31 / 43
6日目
※
しおりを挟む
出演者達が次々に、私を褒めていく。凄いよ、だとか、これからが楽しみだ、などと言うが、私にこれからなどない。どうも──早瀬タクミ以外の人間といなければならない時、私は田中アユムを演じなければならず、大変面倒なのだ──と答えて早瀬タクミの姿を探していると、でっぷりとした、大柄の狸みたいな男がのしのしとこっちへ歩いてくる。出演者達は、彼を通す為に道を開けた。
「君が田中アユムか」
「そうですが、貴方は」
そう尋ねると、男はあからさまにムッとした表情になった。
「私はこのレーベル会社の社長を勤めている、村瀬ノリフミだ」
社長──人間が割り振った位の中でも、偉い部類なのは知っていた──が、私に何の用だろう。首を傾げていると、村瀬はソーセージのような指で私の肩を掴んだ。
「タクミのマネージャーから、話は聞いてるよ。さっきも君の歌を聞かせてもらったが、実にいい」
「……どうも」
「まだデビューしてないんだろ?うちで君をプロデュースしてやっても構わないが、どうだ?」
ニヤリと笑った歯は黄色く、煙草の臭いがした。
「結構です」
プロデュースされたからと言って、私は長く人間の世界には──田中アユムとして、だが──いるつもりはない。断ると、村瀬の笑みが固まった。
「何故だ?うちがプロデュースしてやろうって言っているんだぞ?」
「だから何です」
「なっ……何だって君!世の中には、うちでデビューしたい人間は多くいるんだぞ?」
「だったら、彼等をデビューさせたらいいじゃないですか」
私の肩を掴む手が震えている。早く退けてくれないかと、その手を見遣った。
「デビューしたくないのか?」
「デビューしたからって、何がどうだって言うんです」
漸く村瀬の手が離れた。立ち去ろうとした私の背中に、怒鳴り声がする。
「有名になれるんだぞ?大金だって手に入る!」
つくづく、人間は金が好きな生き物だ。それを沢山得る為に働き、それが過ぎると大切なもの──人間にとっては命や家族だが、私には持ち得ないものなので、共感は出来ない──を失う。
「悪いですけど、お金に興味はないので」
踵を返し──人だかりを抜けて──早瀬タクミの居場所を探していると、三上が私を呼んだ。
「タクミさんが、貴方を探してくるようにって」
「そうなんですか。私も探していたところなんです」
舞台裏から通路に抜け、スタッフが往来する脇を2人で歩く。彼女は黙ったまま、少し俯き気味だった。
「あの……」
不意に三上が足を止めたので、私も立ち止まった。
「何ですか」
「タクミさんの事なんですけど……何か悩んでるみたいなんですが、貴方は知りませんか?」
「悩みですか。人は、誰でも悩みがあるでしょう」
大なり小なり、人間は何かしらの悩みを抱えている。どれもこれも自分本位な──金の事や人間関係、仕事など様々だ──もので、過去に話を聞かされた事は多々あったが、私がそれを解決出来る筈もない。結局のところ、自分自身でどうにかしなければならない問題ばかりだった。
「そうでしょうけど、教えてくれないんです」
三上はそう言って、膨れっ面になった。私からしてみれば──人間が悩みを打ち明けるのは、いわば弱味を吐露するようなものだ──早瀬タクミが悩みを教えてくれないのは、彼女が信頼に値しない人物なのだろう。
それに早瀬タクミ自身の悩みを、彼ではない私が知っている訳でも、話す道理もない。
「普通、悩みは他人に話さないものでしょう。貴方は家族ではないし、貴方も彼に話さないでしょう」
そう言うと、三上は薄い唇を噛み締めた。どうやら図星だったらしい。
「私の悩みは、話したからと言って、どうにかなるようなものじゃないんです」
こうやって自分の悩みを理解している人間は少ないので、私は思わず、ほぅ、と言っていた。
「貴方から、それとなく聞き出してもらえませんか?」
「私から、どうして。貴方にも話さないような事を、私には話すと言う確信でもあるんですか」
そう尋ねると、三上は再び歩き出した。私はその後を追う。
「男同士の方が、話しやすいかも知れないでしょ?」
チラと振り返った彼女の目は、何がなんでも聞き出せ、と言っているように見えた。
「君が田中アユムか」
「そうですが、貴方は」
そう尋ねると、男はあからさまにムッとした表情になった。
「私はこのレーベル会社の社長を勤めている、村瀬ノリフミだ」
社長──人間が割り振った位の中でも、偉い部類なのは知っていた──が、私に何の用だろう。首を傾げていると、村瀬はソーセージのような指で私の肩を掴んだ。
「タクミのマネージャーから、話は聞いてるよ。さっきも君の歌を聞かせてもらったが、実にいい」
「……どうも」
「まだデビューしてないんだろ?うちで君をプロデュースしてやっても構わないが、どうだ?」
ニヤリと笑った歯は黄色く、煙草の臭いがした。
「結構です」
プロデュースされたからと言って、私は長く人間の世界には──田中アユムとして、だが──いるつもりはない。断ると、村瀬の笑みが固まった。
「何故だ?うちがプロデュースしてやろうって言っているんだぞ?」
「だから何です」
「なっ……何だって君!世の中には、うちでデビューしたい人間は多くいるんだぞ?」
「だったら、彼等をデビューさせたらいいじゃないですか」
私の肩を掴む手が震えている。早く退けてくれないかと、その手を見遣った。
「デビューしたくないのか?」
「デビューしたからって、何がどうだって言うんです」
漸く村瀬の手が離れた。立ち去ろうとした私の背中に、怒鳴り声がする。
「有名になれるんだぞ?大金だって手に入る!」
つくづく、人間は金が好きな生き物だ。それを沢山得る為に働き、それが過ぎると大切なもの──人間にとっては命や家族だが、私には持ち得ないものなので、共感は出来ない──を失う。
「悪いですけど、お金に興味はないので」
踵を返し──人だかりを抜けて──早瀬タクミの居場所を探していると、三上が私を呼んだ。
「タクミさんが、貴方を探してくるようにって」
「そうなんですか。私も探していたところなんです」
舞台裏から通路に抜け、スタッフが往来する脇を2人で歩く。彼女は黙ったまま、少し俯き気味だった。
「あの……」
不意に三上が足を止めたので、私も立ち止まった。
「何ですか」
「タクミさんの事なんですけど……何か悩んでるみたいなんですが、貴方は知りませんか?」
「悩みですか。人は、誰でも悩みがあるでしょう」
大なり小なり、人間は何かしらの悩みを抱えている。どれもこれも自分本位な──金の事や人間関係、仕事など様々だ──もので、過去に話を聞かされた事は多々あったが、私がそれを解決出来る筈もない。結局のところ、自分自身でどうにかしなければならない問題ばかりだった。
「そうでしょうけど、教えてくれないんです」
三上はそう言って、膨れっ面になった。私からしてみれば──人間が悩みを打ち明けるのは、いわば弱味を吐露するようなものだ──早瀬タクミが悩みを教えてくれないのは、彼女が信頼に値しない人物なのだろう。
それに早瀬タクミ自身の悩みを、彼ではない私が知っている訳でも、話す道理もない。
「普通、悩みは他人に話さないものでしょう。貴方は家族ではないし、貴方も彼に話さないでしょう」
そう言うと、三上は薄い唇を噛み締めた。どうやら図星だったらしい。
「私の悩みは、話したからと言って、どうにかなるようなものじゃないんです」
こうやって自分の悩みを理解している人間は少ないので、私は思わず、ほぅ、と言っていた。
「貴方から、それとなく聞き出してもらえませんか?」
「私から、どうして。貴方にも話さないような事を、私には話すと言う確信でもあるんですか」
そう尋ねると、三上は再び歩き出した。私はその後を追う。
「男同士の方が、話しやすいかも知れないでしょ?」
チラと振り返った彼女の目は、何がなんでも聞き出せ、と言っているように見えた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符
washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

職業、死神
たける
キャラ文芸
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
死神とは、死期の近付いた人間に、それを知らせる伝達者。
また、夢の中で夢を叶える者。
1人の死神が、今日も仕事で人間の世界を訪れた。
そこで出会ったのは、今回担当する事になった若者と、同業者だったが……。
※途中で同性(男同士)の性描写が少しだけ出てきます。また、残酷だと思われるような描写も少しだけ出てきます。
ご覧になる際は、上記の描写が大丈夫な方のみでお願いします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
アカシックレコード
しーたん
キャラ文芸
人は覚えていないだけで、肉体が眠っている間に霊体が活動している。
ある日、ひょんなことから霊体としての活動中の記憶をすべて覚えている状態で目が覚める生活を送ることになってしまった主人公。
彼の霊体は人間ではなかった。
何故か今まで彼の霊体が持っていたはずの記憶がないまま、霊体は神界の争いに巻き込まれていく。
昼は普通の人間として、夜は霊体として。
神界と霊界と幽界を行き来しながら、記憶喪失扱いとなった主人公の霊体の正体を探す日々が始まる。
表紙、イラスト、章扉は鈴春゜様に依頼して描いていただきました。
※この作品はエブリスタで公開したものを順次転載しながら公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる