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プロローグ
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小さな聖歌隊達にプレゼントを持たせ、その姿が誇らしげに両親の腕に戻るのを見つめた。両親は子供らの勇姿と神々しさを誉めあっている。そして司祭と神に感謝を述べると、家族は扉へ向かった。司祭が教会の外まで見送ると、明日の朝には外されるであろう電飾のネオンが、最後の華やぎを放っていた。教会の外にもイエス・キリストの誕生を祝うクリスマスツリーがあり、聖なる夜を一層引き立てている。
「皆さん、お気をつけて……」
手を振ると、一陣の風が吹き付けた。司祭のキャソックがバタバタとはためく。
家族が見えなくなるまで見つめていたが、やがて司祭は寒さに震えながら中へ戻った。
──リヤサでも羽織れば良かった。
窓の外では雪が舞い始め、夜は教会すらその闇に辺りを包んでいる。遠くでは救急車のサイレンが鳴り響き、それに犬達が一斉に遠吠えを始めた。その理由は様々あるが、司祭は彼等の先祖が上げる声に似ているからだろうかと考えていた。
司祭は教会内の戸締まりの為に歩いた。ガランとしているが、昼間も今と大差はない。数少ない信者が時折訪れたり、結婚式がある時だけ賑わう。かと言って、式を挙げる両人、及びそのどちらかがそうだと言う訳でもない。ただ皆と違う式を挙げたいだとか、教会の雰囲気や装飾が好きだと言う理由が大半を占める。
日本は海外ほど、キリスト教が普及していないのがよく分かると言うものだ。その大多数は、カトリックとプロテスタントの違いも分からないだろう。
それでも、教会が賑わう事は嬉しい。例え宗教に興味がなくとも、別の文化に触れると言うのは良い事だと思うからだ。
今日もいつにない賑わいを見せ、近所の子供達にプレゼントを贈った。
全ての窓に鍵をかけ、司祭は最後に扉の鍵を閉めた。そして祭壇へ歩み寄ると、今日と言う日を平穏に過ごせた事を、神に祈り始めた。
目を閉じていたが、かすかに頬を風が掠めたのを感じる。瞼を開くと、燭台の炎が小さく揺らめいていた。
「誰かいるのか?」
もしかしたら、2階で寝ている護が目を覚ましたのかも知れない。
彼は時々、母親に捨てられた日を夢に見るから。
「護か?眠れないのか?」
辺りを見回すが、あちこちで蝋燭が温かい光を投げ掛ける以外に何もない。彫像に深い陰影が出来、また絵画は光が届かず暗く、妙に胸を騒がせる効果を発揮していた。
再び祭壇に向き直ると、銀の皿の側に立てていた十字架が無くなっていた。司祭は顔を強張らせると、胸の前で何度か十字を切った。
──護はこんな悪戯はしない。まさか泥棒でも入ったのだろうか?
