トム・チェイスの悩み

たける

文字の大きさ
上 下
18 / 20
5.

しおりを挟む
無理矢理飛行機に乗せられ、シートに拘束される。ブラインも同じだ。エリス・トマスは優雅に腰掛け、戻ったハムスターをしげしげと眺めていた。

「お帰り、アタシの可愛いダイヤちゃん」

そう言って軽くカゴにキスをすると、そのままそれを手下の1人に手渡した。
飛行機は格納庫から放れ、ゆっくりと滑走路に向かっている。


──もう誰も助けてくれない……


ジュリアは意気消沈していた。だが、普通はそうなのだ。自分の身は自分で守らなければならないもので、助けてくれる人物がいるのは稀なのだ。
彼等はジェームズ・ボンドじゃない。普通の人間だ。

「何故って顔をしてるわね」

そう。何故警備員達は、あんなにも素早く格納庫へ来たのか。

「教えてくれるかしら?」
「お金を握らせておいたの。アタシの安全を保証してもらう為にね」

エリスは警備員達に、格納庫にハムスターを誘拐した犯人が交渉に来る、と知らせたらしい。そして何かあれば悲鳴を上げるから、すぐに駆けつけてくれと頼んでおいたのだ。

「賢いやり方でしょ?今頃貴方のお友達は、檻の中に入れられているでしょうね」

クスクスと笑うエリスは狡猾そうで、ジュリアは奥歯を噛み締めた。


──どうしてこの作戦を見抜けなかったのだろう?もしあの人だったら、きっと見抜いていた。


過去を思い出し、だが今はもういないのだ、と思う。

「さて、そろそろハムスターからダイヤを取り出しましょう」

そう言ってエリスは手下を振り返った。男は小さく頷くと、そっとカゴの扉を開き、グレッグを掴んで取り出した。

「グレッグを殺して、取り出すつもり?」

必死に拘束から抜けようと、背中で戦う。ブラインは諦めたようにぐったりしていた。

「グレッグ?あぁ、このハムスターの事ね。そうよ、価値があるのは皮じゃなくて中身なんですからね」

ニヤリと笑うエリスを見ながら、ジュリアはゆっくりと左手を拘束から脱出させた。

「エリス様!大変です!」
「どうしたの?」

滑走路に到着した飛行機は、管制塔の指示を待っている。

「このハムスター、すでにオペの跡があります!ダイヤは盗まれてますよ!」
「何ですって?」

立ち上がり、ジュリアに背を向けたエリスは、手下の方へ歩いて行った。ジュリアは素早く拘束をほどくと、ブラインの拘束もほどいた。そして靴の中に仕込んである小さな銃を取り出して構えた。

「動かないで!」

振り向いたエリスは、驚きに目を見張っている。手下はカゴを通路に落とすと、銃を抜こうとした。だが一瞬早く、ジュリアがその手を撃った。

「どうしました?」
 
慌てた他の手下も駆け寄ってきたが、ジュリアを見るなり銃を抜こうとした。が、結果は同じだった。

「私とトマス氏を、すぐここから出しなさい!」
「生意気ね、貴方!アタシがそれを許可するとでも思ってるの?バカじゃない!」

そう言うと、エリスも銃を構えた。互いに睨みあい、一歩も譲らないとでも言うようだ。

「ダイヤもないんから、私達にはもう用はないでしょ?」

グレッグからダイヤを取り出したのは、多分アンディだ。ダイヤも持っているに違いない。

「いいえ、必要よ。ダイヤを返してもらう為にね!」

先に発砲したのはエリスの方だった。だが弾はジュリアの横を通りすぎると、機体の壁に当たった。

銃口はエリスの左胸を狙っている。この引き金を引けば、間違いなくエリスは死ぬだろう。そのぐらい腕には自信があった。

「死にたくないでしょ?だったら自首して。私は貴女を撃ちたくないの!」
「やれるもんならやってみなさいよ!怖くて出来ない癖に!」


──挑発したのは貴女よ、エリス……


引き金を引こうとすると、それまで座席の下にうずくまっていたブラインが立ち上がり、エリスの前に立った。

「もう止すんだエリス!君はそんな女じゃなかった筈だぞ!」
「いいえ、アナタ。アタシは元からこう言う女よ!ちょっと興味のないフリをしただけで騙されちゃって!バカね!」

銃口はブラインに向けられた。引き金にかけられた指が微かに動き、ジュリアはやむ無く発砲した。弾はエリスの手から銃を弾いただけだった。

「終わりよ、エリス・トマス」

歩み寄り、銃を奪ってシートの下へ滑らせた。エリスは凶悪な顔で睨んでいたが、ジュリアにはちっとも怖くなかった。




    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...