は肩を竦めて見せた。
「それはお前等が調べる事だ、だって」
ローレンは苦笑した。可笑しな答えだ。きっと何かを隠しているに違いない。
ふとデスクに目を向けた。そこには、何かを置いていたようにうっすらとだが、跡が残っている。その形からしてランプだろうと察し目を凝らすと、小さなガラス片を見つけた。それを手袋を嵌めてから摘まむと、ジェシカが差し出す袋に入れた。
「これは自殺じゃない、れっきとした殺人だよ。顔見知りの犯行かも知れない……けど、彼はここに越してきたばかりだった」
ローレンは手袋を外すと、ジェシカと共に階下へと降りた。
相変わらず親子は、押し黙ったままソファに座っている。
「どうも、モーリスさん。少しお話を伺ってもよろしいですか?」
父親のサイモン・モーリスの前に屈むと、ローレンは人懐こい笑みを見せた。だがサイモンはローレンを睨み、次いでジェシカを顎で示した。
「ついさっき、彼女に話した通りだ。もう話す事はない」
厳しい口調だったが、ローレンは笑みを崩さなかった。
「えぇ、お伺いしました。その時貴方は、被害者……ダミアン・セルクトラが、娘さんの部屋で自殺したと仰ったそうですね。その根拠は何です?」
ローレンは注意深くサイモンの表情を窺った。するとサイモンは、落ち着かないように目玉をきょろきょろとさせていたが、やがてローレンを捉えた。そして言った台詞は、さっきジェシカから聞いたものと同じだった。
「それはおかしいと思いませんか?」
「何がおかしいって言うんだ?おかしくても、私はそう思ったんだ」
サイモンの息子カールは、狼狽を隠そうとする父を、ただ黙って見つめている。
「そう思ったのには、理由がある筈です。教えて頂けませんか?」
ローレンの後ろでは、ジェシカも黙ったままやり取りを見ている。
「そんなものない!ただ、根暗だったからそう思っただけだ!もうそっとしておいてくれ!」
そう怒鳴ったサイモンに、ローレンは小さなため息をつきながら立ち上がった。確実に何かを隠している。それが何なのか、今の段階では分からないが、必ず暴いてみせると誓った。
「これは自殺ではありません。必ず、犯人を捕まえてみせますよ」
そう言うと、サイモンの顔が一瞬だけ強張った。それをローレンは見逃さなかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ロクさんの遠めがね ~我等口多美術館館長には不思議な力がある~
黒星★チーコ
ミステリー
近所のおせっかいおばあちゃんとして認知されているロクさん。
彼女には不思議な力がある。チラシや新聞紙を丸めて作った「遠めがね」で見ると、何でもわかってしまうのだ。
また今日も桜の木の下で出会った男におせっかいを焼くのだが……。
※基本ほのぼの進行。血など流れず全年齢対象のお話ですが、事件物ですので途中で少しだけ荒っぽいシーンがあります。
※主人公、ロクさんの名前と能力の原案者:海堂直也様(https://mypage.syosetu.com/2058863/)です。
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

迸れ!輝け!!営業マン!!!
飛鳥 進
ミステリー
あらすじ
主人公・金智 京助(かねとも けいすけ)は行く営業先で事件に巻き込まれ解決に導いてきた。
そして、ある事件をきっかけに新米刑事の二条 薫(にじょう かおる)とコンビを組んで事件を解決していく物語である。
第3話
TV局へスポンサー営業の打ち合わせに来た京助。
その帰り、廊下ですれ違った男性アナウンサーが突然死したのだ。
現場に臨場した薫に見つかってしまった京助は当然のように、捜査に参加する事となった。
果たして、この男性アナウンサーの死の真相如何に!?
ご期待ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
シグナルグリーンの天使たち
聖
ミステリー
一階は喫茶店。二階は大きな温室の園芸店。隣には一棟のアパート。
店主やアルバイトを中心に起こる、ゆるりとしたミステリィ。
※第7回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました
応援ありがとうございました!
全話統合PDFはこちら
https://ashikamosei.booth.pm/items/5369613
長い話ですのでこちらの方が読みやすいかも
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる