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ファイとの出会いを話したノッドは、彼の横顔を見つめた。猫目は驚きに見開かれ、動揺している。
言葉もないままハンドルを切り、図書館内の駐車場に入った。
「いつもの場所にはハンクが停めてる」
そう言ってやると、フィックスはハンクの隣に駐車した。そしてエンジンを切ると、暫く黙ってメーターを見つめていた。
その心中を読む事はたやすい。だが約束した。だから、彼の心は読まない事にしている。
「何だよ、黙ったまま」
もっと驚かせてやってもいい。自分は、10年後の未来を知っていると言ってやってもいい。だが、それはまだ黙っている。フィックスは未来を知る事を恐れていたから。
「えと……驚いて、何て言っていいか……」
苦笑している。
「何も言わなくていい。ただ、会いたい、なんて事は言わないでくれよ」
ノッドも苦笑し、シートベルトを外した。
「あぁ、言わないよ。言わない……」
フィックスもシートベルトを外すと、ドアを開けて車外に出た。
昼間の熱い陽射しが、またフィックスをのしてしまうのでは、とノッドは不安になったが、すぐに館内に入った為、それは杞憂に終わった。
「ストレイン博士はどこにいるんだろう……?」
そう呟きながらも、階段の脇を抜けて突き当たりにあるエレベーターへ向かうフィックスの後に、ノッドは続いた。
「フィックス……!」
頭上から声がし、2人して足を止めて見上げた。すると、ハンクが険しい顔で見下ろしていた。
「君、どうしてこんなところにいるんだ?しかもノッドと一緒なんて……!」
そう言いながら階段を駆け降りてくる。そしてフィックスの横に立つと、ハンクはその肩を掴んだ。
「どうして彼と一緒に外から入って来たんだ?ノッドは館内にいた筈だ」
眉間に深い皺を刻み、フィックスに尋問するハンクは、刑事には見えない。
「ハンク……痛い……!」
フィックスが僅かに顔を歪めると、ハンクは我に返ったような顔をして手を放した。
「すまない、フィックス」
「いや……それより、ストレイン博士は?彼に話があって来たんだ」
そう言いながら歩き出すフィックスは、真っ直ぐエレベーターに向かい、ボタンを押した。
「何の話があるんだ?君は解雇されたんだ。それを不等だと申し立てるつもりか?」
エレベーターが到着し、扉が開く。フィックスが慌てて乗り込み、ノッドも続く。そして扉を閉めようとすると、ハンクはその間に体を挟み、無理矢理乗り込んで来た。
「フィックス、君は俺の問いに答えていないぞ」
そう言ったハンクの背中で扉が閉まる。フィックスはボタンを押せないでいた。
「それは……」
代わりにハンクが内ポケットから鍵を取り出すと、ボタンの下の小さな扉を開いて地下へのボタンを押した。動き出すエレベーターに揺られ、フィックスが僅かに揺らめいた。
「あと、俺と付き合う話はどうしたかな……?」
こんな状況で話すような話題ではない。ノッドはフィックスに隠れて目を閉じ、ハンクの心を読んだ。
『行かせない。会わせない。渡さない。どうして分かってくれないんだ?俺には君だけなんだ』
「フィックス……君が好きなんだ」
そう呟きながらにじり寄るハンクは、もはやフィックスしか見ていない。まるでノッドはこの場所にいないかのようだ。
鬼気迫るようなハンクに、フィックスはたじろぎ、背中を壁にぶつけた。その両側へハンクが手をつき、行動範囲を無くす。
「おい、止めろよ……!」
そうノッドがハンクの肩を掴んでも、彼はびくともしない。
「ハンク……落ち着いてくれ……頼む」
「君を見て落ち着けないよ。愛してるんだ」
抵抗するフィックスにハンクが唇を重ねた瞬間、ノッドの怒りが噴き上がった。
「お前……!」
手を翳し、ハンクを扉へ吹き飛ばす。と、扉が運よく開き、彼は研究室の床を滑った。
「ハンク……!」
フィックスが慌ててエレベーターから降りた。ノッドも続いて降りると、研究室を見回した。
「どうかしたんですか?」
奥の部屋からストレインが出て来て、倒れているハンクを怪訝な顔で見遣った。
「これはケリー刑事。貴方は解雇した筈だが?」
「ストレイン博士、それについてお話が」
ハンクの体を起こしてやりながら、フィックスはストレインを見上げた。
