死神とミュージシャン

たける

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8日目

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色々な機械やチューブに繋がれた早瀬タクミが、手術室から戻ってきた。医者と三上の会話を盗み聞きしたところ、早瀬タクミは酷いショックを受けて、まだ意識が戻らない──死んでなかったようだ──状態らしい。
いつ意識が戻るかは、医者にも分からないそうで、三上は真っ青な顔で泣いていた。

病室で私と三上は2人して、早瀬タクミを見ていた。

「警護してくれていた人、まだ見つからないそうです」
「そうなんですか」

だろうな、と思う。彼は私の仲間で、早瀬タクミを襲った男の担当をしていると──私が売店に向かう時、話をした──言っていた。

「これからだって時に、どうして……」

それは早瀬タクミの人生についてなのか、歌手としてなのか、私には判別がつかなかった。ただ、そうですね、と呟いた。
私はまだ──早瀬タクミが死んでいないので──帰れず、三上の側にいる。彼女は今にも死にそうな顔をしていたが、辺りに仲間の気配はない。

「そうだ……あの人なら……」

そう呟いた三上は、決然とした表情で私を見上げてきた。

「ちょっと手伝って欲しいの」

拒否は許さない、と言うような眼差しだが、どこか狂気じみているとも感じる。

「構いませんよ」

どうせ暇なのだ。彼女に付き合ってみても、悪くないと思った。

「じゃあ一緒に来て下さい」

私は三上に連れられ、夜の病院を──表にはマスコミがいるので、裏口からこっそりと──抜け出し、タクシーに乗り込んだ。

「一体どこへ行くんです」

走り出してから暫くして、私は尋ねた。三上は、自分の家だと答えた。

「ちょっとしたアイデアがあるんです」
「それは」

医者すら取り戻せなかった意識を、彼女が言うアイデアで戻せるのだろうか?もしそうなら凄い。私は柄にもなくワクワクした。

やがて到着したのは、簡素なアパートの前だった。階段の手摺は錆びていて、デザインが古めかしい。随分前にたくさん見かけた事のある造りだった。
三上はキーホルダーがたくさんついた鍵を取り出して扉を開けると、ただいま、と言った。真っ暗な部屋に、ペットでも飼っているのかと思いきや、おかえり、と、闇の中から聞き覚えのある声がした。

「大丈夫だった?」

その声の主が灯りをつける──私は灯りをつけなくても見えていたが──と、早瀬タクミ──正確に言えば、早瀬タクミの姿をした死神だ──がいた。

「大丈夫じゃないわ。ところでアユムさん、貴方は驚かないのね」
「悪いが、私は正体を知っているからな」
「え?」

驚いたのは、三上の方だった。私はそんな彼女を無視し、仲間に挨拶をする。

「彼女が担当だったのか」
「そう言う君は、早瀬タクミの担当だったんだね」
「子供がいる主婦だと言っていたろ」

そう彼女は言っていた。だが子供の姿はない。ただ、子供が遊ぶ遊具だけがある。

「そうだよ。今はいないけどね」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

三上が私達の会話に割り込んできた。その顔は困惑と言うより、恐怖を感じているようだ。

「2人だけで話をしてないで、私にちゃんと説明してよ!正体を知ってるって何?」
「そのままの意味だ」

そう答えてやると、三上は私を指差してきた。その指先は震えている。

「ま……まさか、貴方も……し……死神なの?」
「そうだ。私は早瀬タクミを担当している」
「じゃ……じゃあタクミさんは……」
「今日中に死ぬ」
「どうして?ま、まだ猶予がまだある筈じゃないの?1週間あるんでしょう?」
「猶予はまちまちで決まってないが、彼の猶予は確かに1週間だった」
「だったら、貴方がタクミに会ったのは4日前でしょう?まだ猶予は……」
「会うのに時間がかかっただけだ」

5日前だと訂正はしなかった。どっちにしろ、早瀬タクミの死期がそれで延びるでもない。

「それより、タクミ君、大丈夫じゃなかったって言ってたね?」

仲間が話題を戻す。それにハッとした三上は、時間がないの、と言って、我々を部屋から追いやった。

「早瀬タクミを死なせる訳にはいかないの」

階段を下りながら、三上は早口に言った。そして仲間に帽子とサングラスをさせると、待たせてあったタクシーに乗り込んだ。
病院を出る前に三上が言っていたアイデアが、私には分かった。だがそれも、長くは続けられない事だ。恐らく三上も分かっているだろうから、私は黙っていた。

やがて病院に戻った私達は、またこっそり──面会時間をとうに過ぎていた──裏口から入った。ロビーにある受付には誰もおらず暗かったが、病室のある階のナースステーションには灯りがついていた。早瀬タクミの病室はナースステーションの真ん前にあり、見つからずに入るのは困難に思われたが──運がいいのかタイミングがいいのか──咎められる事もなく、病室に入る事が出来た。
相変わらず、早瀬タクミは眠っている。機械が定期的にシューっと音を立てていた。

「担当の医者は、いつ意識が戻るか分からないと言っていたの。でも、タクミさんには」
「君にも時間がない」

遮るように、仲間が言った。三上は寂しげに頷くと、ベッドで眠る早瀬タクミを見つめた。

「入れ替えるつもりだろう」

私が言うと、三上はこちらを見もせず、えぇ、と言った。

「……そうか」

上手くいく保証は皆無だ。こう言った機械は、外した途端、耳障りな音を発するし、機械を外した後、本物の早瀬タクミをどこへ持ち去るつもりなのだろう。

「これからの事を説明するわ」

早瀬タクミの頬を撫でた三上は、漸く我々の方を振り返った。




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