だとしたら、変に気を逆なでない方がいい。気付かぬフリをして息子の部屋に入り、きっちり鍵をかければ、泥棒も盗むだけ盗めば出て行くだろう。
司祭は深呼吸をすると、扉の鍵を開けに行った。そして部屋へ向かおうと振り返った時、薄暗い中に何かを振りかざす影が見えた。
「私には争う気はない。君の顔も見ていないし、欲しいものがあるなら持って行くといい」
その言葉に嘘はなかった。すると相手が口を開いた。
「本当にいいんだな?」
意外に若い男の声が返ってきたが、司祭は首肯して見せた。
「なら、アンタの命を貰おう」
「な……!ぐうぅっ!」
何かが胸を貫いた。それはうっすら十字架に見え、司祭は血を吐きながら膝を折り、男に倒れ込んだ。
「あぁ、神よ!何故父を連れて行かれるのです?主よ、何故師を連れて行かれるのです?全能なる父よ、何故なのです!」
青年は嘆いていた。無惨な姿の男を前に、両手を祈るように組み合わせている。
男は彼の父だった。正確には父ではない。彼が5歳の時から面倒を見てくれていた、父親のような存在だった。この教会の尊敬出来る師でもあった。
その彼が、祭壇上に飾られていた十字架で胸を貫かれ、祭壇前に仰向けになって死んでいる。
その目は恐怖に剥かれ、ずっと上にある天井画の、キリストの昇天に向けられていた。
「何故お答えして下さらないのですか?父は貴方を欺いたのですか?」
青年は膝をつき、男の顔を見つめた。もう何物も映す事のない瞳は、まるでガラス玉のように不気味だ。
「主よ、貴方は何と残酷なのでしょう!汝、隣の敵を愛せと説かれたが、私は貴方を許さない……!」
「皆さん、お気をつけて……」
手を振ると、一陣の風が吹き付けた。司祭のキャソックがバタバタとはためく。
家族が見えなくなるまで見つめていたが、やがて司祭は寒さに震えながら中へ戻った。
──リヤサでも羽織れば良かった。
窓の外では雪が舞い始め、夜は教会すらその闇に辺りを包んでいる。遠くでは救急車のサイレンが鳴り響き、それに犬達が一斉に遠吠えを始めた。その理由は様々あるが、司祭は彼等の先祖が上げる声に似ているからだろうかと考えていた。
司祭は教会内の戸締まりの為に歩いた。ガランとしているが、昼間も今と大差はない。数少ない信者が時折訪れたり、結婚式がある時だけ賑わう。かと言って、式を挙げる両人、及びそのどちらかがそうだと言う訳でもない。ただ皆と違う式を挙げたいだとか、教会の雰囲気や装飾が好きだと言う理由が大半を占める。
日本は海外ほど、キリスト教が普及していないのがよく分かると言うものだ。その大多数は、カトリックとプロテスタントの違いも分からないだろう。
それでも、教会が賑わう事は嬉しい。例え宗教に興味がなくとも、別の文化に触れると言うのは良い事だと思うからだ。
今日もいつにない賑わいを見せ、近所の子供達にプレゼントを贈った。
全ての窓に鍵をかけ、司祭は最後に扉の鍵を閉めた。そして祭壇へ歩み寄ると、今日と言う日を平穏に過ごせた事を、神に祈り始めた。
目を閉じていたが、かすかに頬を風が掠めたのを感じる。瞼を開くと、燭台の炎が小さく揺らめいていた。
「誰かいるのか?」
もしかしたら、2階で寝ている護が目を覚ましたのかも知れない。
彼は時々、母親に捨てられた日を夢に見るから。
「護か?眠れないのか?」
辺りを見回すが、あちこちで蝋燭が温かい光を投げ掛ける以外に何もない。彫像に深い陰影が出来、また絵画は光が届かず暗く、妙に胸を騒がせる効果を発揮していた。
再び祭壇に向き直ると、銀の皿の側に立てていた十字架が無くなっていた。司祭は顔を強張らせると、胸の前で何度か十字を切った。
──護はこんな悪戯はしない。まさか泥棒でも入ったのだろうか?
だとしたら、変に気を逆なでない方がいい。気付かぬフリをして息子の部屋に入り、きっちり鍵をかければ、泥棒も盗むだけ盗めば出て行くだろう。
司祭は深呼吸をすると、扉の鍵を開けに行った。そして部屋へ向かおうと振り返った時、薄暗い中に何かを振りかざす影が見えた。
「私には争う気はない。君の顔も見ていないし、欲しいものがあるなら持って行くといい」
その言葉に嘘はなかった。すると相手が口を開いた。
「本当にいいんだな?」
意外に若い男の声が返ってきたが、司祭は首肯して見せた。
「なら、アンタの命を貰おう」
「な……!ぐうぅっ!」
何かが胸を貫いた。それはうっすら十字架に見え、司祭は血を吐きながら膝を折り、男に倒れ込んだ。
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