死神とミュージシャン

たける

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4日目

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文字を追う。耳は、早瀬タクミの爪弾くギターの音色──少し弾いては止め、紙に何かを書き込み、また弾くと言う作業の連続だ──を拾っていた。
早瀬タクミの残り時間は、あと3日だ。恐らく、人間で考えるととても短い時間になるのだろう。それを憂いているでもなく、むしろやる気が満ちている。充血した目は、そこから生命でも流れ出てくるように見開かれていた。
人間は、死の時間が決まると、こうして張り切るが、実際その時間が迫ると、死にたくないと我々に泣きついてくる。それまでのやる気に満ちた感情はどこにいったのだと思うぐらい憔悴し、途方に暮れ、死ぬ前から死んだようになってしまう者が多かった。
この早瀬タクミは、今でこそこうしているが、結局最期には同じ様になるのだろうと思っていた。

「よし!出来た!」

ペンを机に置いた早瀬タクミは、うーんと伸びをした。私は文庫本を閉じて、懐に仕舞った。

「さぁ、弾いてみようぜ」

ギターを抱える早瀬タクミの背後に、時計が見えた。
既に接触して、5時間は経過している。人間というものは──その他の生物にも当てはまる事だが──定期的に食事をしないといけない事は知っていた。だから私は、何か食べないのかと尋ねた。

「え?もうそんな時間?」

振り返って壁に張り付いている時計を見遣るなり、早瀬タクミはため息をつきながら首を振った。

「食べてる暇はないよ」
「栄養を摂取しなければ、体だけではなく、脳もうまく働かなくなるぞ」

つい、口から溢れてしまった。と言うのも、早瀬タクミを担当する前は老婆を担当し、そこで執事まがいの事をやらされたからだ。

「うーん……じゃあ、何か食べに行こう。それから、ちゃっちゃとやろうよ」

渋々腰を上げた早瀬タクミに続くが、私は何か食べなければならないと言う訳ではない。
揃って1階の喫茶室に入ると、ウェイトレスが早瀬タクミに声をかけた。

「あ、タクミさん。今日はお昼からじゃなかったんですか?」
「うん?ちょっとその前にやる事があってさー。俺は、カレーね。君は何にする?」

選ぶのも面倒なので、同じものをと答えると、ウェイトレスはニコリと笑って下がって行った。早瀬タクミは窓の外を眺め、さっきラジカセで流した曲を口ずさんでいる。

「昼から何をするんだ」
「曲の収録だよ。今練習してるやつをさー、録音するんだ」
「そうなのか。それは初めて経験するな」

多くの人間を担当してきたが、音楽を録音する、と言う事はなかったので、少し楽しみになった。

「それよりさー、これ、見てよ」

そう言ってテーブルに、さっき自身が書いていた楽譜を広げる。最初に書いていたものの上から、幾重にも訂正が施され、少し読み辛くなっていた。

「明日中には、これを収録しないといけないんだよ」
「どうしてだ。君の期限はまだ、3日あるのに」

カレーが運ばれてきて、会話は中断した。早瀬タクミは楽譜を折り畳むと、テーブルの隅に寄せた。

「まぁね。実際はそうなんだけどさー、スタジオの収録ブースを借りられる期限が、明日までなんだよ」

ウェイトレスが再び去ると、早瀬タクミは寂しそうな顔で教えてくれた。何にでも期限はあるものだな、と言おうとしたが、彼が食事を始めた──私も彼と同じペースで食事を終えなければならない──ので止めた。
無言でカレーを口に入れる作業を終えると、私達はまた、あの会議室に戻った。




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