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それは賑やかな家並みから離れた路地裏にあった。
闇に紛れて近づくと、肉を切り裂く音が聞こえる。
ザクッ、ザクッ……
男は無心で肉塊にナイフを突き立て、口元に笑みを浮かべている。どう見ても異常だ。だがそれは人間の目から見たら、と言う事に過ぎず、メフィストフェレスから見れば、楽し気な遊びをしているようだった。
「不馴れな手付きだな」
声をかけると、男は勢いよく振り向いた。大きくつり上がった目が、声の主を探すようにギョロつく。
「誰だ?」
意外に若い声だ。それに怯えた様子もない。むしろ中断されて怒っているようだ。
「なぁに、ちょいと匂ってきたからさ」
電柱の影から姿を現すと、男はこちらを睨んだ。左手には血塗れのナイフを握っている。ゆっくり立ち上がると、そいつは慎重にメフィストフェレスとの距離を縮めてきた。
「見たな……生かしておく訳にはいかない。分かるだろ?」
「オレも殺すか?やってみるといいが、無駄だ」
言い終わるや否や、男はメフィストフェレスの腹部へとナイフを突き出してきた。確実に突き刺さっている。だが感触はないはずだ。男もそう感じたのか、目を見開いた。
「アンタ、幽霊か?」
「あいにくだが、そう言う類いのものとは違うんだ。オレは悪魔なのさ」
間近にいる男は電灯に照らされて強張る表情を浮かべ、メフィストフェレスを見上げている。
「悪魔……?」
大した驚きはない。メフィストフェレスは口角を上げて微笑むと、少々鋭い爪の生えた指先でナイフを取り上げた。
「こんな夜に、不釣り合いだと言いたいのかね?だとしたら、君が行っている事も、人間の言葉を借りるなら、悪魔的だ、と言えるんじゃないか?」
ナイフを失った男はまだ、メフィストフェレスを見上げている。その容姿は美しい。美青年と言えるだろう。艶やかな黒髪と、つり上がってはいるが、大きく真っ黒い瞳。地獄には醜悪な奴等しかいないから、ここが地上である事を忘れていたら、天国にいる連中と見紛っただろう。
「俺を連れて行くのか?」
「あいにく、そうじゃない。まだ君とは契約を交わしていないからな」
もしこの青年と契約を交わす事が出来、結果連れて行けたら、さぞかしベルゼブブは喜ぶだろうが。
「そいつはいい!さっき呼び出そうとしたんだが、無理だったんだ」
悪魔だと言ったメフィストフェレスに、青年は異様な好奇心を見せた。悪魔崇拝者だったのかと、妙に納得する。
「じゃあ、オレと契約してくれるのか?」
顎髭を撫で付け、苦笑する。こんな乗り気な人間もいない。喚起された場合は別だが。
「勿論だ。オレと契約したら、地上の快楽を全て味わわせてやるよ。だが……」
そう言ったが、青年は途中でメフィストフェレスの言葉を遮った。
「24年経ったら、魂を貰うって?」
「よく知ってるな」
感心する。メフィストフェレスの活躍は、あまり人間には知られていないと思っていた。
「ファウストに書いてあった」
あぁ、あれか、と思う。メフィストフェレスは笑って、そうだと答えた。
「なら、名前を言え。オレがその名を呼び、君がオレの名前を呼んだら契約……」
そこまで言った時、メフィストフェレスは何者かに喚起されたのを感じた。
この現代において、正しい悪魔喚起の方法を知っている者がまだいるとは、正直驚きだ。
「あぁ、悪いな。呼び出しがあったみたいだ。行かないと」
そう言って肩をすくめ飛び立とうとすると、青年がメフィストフェレスにしがみついてきた。
「俺は高木聖夜だ。アンタはメフィストフェレスだろ?」
早口にそう言った青年は、契約をしてしまおうとしている。だがメフィストフェレスは青年の名を呼ぶ事なく、その体を軽く押し放して空へ舞い上がった。
