死神とミュージシャン

たける

文字の大きさ
上 下
17 / 43
4日目

しおりを挟む
公園で朝陽を見た私は、読み終えた2冊目の文庫本──書店が閉まる前に、3冊だけ購入した──を閉じた。早瀬タクミに会いに行かなければ。果たして、最期に叶えたい望みが、思い浮かんだだろうか。どちらにしても、彼にはもう時間はない。どんな最期を迎えるにしても、その時にはきちんと見届けなければ。
公園を抜け、ジョギングをする男女とすれ違う。騒がしいので見上げると、電線に雀が連なっていて、どこに食事に行くか相談していた。
大通りを横断しようと信号待ちをしていた時、目の前にタクシーが停車した。呼び止めてもいない上に、信号の手前で停車するのは、確かルール違反だった筈だ。文句を言う筋合いはないと信号の色を見ていると、後部座席の窓がスルスルと下りた。

「おぉい!」

呼ばれてそちらに顔を向けると、早瀬タクミが手招きをしている。

「乗ってくれ!」

私が後部座席に乗り込むと、タクシーはウィンカーを出してゆっくり発進した。

「よかった、ちょうど君に頼みたい事があったんだ」

そう言って微笑する彼の目には、クマが出来ていた。まさか、徹夜で最期の願いを考えていたのだろうか。

「頼みと言うのは、あれか。最期の願いか」
「あぁ、そうだよ」
「そうか。じゃあ聞くが、何を叶えたいんだ」
「それは着いてから話すよ」
「どこに行くんだ。スタジオだろう」
「そうなんだけどさ、ここではちょっと……」

語尾を濁した早瀬タクミは、チラと運転手の方を見た。
最期の願いは、他人に聞かれたくないものが大半だったので、私はそれ以上詮索しなかった。ただ、どのような願いなのだろうと、考えを巡らせる。
スタジオに到着するまで、私も早瀬タクミも口をきかなかった。





「ついてきて」

タクシーを降りるなり、早瀬タクミはそう言って足早にスタジオに入った。私はそれに続く。早朝のスタジオにはあまり人がいないようで、静まり返っていた。
早瀬タクミに案内されて入った部屋は広く──長机とパイプ椅子が並んだ──会議室みたいなところだった。ブラインドは下りていて薄暗く、私は取り敢えず近くの椅子に座った。

「そろそろ聞かせてもらおうか」

今朝読んだ小説に、そんな台詞があった。推理小説で、探偵役を担った主人公に向けられたものだ。

「ちょっと待って……」

椅子に座りもせず、何かを準備している早瀬タクミはそう言った。仕方がなく、もう少し待つ事にする。早瀬タクミは会議室の隅にあったラジカセを長机に乗せ、コンセントを繋ぎ、ジャンバーの胸ポケットからカセットテープを取り出した。

「これは、田中アユム君がラジオ局に持ち込んだものなんだ」
「それが君の願いに、関係あるのか」
「あるよ。これを、君とやりたいんだ」

私が首を傾げている間に、早瀬タクミは再生ボタンを押していた。ラジカセから、激しく掻き鳴らされるギターの音色が飛び出し、私はそれに聞き入った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

職業、死神

たける
キャラ文芸
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 死神とは、死期の近付いた人間に、それを知らせる伝達者。 また、夢の中で夢を叶える者。 1人の死神が、今日も仕事で人間の世界を訪れた。 そこで出会ったのは、今回担当する事になった若者と、同業者だったが……。 ※途中で同性(男同士)の性描写が少しだけ出てきます。また、残酷だと思われるような描写も少しだけ出てきます。 ご覧になる際は、上記の描写が大丈夫な方のみでお願いします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美
キャラ文芸
才能ある者が地下へ落とされる。 歪つな世界の物語。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

処理中です...