41 / 43
8日目
※
しおりを挟む
色々な機械やチューブに繋がれた早瀬タクミが、手術室から戻ってきた。医者と三上の会話を盗み聞きしたところ、早瀬タクミは酷いショックを受けて、まだ意識が戻らない──死んでなかったようだ──状態らしい。
いつ意識が戻るかは、医者にも分からないそうで、三上は真っ青な顔で泣いていた。
病室で私と三上は2人して、早瀬タクミを見ていた。
「警護してくれていた人、まだ見つからないそうです」
「そうなんですか」
だろうな、と思う。彼は私の仲間で、早瀬タクミを襲った男の担当をしていると──私が売店に向かう時、話をした──言っていた。
「これからだって時に、どうして……」
それは早瀬タクミの人生についてなのか、歌手としてなのか、私には判別がつかなかった。ただ、そうですね、と呟いた。
私はまだ──早瀬タクミが死んでいないので──帰れず、三上の側にいる。彼女は今にも死にそうな顔をしていたが、辺りに仲間の気配はない。
「そうだ……あの人なら……」
そう呟いた三上は、決然とした表情で私を見上げてきた。
「ちょっと手伝って欲しいの」
拒否は許さない、と言うような眼差しだが、どこか狂気じみているとも感じる。
「構いませんよ」
どうせ暇なのだ。彼女に付き合ってみても、悪くないと思った。
「じゃあ一緒に来て下さい」
私は三上に連れられ、夜の病院を──表にはマスコミがいるので、裏口からこっそりと──抜け出し、タクシーに乗り込んだ。
「一体どこへ行くんです」
走り出してから暫くして、私は尋ねた。三上は、自分の家だと答えた。
「ちょっとしたアイデアがあるんです」
「それは」
医者すら取り戻せなかった意識を、彼女が言うアイデアで戻せるのだろうか?もしそうなら凄い。私は柄にもなくワクワクした。
やがて到着したのは、簡素なアパートの前だった。階段の手摺は錆びていて、デザインが古めかしい。随分前にたくさん見かけた事のある造りだった。
三上はキーホルダーがたくさんついた鍵を取り出して扉を開けると、ただいま、と言った。真っ暗な部屋に、ペットでも飼っているのかと思いきや、おかえり、と、闇の中から聞き覚えのある声がした。
「大丈夫だった?」
その声の主が灯りをつける──私は灯りをつけなくても見えていたが──と、早瀬タクミ──正確に言えば、早瀬タクミの姿をした死神だ──がいた。
「大丈夫じゃないわ。ところでアユムさん、貴方は驚かないのね」
「悪いが、私は正体を知っているからな」
「え?」
驚いたのは、三上の方だった。私はそんな彼女を無視し、仲間に挨拶をする。
「彼女が担当だったのか」
「そう言う君は、早瀬タクミの担当だったんだね」
「子供がいる主婦だと言っていたろ」
そう彼女は言っていた。だが子供の姿はない。ただ、子供が遊ぶ遊具だけがある。
「そうだよ。今はいないけどね」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
三上が私達の会話に割り込んできた。その顔は困惑と言うより、恐怖を感じているようだ。
「2人だけで話をしてないで、私にちゃんと説明してよ!正体を知ってるって何?」
「そのままの意味だ」
そう答えてやると、三上は私を指差してきた。その指先は震えている。
「ま……まさか、貴方も……し……死神なの?」
「そうだ。私は早瀬タクミを担当している」
「じゃ……じゃあタクミさんは……」
「今日中に死ぬ」
「どうして?ま、まだ猶予がまだある筈じゃないの?1週間あるんでしょう?」
「猶予はまちまちで決まってないが、彼の猶予は確かに1週間だった」
「だったら、貴方がタクミに会ったのは4日前でしょう?まだ猶予は……」
「会うのに時間がかかっただけだ」
5日前だと訂正はしなかった。どっちにしろ、早瀬タクミの死期がそれで延びるでもない。
「それより、タクミ君、大丈夫じゃなかったって言ってたね?」
仲間が話題を戻す。それにハッとした三上は、時間がないの、と言って、我々を部屋から追いやった。
「早瀬タクミを死なせる訳にはいかないの」
階段を下りながら、三上は早口に言った。そして仲間に帽子とサングラスをさせると、待たせてあったタクシーに乗り込んだ。
病院を出る前に三上が言っていたアイデアが、私には分かった。だがそれも、長くは続けられない事だ。恐らく三上も分かっているだろうから、私は黙っていた。
やがて病院に戻った私達は、またこっそり──面会時間をとうに過ぎていた──裏口から入った。ロビーにある受付には誰もおらず暗かったが、病室のある階のナースステーションには灯りがついていた。早瀬タクミの病室はナースステーションの真ん前にあり、見つからずに入るのは困難に思われたが──運がいいのかタイミングがいいのか──咎められる事もなく、病室に入る事が出来た。
相変わらず、早瀬タクミは眠っている。機械が定期的にシューっと音を立てていた。
「担当の医者は、いつ意識が戻るか分からないと言っていたの。でも、タクミさんには」
「君にも時間がない」
遮るように、仲間が言った。三上は寂しげに頷くと、ベッドで眠る早瀬タクミを見つめた。
「入れ替えるつもりだろう」
私が言うと、三上はこちらを見もせず、えぇ、と言った。
「……そうか」
上手くいく保証は皆無だ。こう言った機械は、外した途端、耳障りな音を発するし、機械を外した後、本物の早瀬タクミをどこへ持ち去るつもりなのだろう。
「これからの事を説明するわ」
早瀬タクミの頬を撫でた三上は、漸く我々の方を振り返った。
いつ意識が戻るかは、医者にも分からないそうで、三上は真っ青な顔で泣いていた。
病室で私と三上は2人して、早瀬タクミを見ていた。
「警護してくれていた人、まだ見つからないそうです」
「そうなんですか」
だろうな、と思う。彼は私の仲間で、早瀬タクミを襲った男の担当をしていると──私が売店に向かう時、話をした──言っていた。
「これからだって時に、どうして……」
それは早瀬タクミの人生についてなのか、歌手としてなのか、私には判別がつかなかった。ただ、そうですね、と呟いた。
私はまだ──早瀬タクミが死んでいないので──帰れず、三上の側にいる。彼女は今にも死にそうな顔をしていたが、辺りに仲間の気配はない。
「そうだ……あの人なら……」
そう呟いた三上は、決然とした表情で私を見上げてきた。
「ちょっと手伝って欲しいの」
拒否は許さない、と言うような眼差しだが、どこか狂気じみているとも感じる。
「構いませんよ」
どうせ暇なのだ。彼女に付き合ってみても、悪くないと思った。
「じゃあ一緒に来て下さい」
私は三上に連れられ、夜の病院を──表にはマスコミがいるので、裏口からこっそりと──抜け出し、タクシーに乗り込んだ。
「一体どこへ行くんです」
走り出してから暫くして、私は尋ねた。三上は、自分の家だと答えた。
「ちょっとしたアイデアがあるんです」
「それは」
医者すら取り戻せなかった意識を、彼女が言うアイデアで戻せるのだろうか?もしそうなら凄い。私は柄にもなくワクワクした。
やがて到着したのは、簡素なアパートの前だった。階段の手摺は錆びていて、デザインが古めかしい。随分前にたくさん見かけた事のある造りだった。
三上はキーホルダーがたくさんついた鍵を取り出して扉を開けると、ただいま、と言った。真っ暗な部屋に、ペットでも飼っているのかと思いきや、おかえり、と、闇の中から聞き覚えのある声がした。
「大丈夫だった?」
その声の主が灯りをつける──私は灯りをつけなくても見えていたが──と、早瀬タクミ──正確に言えば、早瀬タクミの姿をした死神だ──がいた。
「大丈夫じゃないわ。ところでアユムさん、貴方は驚かないのね」
「悪いが、私は正体を知っているからな」
「え?」
驚いたのは、三上の方だった。私はそんな彼女を無視し、仲間に挨拶をする。
「彼女が担当だったのか」
「そう言う君は、早瀬タクミの担当だったんだね」
「子供がいる主婦だと言っていたろ」
そう彼女は言っていた。だが子供の姿はない。ただ、子供が遊ぶ遊具だけがある。
「そうだよ。今はいないけどね」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
三上が私達の会話に割り込んできた。その顔は困惑と言うより、恐怖を感じているようだ。
「2人だけで話をしてないで、私にちゃんと説明してよ!正体を知ってるって何?」
