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釈放された護は、メフィストフェレスを伴って教会に戻ってきていた。辺りは家宅捜査の為に荒らされたままで、散らかっている。
「メフィストフェレス、そろそろ犯人を探してくれないか?」
倒れた燭台を戻し、銀皿を並べる。その間、メフィストフェレスは黙って魔方陣を見つめていた。
「前払いしただろ?ちゃんとしてくれなくちゃ……」
そう言ったところで扉が開き、高木聖夜が入ってきた。
「どうも。釈放されたとお聞きしたので……話をしませんか?」
「何のお話ですか?」
護は、自分を犯人だと言ったこの悪魔研究者に嫌悪を示した。だが高木は無遠慮に祭壇前までくると、メフィストフェレスを見上げた。
「警察は貴方を疑っているようですよ。私も、貴方を疑っている。言いましたよね?悪魔喚起をした者が犯人だと」
メガネが冷淡に光る。護は高木を睨んでいたが、やがて口を開いた。
「犯人は悪魔喚起に失敗した者です。私は彼に、その犯人を探すよう命じています。じきに彼が探し出してくれるでしょう」
そう言うと、高木は笑みを浮かべた。
「それは面白い……是非、私にもその現場に立ち会わせて頂きたい。今後の、研究の役に立つでしょうから」
立ち会いに護が賛同すると、メフィストフェレスは自身の掌を鋭い爪で引っ掻いた。紫色の血が魔方陣に流れ落ちたかと思うと、教会内の蝋燭が一斉に灯った。煙がもうもうと立ち込め、血液と絡まりあって行く。それを見つめていると、やがて絡まったそれは人形を形成した。
「父さん!」
「死人に聞くのが1番いい方法だろう?」
メフィストフェレスは、傷口を長い舌で舐めながら言った。ぼんやりとした輪郭の司祭は、不思議そうに辺りを見回している。
「アンタが殺された夜の事を話してくれ」
そうメフィストフェレスが促すと、父は軽く頷いてから語り出した。
護は黙って聞いていたが、メフィストフェレスと同じ様に、高木もずっと笑っている。
「顔は見えなかった……暗くて、逆光だったし……だが、匂いは覚えている。独特の、香を炊いたような匂いだ……近くでする……」
どうやら父には、護の姿は見えていないようだった。それを寂しく思っている間にも、司祭は辺りを匂って回っていた。
やがて父は足を止めた。高木の前で鼻をくんくんさせている。
「この匂いだ……私は、この者に殺された!」
そう言って指し示された指は、高木の胸に刺さっているように見える。だが実際には、透けているだけだ。
「貴方が父を殺したのか?」
護は憤然として言った。だが高木は、平然とした顔をしている。
「何を言っているのやら……仮に私が殺したとして、その証拠は?死人が言っていた匂いだけだろう?そんなものは証拠にはならないよ」
「だが僕は父を信じる!メフィストフェレス、彼を……」
そこまで言った時、再び扉が開いて加藤達が入ってきた。その顔は厳しく、護達の会話を聞いていたようだった。
「奴が犯人かは分からないが、その幽霊が言った事を信じる気はない」
加藤がそう言い、護は唖然とした。
「どうしてです?貴方達は父が嘘をついていると言うんですか?」
そう抗議すると、加藤は護を見遣ってきた。
「俺達は証拠がない事にはどうにも出来ないんだよ。だが……」
加藤は山下に合図を送った。すると山下は、手帳をパラパラとめくって言った。
「鑑識から新たな情報が入ったんです。祭壇前にあった魔方陣から、蝋以外に人の血液が含まれていると。検査の結果では該当者は出ませんでしたが、その血液は犯人が悪魔を呼び出す為に、自身を傷付けて混入させた疑いがあります」
「そう言う事だ。もし高木が犯人なら、どこかに傷跡がまだ残ってるはずだ……多分、手首かそこいらにな」
そう言うと、加藤は高木に歩み寄った。高木は笑ったまま加藤を見据えている。
「犯人じゃないなら、見せてもらえますね?」
「何故私を?それなら酒井にも見せてもらうべきだ」
高木が抗議した。護は唇を固く結ぶと、加藤が言う前に袖をめくって両腕を見せた。傷などない。
「次は貴方だ」
加藤が凄んで見せると、高木は渋々袖をめくった。すると左腕にまだ新しい、ナイフで切ったような傷跡があった。
「誤解を招くので渋っていたのですが……これは先日、庭の剪定をしていた時に誤って怪我をしてしまったんです」
とんだ言い訳だ。だが加藤は、それ以上高木を問いただそうとはしなかった。
「メフィストフェレス、彼が犯人なんだろう?」
悪魔を見上げると、まだ笑っていた。だが不意に懐を探ると、1本の血にまみれたナイフを取り出した。
「返すのを忘れてたな。これはあの夜、お前が人間を刺すのに使ってたナイフだ」
「なっ!何を馬鹿な!」
高木の顔色が見る間に青ざめていく。すると加藤が、メフィストフェレスから慎重にナイフを受け取った。
「お話を聞かせてもらえますか?高木聖夜さん」
そう促した加藤に連行されて行く姿を見つめながら、護は悔しくて唇を噛み締めていた。だがメフィストフェレスが司祭に、何か耳打ちしているのに気付いていた。
「護、そこにいるんだろう?」
不意に名を呼ばれ、護は父の側に駆け寄った。
「父さん……」
「護、もう私は戻らないといけない。だがその前に、お前に伝えたい事がある」
視線は絡む事はないが、護は父の目を見つめていた。
「この教会を、お前に継いで欲しい。お前に司祭として、引き継ぎを生きているうちに出来なかった事を悔やむ……だが、今その時なのだ。きっとお前ならいい司祭になれる事だろう……愛している、護……」
消えかかる父の姿にすがりついたが、その体は煙となって掻き消えてしまった。メフィストフェレスは珍しく笑っていない。
「父さん、僕も愛してます……」
涙が溢れた。それをメフィストフェレスが拭ってくれる。
「なぁ……メフィストフェレス」
「高木についてだが、あいにく命令を実行するにしては証拠が足りないんだよ」
悪魔のくせに、と罵ってやりたかったが、メフィストフェレスが護の頭を撫でた為に言葉を飲み込んだ。
「心配するなよ。あの刑事達がちゃんと立証してくれるさ」
「メフィストフェレス、そろそろ犯人を探してくれないか?」
倒れた燭台を戻し、銀皿を並べる。その間、メフィストフェレスは黙って魔方陣を見つめていた。
「前払いしただろ?ちゃんとしてくれなくちゃ……」
そう言ったところで扉が開き、高木聖夜が入ってきた。
「どうも。釈放されたとお聞きしたので……話をしませんか?」
「何のお話ですか?」
護は、自分を犯人だと言ったこの悪魔研究者に嫌悪を示した。だが高木は無遠慮に祭壇前までくると、メフィストフェレスを見上げた。
「警察は貴方を疑っているようですよ。私も、貴方を疑っている。言いましたよね?悪魔喚起をした者が犯人だと」
メガネが冷淡に光る。護は高木を睨んでいたが、やがて口を開いた。
「犯人は悪魔喚起に失敗した者です。私は彼に、その犯人を探すよう命じています。じきに彼が探し出してくれるでしょう」
そう言うと、高木は笑みを浮かべた。
「それは面白い……是非、私にもその現場に立ち会わせて頂きたい。今後の、研究の役に立つでしょうから」
立ち会いに護が賛同すると、メフィストフェレスは自身の掌を鋭い爪で引っ掻いた。紫色の血が魔方陣に流れ落ちたかと思うと、教会内の蝋燭が一斉に灯った。煙がもうもうと立ち込め、血液と絡まりあって行く。それを見つめていると、やがて絡まったそれは人形を形成した。
「父さん!」
「死人に聞くのが1番いい方法だろう?」
メフィストフェレスは、傷口を長い舌で舐めながら言った。ぼんやりとした輪郭の司祭は、不思議そうに辺りを見回している。
「アンタが殺された夜の事を話してくれ」
そうメフィストフェレスが促すと、父は軽く頷いてから語り出した。
護は黙って聞いていたが、メフィストフェレスと同じ様に、高木もずっと笑っている。
「顔は見えなかった……暗くて、逆光だったし……だが、匂いは覚えている。独特の、香を炊いたような匂いだ……近くでする……」
どうやら父には、護の姿は見えていないようだった。それを寂しく思っている間にも、司祭は辺りを匂って回っていた。
やがて父は足を止めた。高木の前で鼻をくんくんさせている。
「この匂いだ……私は、この者に殺された!」
そう言って指し示された指は、高木の胸に刺さっているように見える。だが実際には、透けているだけだ。
「貴方が父を殺したのか?」
護は憤然として言った。だが高木は、平然とした顔をしている。
「何を言っているのやら……仮に私が殺したとして、その証拠は?死人が言っていた匂いだけだろう?そんなものは証拠にはならないよ」
「だが僕は父を信じる!メフィストフェレス、彼を……」
そこまで言った時、再び扉が開いて加藤達が入ってきた。その顔は厳しく、護達の会話を聞いていたようだった。
「奴が犯人かは分からないが、その幽霊が言った事を信じる気はない」
加藤がそう言い、護は唖然とした。
「どうしてです?貴方達は父が嘘をついていると言うんですか?」
そう抗議すると、加藤は護を見遣ってきた。
「俺達は証拠がない事にはどうにも出来ないんだよ。だが……」
加藤は山下に合図を送った。すると山下は、手帳をパラパラとめくって言った。
「鑑識から新たな情報が入ったんです。祭壇前にあった魔方陣から、蝋以外に人の血液が含まれていると。検査の結果では該当者は出ませんでしたが、その血液は犯人が悪魔を呼び出す為に、自身を傷付けて混入させた疑いがあります」
「そう言う事だ。もし高木が犯人なら、どこかに傷跡がまだ残ってるはずだ……多分、手首かそこいらにな」
そう言うと、加藤は高木に歩み寄った。高木は笑ったまま加藤を見据えている。
「犯人じゃないなら、見せてもらえますね?」
「何故私を?それなら酒井にも見せてもらうべきだ」
高木が抗議した。護は唇を固く結ぶと、加藤が言う前に袖をめくって両腕を見せた。傷などない。
「次は貴方だ」
加藤が凄んで見せると、高木は渋々袖をめくった。すると左腕にまだ新しい、ナイフで切ったような傷跡があった。
「誤解を招くので渋っていたのですが……これは先日、庭の剪定をしていた時に誤って怪我をしてしまったんです」
とんだ言い訳だ。だが加藤は、それ以上高木を問いただそうとはしなかった。
「メフィストフェレス、彼が犯人なんだろう?」
悪魔を見上げると、まだ笑っていた。だが不意に懐を探ると、1本の血にまみれたナイフを取り出した。
「返すのを忘れてたな。これはあの夜、お前が人間を刺すのに使ってたナイフだ」
「なっ!何を馬鹿な!」
高木の顔色が見る間に青ざめていく。すると加藤が、メフィストフェレスから慎重にナイフを受け取った。
「お話を聞かせてもらえますか?高木聖夜さん」
そう促した加藤に連行されて行く姿を見つめながら、護は悔しくて唇を噛み締めていた。だがメフィストフェレスが司祭に、何か耳打ちしているのに気付いていた。
「護、そこにいるんだろう?」
不意に名を呼ばれ、護は父の側に駆け寄った。
「父さん……」
「護、もう私は戻らないといけない。だがその前に、お前に伝えたい事がある」
視線は絡む事はないが、護は父の目を見つめていた。
「この教会を、お前に継いで欲しい。お前に司祭として、引き継ぎを生きているうちに出来なかった事を悔やむ……だが、今その時なのだ。きっとお前ならいい司祭になれる事だろう……愛している、護……」
消えかかる父の姿にすがりついたが、その体は煙となって掻き消えてしまった。メフィストフェレスは珍しく笑っていない。
「父さん、僕も愛してます……」
涙が溢れた。それをメフィストフェレスが拭ってくれる。
「なぁ……メフィストフェレス」
「高木についてだが、あいにく命令を実行するにしては証拠が足りないんだよ」
悪魔のくせに、と罵ってやりたかったが、メフィストフェレスが護の頭を撫でた為に言葉を飲み込んだ。
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