死神とミュージシャン

たける

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6日目

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出演者達が次々に、私を褒めていく。凄いよ、だとか、これからが楽しみだ、などと言うが、私にこれからなどない。どうも──早瀬タクミ以外の人間といなければならない時、私は田中アユムを演じなければならず、大変面倒なのだ──と答えて早瀬タクミの姿を探していると、でっぷりとした、大柄の狸みたいな男がのしのしとこっちへ歩いてくる。出演者達は、彼を通す為に道を開けた。

「君が田中アユムか」
「そうですが、貴方は」

そう尋ねると、男はあからさまにムッとした表情になった。

「私はこのレーベル会社の社長を勤めている、村瀬ノリフミだ」

社長──人間が割り振った位の中でも、偉い部類なのは知っていた──が、私に何の用だろう。首を傾げていると、村瀬はソーセージのような指で私の肩を掴んだ。

「タクミのマネージャーから、話は聞いてるよ。さっきも君の歌を聞かせてもらったが、実にいい」
「……どうも」
「まだデビューしてないんだろ?うちで君をプロデュースしてやっても構わないが、どうだ?」

ニヤリと笑った歯は黄色く、煙草の臭いがした。

「結構です」

プロデュースされたからと言って、私は長く人間の世界には──田中アユムとして、だが──いるつもりはない。断ると、村瀬の笑みが固まった。

「何故だ?うちがプロデュースしてやろうって言っているんだぞ?」
「だから何です」
「なっ……何だって君!世の中には、うちでデビューしたい人間は多くいるんだぞ?」
「だったら、彼等をデビューさせたらいいじゃないですか」

私の肩を掴む手が震えている。早く退けてくれないかと、その手を見遣った。

「デビューしたくないのか?」
「デビューしたからって、何がどうだって言うんです」

漸く村瀬の手が離れた。立ち去ろうとした私の背中に、怒鳴り声がする。

「有名になれるんだぞ?大金だって手に入る!」

つくづく、人間は金が好きな生き物だ。それを沢山得る為に働き、それが過ぎると大切なもの──人間にとっては命や家族だが、私には持ち得ないものなので、共感は出来ない──を失う。

「悪いですけど、お金に興味はないので」

踵を返し──人だかりを抜けて──早瀬タクミの居場所を探していると、三上が私を呼んだ。

「タクミさんが、貴方を探してくるようにって」
「そうなんですか。私も探していたところなんです」

舞台裏から通路に抜け、スタッフが往来する脇を2人で歩く。彼女は黙ったまま、少し俯き気味だった。

「あの……」

不意に三上が足を止めたので、私も立ち止まった。

「何ですか」
「タクミさんの事なんですけど……何か悩んでるみたいなんですが、貴方は知りませんか?」
「悩みですか。人は、誰でも悩みがあるでしょう」

大なり小なり、人間は何かしらの悩みを抱えている。どれもこれも自分本位な──金の事や人間関係、仕事など様々だ──もので、過去に話を聞かされた事は多々あったが、私がそれを解決出来る筈もない。結局のところ、自分自身でどうにかしなければならない問題ばかりだった。

「そうでしょうけど、教えてくれないんです」

三上はそう言って、膨れっ面になった。私からしてみれば──人間が悩みを打ち明けるのは、いわば弱味を吐露するようなものだ──早瀬タクミが悩みを教えてくれないのは、彼女が信頼に値しない人物なのだろう。
それに早瀬タクミ自身の悩みを、彼ではない私が知っている訳でも、話す道理もない。

「普通、悩みは他人に話さないものでしょう。貴方は家族ではないし、貴方も彼に話さないでしょう」

そう言うと、三上は薄い唇を噛み締めた。どうやら図星だったらしい。

「私の悩みは、話したからと言って、どうにかなるようなものじゃないんです」

こうやって自分の悩みを理解している人間は少ないので、私は思わず、ほぅ、と言っていた。

「貴方から、それとなく聞き出してもらえませんか?」
「私から、どうして。貴方にも話さないような事を、私には話すと言う確信でもあるんですか」

そう尋ねると、三上は再び歩き出した。私はその後を追う。

「男同士の方が、話しやすいかも知れないでしょ?」

チラと振り返った彼女の目は、何がなんでも聞き出せ、と言っているように見えた。




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