死神とミュージシャン

たける

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6日目

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早瀬タクミは、人生最期の舞台を終えた。与えられた時間は、たった20分だったが、トークを交えて4曲披露した。そのうちの1曲は、田中アユムとの──と言うか死神との──ものだ。
出番が終わり袖に捌けると、三上がタオルを持って迎えてくれた。

「お疲れ様です」

心なしか、そう労ってくれた声が震えているように聞こえる。タクミはタオルを受け取りながら、思わず、どうしたの、と尋ねた。

「感動しました……」
「え?本当?」
「はい」

初めて、三上から聞いた言葉に、タクミは戸惑った。死神は、他の出演者に囲まれている。

「は……初めて聞くなぁ!」
「私も、初めて言います」
「やっと俺の魅力に気づいた?」

茶化すように言うと、睨まれた。だがその目は、少し潤んでいる。

「タクミさんの歌は、ずっと聞いてきましたけど、今日は何と言うか……胸に迫るものを感じたと言うか……」

次の出演者の為に出入口から少し離れると、辺りは薄暗かった。それにスタッフも忙しなく働いていて、取り敢えず控え室に戻る事にした。
2人して控え室に向かう通路を歩いていると、次の演奏が始まる音が漏れ聞こえてきた。

「そう言えばザ・トリプルズの出番は、ラストだっけ?」

沈黙に堪え切れず、タクミはそう尋ねた。

「あ……はい。確かそうです」

恐らくその出番も、社長の作戦なのだろう。タクミはいつも、ラストの出演者が終わるなり、さっさと帰っていたから。今回はそうはさせない、と言う、社長の見えない思惑が感じられる。
控え室に入ると、タクミはソファに座って煙草に火をつけた。三上は向かいのソファに腰掛けると、俯いて自身の爪先を見ている。

「なぁ、どうしたんだよ?」

タクミが尋ねると、三上は俯いたまま、あの、と、か細い声を漏らした。

「どうかしたのは、タクミさんじゃないんですか?何かあったんですか?」
「え……?」

心当たりに、一瞬動きが止まる。だがすぐ、何もないよと答えた。

「隠さないで話して下さい。私は貴方のマネージャーなんです、心身ともに、貴方を支えなければならないんです」

持ち上がった三上の目には──悲しみと怒りがない交ぜになった──複雑な色があった。タクミは灰を叩いて落とすと、そんな三上を見つめた。

「なぁんにもないって。逆に聞くけどさー、俺に何があったって言うの?」
「それが分からないから、お聞きしてるんです」
「大体、予測つけてんだろ?」

当たる筈はないが、そう聞いたタクミの声音は緊張し、幾分か低くなった。三上は再び俯き、膝上で小さな拳を握ると、失恋、と呟いた。

「失恋?俺が?」

なくはない。過去に幾度かは経験しているし、学生の頃には、ショックで立ち直れないと思った程、落ち込んだ時期もある。だが大人になった今、そんなに強く人を想う機会は減った。恋をしなくなった訳ではないが、付き合っても長続きしない。別れ話になっても、あぁそうか、と思うだけになっていた。

「そうです。以前タクミさん、女優の長淵タエコさんがお好きだと、言ってらしたでしょう?」
「あー……言ったよ。言ったけどさー、彼女とは何もないよ」

長淵タエコは──最近メディアに出るようになった──舞台女優だ。歳はタクミより3つ上で、冷たい印象を受ける美人だった。
そんな彼女を好きだと言ったのは、別に恋愛感情があったからではない。

「本当ですか?」
「ないよ。連絡先も知らないし、第一好みじゃない」

タクミの好みは──美人だとかそう言うのは関係なく──つい守ってあげたくなるような、可憐で儚い感じの女性だ。過去付き合ってきた女性も、そんな感じだった。

「じゃあ……何があったんです?」
「だからー!ないって言ってんじゃん」

死がもうすぐ訪れるとは、言えなかった。さっきの舞台が最期だったんだ、だから感情がいつもより乗っただけだ、とも言わなかった。

「そう……ですか……」

納得していないのは、すぐに分かった。だがタクミは、それ以上何も言わず、煙草を揉み消した。

「なぁ、アユム君、探してきてくれる?」

項垂れている三上に、タクミは出来るだけ優しい声音で頼んだ。三上は顔を上げると、分かりましたと言って出て行った。
1人になったタクミは、自身の肩を両腕で抱いた。もうすぐ人生が終わる。その事実が、独りになると寒気のようなものを伴い、思考を凍てつかせる。痛みのある最期なのだろうと言う、根拠のない考えに囚われ、いっそ、期限がくる前に、自身で楽な最期を遂げたらどうかと言う考えにもなった。

「もうすぐ死ぬ……」

そう呟いたが、涙は出なかった。




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