闇に紛れて近づくと、肉を切り裂く音が聞こえる。
ザクッ、ザクッ……
男は無心で肉塊にナイフを突き立て、口元に笑みを浮かべている。どう見ても異常だ。だがそれは人間の目から見たら、と言う事に過ぎず、メフィストフェレスから見れば、楽し気な遊びをしているようだった。
「不馴れな手付きだな」
声をかけると、男は勢いよく振り向いた。大きくつり上がった目が、声の主を探すようにギョロつく。
「誰だ?」
意外に若い声だ。それに怯えた様子もない。むしろ中断されて怒っているようだ。
「なぁに、ちょいと匂ってきたからさ」
電柱の影から姿を現すと、男はこちらを睨んだ。左手には血塗れのナイフを握っている。ゆっくり立ち上がると、そいつは慎重にメフィストフェレスとの距離を縮めてきた。
「見たな……生かしておく訳にはいかない。分かるだろ?」
「オレも殺すか?やってみるといいが、無駄だ」
言い終わるや否や、男はメフィストフェレスの腹部へとナイフを突き出してきた。確実に突き刺さっている。だが感触はないはずだ。男もそう感じたのか、目を見開いた。
「アンタ、幽霊か?」
「あいにくだが、そう言う類いのものとは違うんだ。オレは悪魔なのさ」
間近にいる男は電灯に照らされて強張る表情を浮かべ、メフィストフェレスを見上げている。
「悪魔……?」
大した驚きはない。メフィストフェレスは口角を上げて微笑むと、少々鋭い爪の生えた指先でナイフを取り上げた。
「こんな夜に、不釣り合いだと言いたいのかね?だとしたら、君が行っている事も、人間の言葉を借りるなら、悪魔的だ、と言えるんじゃないか?」
ナイフを失った男はまだ、メフィストフェレスを見上げている。その容姿は美しい。美青年と言えるだろう。艶やかな黒髪と、つり上がってはいるが、大きく真っ黒い瞳。地獄には醜悪な奴等しかいないから、ここが地上である事を忘れていたら、天国にいる連中と見紛っただろう。
「俺を連れて行くのか?」
「あいにく、そうじゃない。まだ君とは契約を交わしていないからな」
もしこの青年と契約を交わす事が出来、結果連れて行けたら、さぞかしベルゼブブは喜ぶだろうが。
「そいつはいい!さっき呼び出そうとしたんだが、無理だったんだ」
悪魔だと言ったメフィストフェレスに、青年は異様な好奇心を見せた。悪魔崇拝者だったのかと、妙に納得する。
「じゃあ、オレと契約してくれるのか?」
顎髭を撫で付け、苦笑する。こんな乗り気な人間もいない。喚起された場合は別だが。
「勿論だ。オレと契約したら、地上の快楽を全て味わわせてやるよ。だが……」
そう言ったが、青年は途中でメフィストフェレスの言葉を遮った。
「24年経ったら、魂を貰うって?」
「よく知ってるな」
感心する。メフィストフェレスの活躍は、あまり人間には知られていないと思っていた。
「ファウストに書いてあった」
あぁ、あれか、と思う。メフィストフェレスは笑って、そうだと答えた。
「なら、名前を言え。オレがその名を呼び、君がオレの名前を呼んだら契約……」
そこまで言った時、メフィストフェレスは何者かに喚起されたのを感じた。
この現代において、正しい悪魔喚起の方法を知っている者がまだいるとは、正直驚きだ。
「あぁ、悪いな。呼び出しがあったみたいだ。行かないと」
そう言って肩をすくめ飛び立とうとすると、青年がメフィストフェレスにしがみついてきた。
「俺は高木聖夜だ。アンタはメフィストフェレスだろ?」
早口にそう言った青年は、契約をしてしまおうとしている。だがメフィストフェレスは青年の名を呼ぶ事なく、その体を軽く押し放して空へ舞い上がった。
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