「そのままの意味だ」
そう答えてやると、三上は私を指差してきた。その指先は震えている。
「ま……まさか、貴方も……し……死神なの?」
「そうだ。私は早瀬タクミを担当している」
「じゃ……じゃあタクミさんは……」
「今日中に死ぬ」
「どうして?ま、まだ猶予がまだある筈じゃないの?1週間あるんでしょう?」
「猶予はまちまちで決まってないが、彼の猶予は確かに1週間だった」
「だったら、貴方がタクミに会ったのは4日前でしょう?まだ猶予は……」
「会うのに時間がかかっただけだ」
5日前だと訂正はしなかった。どっちにしろ、早瀬タクミの死期がそれで延びるでもない。
「それより、タクミ君、大丈夫じゃなかったって言ってたね?」
仲間が話題を戻す。それにハッとした三上は、時間がないの、と言って、我々を部屋から追いやった。
「早瀬タクミを死なせる訳にはいかないの」
階段を下りながら、三上は早口に言った。そして仲間に帽子とサングラスをさせると、待たせてあったタクシーに乗り込んだ。
病院を出る前に三上が言っていたアイデアが、私には分かった。だがそれも、長くは続けられない事だ。恐らく三上も分かっているだろうから、私は黙っていた。
やがて病院に戻った私達は、またこっそり──面会時間をとうに過ぎていた──裏口から入った。ロビーにある受付には誰もおらず暗かったが、病室のある階のナースステーションには灯りがついていた。早瀬タクミの病室はナースステーションの真ん前にあり、見つからずに入るのは困難に思われたが──運がいいのかタイミングがいいのか──咎められる事もなく、病室に入る事が出来た。
相変わらず、早瀬タクミは眠っている。機械が定期的にシューっと音を立てていた。
「担当の医者は、いつ意識が戻るか分からないと言っていたの。でも、タクミさんには」
「君にも時間がない」
遮るように、仲間が言った。三上は寂しげに頷くと、ベッドで眠る早瀬タクミを見つめた。
「入れ替えるつもりだろう」
私が言うと、三上はこちらを見もせず、えぇ、と言った。
「……そうか」
上手くいく保証は皆無だ。こう言った機械は、外した途端、耳障りな音を発するし、機械を外した後、本物の早瀬タクミをどこへ持ち去るつもりなのだろう。
「これからの事を説明するわ」
早瀬タクミの頬を撫でた三上は、漸く我々の方を振り返った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符
washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

職業、死神
たける
キャラ文芸
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
死神とは、死期の近付いた人間に、それを知らせる伝達者。
また、夢の中で夢を叶える者。
1人の死神が、今日も仕事で人間の世界を訪れた。
そこで出会ったのは、今回担当する事になった若者と、同業者だったが……。
※途中で同性(男同士)の性描写が少しだけ出てきます。また、残酷だと思われるような描写も少しだけ出てきます。
ご覧になる際は、上記の描写が大丈夫な方のみでお願いします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
アカシックレコード
しーたん
キャラ文芸
人は覚えていないだけで、肉体が眠っている間に霊体が活動している。
ある日、ひょんなことから霊体としての活動中の記憶をすべて覚えている状態で目が覚める生活を送ることになってしまった主人公。
彼の霊体は人間ではなかった。
何故か今まで彼の霊体が持っていたはずの記憶がないまま、霊体は神界の争いに巻き込まれていく。
昼は普通の人間として、夜は霊体として。
神界と霊界と幽界を行き来しながら、記憶喪失扱いとなった主人公の霊体の正体を探す日々が始まる。
表紙、イラスト、章扉は鈴春゜様に依頼して描いていただきました。
※この作品はエブリスタで公開したものを順次転載しながら公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる