狂気の涙

序章

※

ドリーが自室から出て来なくなり１週間が過ぎた朝。唐突にサイモンが、隣人のセルクトラを招いて夕食会をしよう、と持ち出した。

「でもアナタ、この間も話したでしょう？セルクトラさんを見たドリーの様子が妙だって……」

そうサイモンに話す少し前、夫はドリーの部屋で何やら娘と話していたようだった。

「聞いた。だがな、それとこれとは話しは別だ。いいか？近所の奴等は俺達を妙な目で見ている。それもドリーがずっとハイスクールを休み、まだ誘拐未遂を引きずってるからだ。だからここいらで、もう引きずってないと近所の奴等に見せてやるんだ」

サイモンの言い分は自分勝手だった。マイラは怒りを覚え反論したが、サイモンは聞かなかった。

「言う通りにするんだ！」

それだけ言うと、サイモンは出勤して行った。残されたマイラは必死に怒りを堪え、息子のカールを送り出した。


──あの人は、一体何を考えているの？


やはり世間体だけが、彼の守らなければならない事なのだろうか？
サイモンの非情さに涙が込み上げてきたが、マイラはそれすら堪えた。もう涙は、ドリーの事件があった時から流さないと決めていたのだ。それでも、堪えきれず１筋頬を伝った。慌てて拭うと、マイラは家事に没頭した。