ノッドは目を細めながらストレインの心を読んだ。
『邪魔だな、ケリー刑事。彼をどうにかしてしまわないと……』
「ストレイン……フィックスをどうするって?」
ノッドは目を丸くするストレインに歩み寄った。途中フィックスが止めようと手を差し出してきたが、それを弾いた。
もう我慢する必要はない。
欲しいものは手に入れる。
「ノッド、君……!」
気付いたのか?と聞こえ、笑みを浮かべる。
「あぁ、気付いたよ。お前達が俺に思い込ませていた事をな……!」
左手を払い、ストレインを研究機器にぶつける。派手な音を立ててひっくり返った研究者は、ぐったりと体を弛緩させた。
「うぅ……フィックス……奴は危険なんだ」
頭を押さえながらハンクが呟く。それを首を振ってフィックスは否定した。
「違う……!彼は危険なんかじゃない!」
「だったら!」
ハンクが大声を張り上げた。フィックスの肩が一瞬震える。
「だったら、何故奴は俺達を攻撃してくるんだ?そもそも、力なんて使える筈がないんだぞ……?」
フィックスを説得しようとしている。
「今言ったろ。あれはこいつらの策略だったんだ。俺に、リモコンで力を使えなくしてるからと、ずっと思い込ませてた……!本当はそんな事出来やしなかったんだ」
ずっと騙されていた。
損した気分だ。だが、いい。そうしてくれていたおかげで、フィックスと出会えたのだから。
それだけには礼を言ってやってもいい。
「ノッド……!落ち着いてくれ、なぁ、落ち着くんだ」
何故ノッドが怒りをあらわにしているか分からない、と言った困惑顔で、フィックスは立ち上がった。そしてノッドの前に立つと、困った顔でもう1度、落ち着いてと言った。
「落ち着いてるさ。これは俺の冷静な判断だ」
彼に笑みを見せてやりながら、左手を翳してストレインを立たせる。
「彼を放すんだ……!」
フィックスが言った。だがその頼みはきけない。
「俺は自由になる。10年なんて、待ってられるか」
ノッドがそう言うと、フィックスは顔をしかめた。
「10年……?」
「あぁ。10年経ったら、この研究所は無くなるんだ……!そして俺は自由になる。だがもう限界だ!お前と一緒にいられないなら、10年後に自由になったって意味がないんだ!今!今一緒にいたいんだ……!」
掌を握ると、ストレインの体が見えない何かに押し潰されたようにひしゃげ、口から血を吐いて絶命した。
「俺が今から潰してやる……!」
未来を変えてやる。そう強く願いながら、ノッドは笑った。
言葉もないままハンドルを切り、図書館内の駐車場に入った。
「いつもの場所にはハンクが停めてる」
そう言ってやると、フィックスはハンクの隣に駐車した。そしてエンジンを切ると、暫く黙ってメーターを見つめていた。
その心中を読む事はたやすい。だが約束した。だから、彼の心は読まない事にしている。
「何だよ、黙ったまま」
もっと驚かせてやってもいい。自分は、10年後の未来を知っていると言ってやってもいい。だが、それはまだ黙っている。フィックスは未来を知る事を恐れていたから。
「えと……驚いて、何て言っていいか……」
苦笑している。
「何も言わなくていい。ただ、会いたい、なんて事は言わないでくれよ」
ノッドも苦笑し、シートベルトを外した。
「あぁ、言わないよ。言わない……」
フィックスもシートベルトを外すと、ドアを開けて車外に出た。
昼間の熱い陽射しが、またフィックスをのしてしまうのでは、とノッドは不安になったが、すぐに館内に入った為、それは杞憂に終わった。
「ストレイン博士はどこにいるんだろう……?」
そう呟きながらも、階段の脇を抜けて突き当たりにあるエレベーターへ向かうフィックスの後に、ノッドは続いた。
「フィックス……!」
頭上から声がし、2人して足を止めて見上げた。すると、ハンクが険しい顔で見下ろしていた。
「君、どうしてこんなところにいるんだ?しかもノッドと一緒なんて……!」
そう言いながら階段を駆け降りてくる。そしてフィックスの横に立つと、ハンクはその肩を掴んだ。
「どうして彼と一緒に外から入って来たんだ?ノッドは館内にいた筈だ」
眉間に深い皺を刻み、フィックスに尋問するハンクは、刑事には見えない。
「ハンク……痛い……!」
