トム・チェイスの悩み

たける

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自宅に戻ったのは、もう陽も暮れようとする時分だった。途中でバイト先に寄ったのだが、トムは無断欠勤、アンディは休憩から戻らなかった事に関して、店長のマックスに叱られた。
理由を話せる筈もなく、トム達は明日はサービス残業をするようにと命じられた。
バートンの部屋には明かりが灯っている。トムは思いきって扉を叩いてみた。
するとすぐに返事があり、扉が開いてバートンが姿を現した。

「チェイスさん、どうかしたんですか?」
「君に聞きたい事がある」

そう言うと、バートンは部屋に入るよう促した。だがトムは、こんな遅い時間に、1人暮らしの女性の部屋へ入る事が躊躇われた。近所の目も気になる。

「いいのか?」
「えぇ、構いませんよ」

ニコリと微笑まれ、トムは仰々しく部屋へ入った。引っ越しの荷開けの途中だったのか、開きっぱなしの段ボールがある。

「座ってて下さい、すぐに飲み物を用意しますから」

別に飲み物など、と思いながらも、椅子に座る。テーブルの上には、白いナース服のような衣装が畳んで置かれていた。

「お待たせしました」

熱いコーヒーの入ったカップをトムの前に置くと、バートンは衣装をさりげなく箱へ戻してから座った。

「それで、私に聞きたい事って言うのは何ですか?」

先にカップへ口をつけていたトムは、そう尋ねられて頷きながらカップを置いた。

「昼間の件だ。君は奴等に機内へと連れられただろう。そこで一体何があったんだ?」

トム達が見ていないところで、何が起こったのか。

「あぁ、あれ、ですか……」

苦笑し、両手でカップを包む。バートンは少し言いにくそうだった。

「君が銃を持っていたとは知らなかったし、手下だっていた筈だろ。なのに、何故無傷で?まさか、警察関係者か?」

そう言うと、バートンは慌てて否定した。

「そんなんじゃありません!でも、あの時、私は銃で彼女を脅しました」

それからゆっくりと語られた言葉に、トムは驚きを必死に隠さなければならなかった。


──平凡な女だとばかり思っていたが、まさかそんな特技があったなんて……!


「どこかで習ったのか?その、射撃の方法を……それに君は、ここへ来る前は何をしていた?」
「チェイスさん」

じっと見つめられ、思わずトムの胸がドキリとした。茶色の長い髪を持つ、水色の瞳が真剣な眼差しを向けている。改めてバートンを見るが、華奢で愛らしい、まだあどけない顔だった。

「な、何だ?」
「申し訳ないんですけど、以前の生活については言えないの」


──スパイか何かか?


ふと、脳裏を過る可能性は、得体の知れないバートンにうまくマッチするような気がした。

「……そうか。まぁ、そんなに親しい訳でもないしな。悪かった、忘れてくれ」

そう言ったが、妙にふてくされた言い方になってしまったと恥ずかしくなった。

「あの、別に悪気があった訳じゃないんです、気を悪くしたなら謝ります。それに私……」

そこまで言って口をつぐんだバートンは、どこか悲しげにカップを見下ろしている。

「何なんだ?ハッキリ言えよ。それに、何だ?」

勿体ぶった言い方に、多少苛立ちが募る。


──これだから女はやりにくい……


「すみません。あの、私、チェイスさんとは少しだけだけど、親しいつもりでした。だから、親しくないって言われて、ちょっとショックだったって言うか……」

ため息が出た。そんなつまらない事で、そんな顔をしただなんて馬鹿らしい。

「親しいつもりなら、チェイスさんは止せ。チェイスでいい」

ぶっきらぼうに言ってやったのだが、バートンの顔がパッと明るくなった。

「じゃあ、私の事はジュリ……」
「バートン、俺からの話しはもう済んだ」

女性を名前で呼ぶのに慣れていないトムは、バートンの言葉を途中で遮った。
大体、もしバートンをジュリアと呼ぶのなら、自分の事はトムと呼ばせる事になる。
誰も、トムをトムと呼ばない。そもそも、トムがそれを許していなかった。相棒だったミカにさえ、そうなのだから。

「あ、すみません!」
「あと、敬語も止めろ。よそよそしいだろ」

そう言って立ち上がると、トムはさっさと部屋を出た。耳が熱い。
自室に戻ると、明かりをつけずにベッドに倒れ込む。
結局、何も分からなかった。


──彼友は何者なんだ?


新たな悩みがトムにのし掛かってくる。だが先行させるべき悩みは、探偵事務所の行く末だろう。
そう考え、無理に目を閉じた。










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