トム・チェイスの悩み

たける

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地上より遥か上空では、1機の自家用飛行機がフライトを楽しんでいた。所有者は世界有数の起業家、ブライン・トマス。

「実にいい見張らしじゃないかね、えぇ?」

側に立つ屈強なボディガードはそれに答えない。代わりに彼の新妻、エリスが微笑んだ。

「ほんとね。いい眺めだわ」

ブラインは自家用飛行機に、乗務員以外にボディガードと巨額の富み、そしてペットのハムスターを乗せていた。ハムスターはカゴの中で忙しなく、ヒマワリの種をかじっている。

「新婚旅行は、やはり海より空だな!」

昨年、50年連れ添った妻を亡くし、ブラインはうちひしがれていた。だが彼の秘書をしていたエリスが、そんなブラインを支え励まし続けてくれたおかげで、漸く立ち直る事が出来たのだ。
ブラインはその感謝の意を、結婚と言う形で表した。エリスとは20も離れているが、年の差など関係ない。エリスは巨万の富みより、ブライン自身を愛してくれた。そこにいる、金に群がるハイエナのような女達とは違った。

「ねぇ、あのダイヤ、幾らで売るつもりなの?」

ハムスターを見つめながら、エリスは明日のオークションに出品するブラインの富の1つについて尋ねてきた。そのダイヤは昔──まだブラインが若い頃──自身で採掘した、小さいが稀少なダイヤだった。それをオークションにかけるのは、エリスの為だった。
いくら財産に執着がないと言えど、ブラインの死後、彼女には出来るだけの財産を残してやりたいと
思ったからだ。

「そうだな、開始値は100万からにしようと思ってる」

実際は更に価値のあるものだ。だが開始値はそれぐらいで十分だろう。

「たった100万ですって?」
「たったって事はないよ。すぐに値は上がる。きっと、3千万はするだろうね」

そうブラインが言うと、エリスはカゴの中からハムスターを取り出した。可愛がるように背中を撫でてやっている。

「3千万、ね……」

意味ありげに呟いたエリスへ、ブラインは高級なシャンパンを差し出した。この日の為に、わざわざ海外から取り寄せたものだ。

「あぁ、お前は興味がないだろうが、ワシの死後お前が受け取る財産に追加しておくよ」

差し出したグラスは受け取ってもらえず、変わりに床へ落とされた。驚いてブラインがエリスを見上げると、彼女は怒りに愛らしい顔を歪ませていた。

「たったそれっぽっちで売るなんて、もったいなさすぎるわ!あれはもっと価値がある物よ、アタシがさばいてあげるわ!」
「エリス?君、一体何を……?」

狼狽したブラインの手からも、グラスが落ちて砕けた。そしてそれと同時に銃声が轟き、機体が傾いた。




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