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たける

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静かな通信ルームに入り、ファイはその1つに腰を下ろした。平静を保ってはいるが、何かのきっかけでそれが決壊してしまいそうな、危うい状態だった。
母に連絡を取らなければならないが、今の自分の状態では感情的になってしまう可能性がある。それだけは避けたい。
母は純粋なリタルド人だ。きっと父が死んだ事を告げても、何等取り乱す事なく受け入れるだろう。そんな姿を見て、地球人である父の血が半分流れている自分が冷静でいられる自信はなかった。

「副舞長、よろしいですか?」

入口を見遣ると、通信士官候補生のマナ・ホップスが立っていた。

「構いません」

彼女の入室を許可すると、すぐファイはモニターに視線を戻した。同情的に沈むホップスを見ていられない。

「お父様の事は残念でした……」

側に立ち、ホップスがこう言う場の決まり文句を口にした。

「えぇ、とても残念です。私がもっと敵を倒せていたのなら、父は死なずに済んだのです」

自分を庇って命を落とした父。優しく寛大で、機関士としても優秀だった。

「自分を責めないで下さい。あの場は誰もどうする事も出来なかったんです」

慰めようとしているホップスの気持ちはありがたいが、今は聞きたくなかった。

「私の中に溢れ出そうとする感情を、地球言語で何と言うかは分かっています。ですが、リタルドにはそのような感情はありません」

感情を表に出すのは愚かしい行為だと、教育を受けてきたファイにとって、今自分に込み上げる悲しみと怒りは、リタルド人として恥ずべきものだった。

「では、貴方の代わりに泣かせて下さい」

そう言ったホップスを見上げた。すると彼女は、大きな目にたくさんの涙を浮かべている。

「不思議です。何故地球人は、他人の為に涙を流せるんです?」

リタルド人に涙を流す習慣はない。生まれた時に泣く以外、生涯を通じて涙を流す事はないのだ。

「悲しいから、です。人は、人が死ぬのが悲しいです。人だけじゃなく、生きているものや世界が壊れても悲しいんです」

緩やかなカーブを描きながら涙が零れ、その滴はファイの頬に落ちた。

「特に、愛している者が死ぬのは辛いんです……」

ホップスは両手で顔を覆った。ファイはゆっくり立ち上がると、自分の為に泣いてくれている女性を抱きしめた。この行為はリタルド人にはない。亡き父の血がそうさせたのだ。

「感謝します、ホップス」

彼女の涙が幾分かファイに冷静さを取り戻させてくれた。そして、初めて見る涙は美しいとファイは感じ、ホップスから腕を解いた。

「ホップス、私はもう大丈夫です。まだ悲しみや怒りを忘れられませんが、それは今後ずっと、胸に秘めておくようにします」
「はい……副艦長……」

涙を拭い顔を上げたホップスは、ファイを見つめてきた。その眼差しに同情以外のものを感じたが、ファイは見なかった事にした。

「今から母に報告します。貴方は持ち場に戻って下さい」

そう言うと、ホップスは小さく頷いてから通信ルームを出て行った。その小さな背中を見送ってから再び席に着くと、ファイはフラムのコンピュータの通信コードを入力した。




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