フィックスが僅かに顔を歪めると、ハンクは我に返ったような顔をして手を放した。
「すまない、フィックス」
「いや……それより、ストレイン博士は?彼に話があって来たんだ」
そう言いながら歩き出すフィックスは、真っ直ぐエレベーターに向かい、ボタンを押した。
「何の話があるんだ?君は解雇されたんだ。それを不等だと申し立てるつもりか?」
エレベーターが到着し、扉が開く。フィックスが慌てて乗り込み、ノッドも続く。そして扉を閉めようとすると、ハンクはその間に体を挟み、無理矢理乗り込んで来た。
「フィックス、君は俺の問いに答えていないぞ」
そう言ったハンクの背中で扉が閉まる。フィックスはボタンを押せないでいた。
「それは……」
代わりにハンクが内ポケットから鍵を取り出すと、ボタンの下の小さな扉を開いて地下へのボタンを押した。動き出すエレベーターに揺られ、フィックスが僅かに揺らめいた。
「あと、俺と付き合う話はどうしたかな……?」
こんな状況で話すような話題ではない。ノッドはフィックスに隠れて目を閉じ、ハンクの心を読んだ。
『行かせない。会わせない。渡さない。どうして分かってくれないんだ?俺には君だけなんだ』
「フィックス……君が好きなんだ」
そう呟きながらにじり寄るハンクは、もはやフィックスしか見ていない。まるでノッドはこの場所にいないかのようだ。
鬼気迫るようなハンクに、フィックスはたじろぎ、背中を壁にぶつけた。その両側へハンクが手をつき、行動範囲を無くす。
「おい、止めろよ……!」
そうノッドがハンクの肩を掴んでも、彼はびくともしない。
「ハンク……落ち着いてくれ……頼む」
「君を見て落ち着けないよ。愛してるんだ」
抵抗するフィックスにハンクが唇を重ねた瞬間、ノッドの怒りが噴き上がった。
「お前……!」
手を翳し、ハンクを扉へ吹き飛ばす。と、扉が運よく開き、彼は研究室の床を滑った。
「ハンク……!」
フィックスが慌ててエレベーターから降りた。ノッドも続いて降りると、研究室を見回した。
「どうかしたんですか?」
奥の部屋からストレインが出て来て、倒れているハンクを怪訝な顔で見遣った。
「これはケリー刑事。貴方は解雇した筈だが?」
「ストレイン博士、それについてお話が」
ハンクの体を起こしてやりながら、フィックスはストレインを見上げた。
ノッドは目を細めながらストレインの心を読んだ。
『邪魔だな、ケリー刑事。彼をどうにかしてしまわないと……』
「ストレイン……フィックスをどうするって?」
ノッドは目を丸くするストレインに歩み寄った。途中フィックスが止めようと手を差し出してきたが、それを弾いた。
もう我慢する必要はない。
欲しいものは手に入れる。
「ノッド、君……!」
気付いたのか?と聞こえ、笑みを浮かべる。
「あぁ、気付いたよ。お前達が俺に思い込ませていた事をな……!」
左手を払い、ストレインを研究機器にぶつける。派手な音を立ててひっくり返った研究者は、ぐったりと体を弛緩させた。
「うぅ……フィックス……奴は危険なんだ」
頭を押さえながらハンクが呟く。それを首を振ってフィックスは否定した。
「違う……!彼は危険なんかじゃない!」
「だったら!」
ハンクが大声を張り上げた。フィックスの肩が一瞬震える。
「だったら、何故奴は俺達を攻撃してくるんだ?そもそも、力なんて使える筈がないんだぞ……?」
フィックスを説得しようとしている。
「今言ったろ。あれはこいつらの策略だったんだ。俺に、リモコンで力を使えなくしてるからと、ずっと思い込ませてた……!本当はそんな事出来やしなかったんだ」
ずっと騙されていた。
損した気分だ。だが、いい。そうしてくれていたおかげで、フィックスと出会えたのだから。
それだけには礼を言ってやってもいい。
「ノッド……!落ち着いてくれ、なぁ、落ち着くんだ」
何故ノッドが怒りをあらわにしているか分からない、と言った困惑顔で、フィックスは立ち上がった。そしてノッドの前に立つと、困った顔でもう1度、落ち着いてと言った。
「落ち着いてるさ。これは俺の冷静な判断だ」
彼に笑みを見せてやりながら、左手を翳してストレインを立たせる。
「彼を放すんだ……!」
フィックスが言った。だがその頼みはきけない。
「俺は自由になる。10年なんて、待ってられるか」
ノッドがそう言うと、フィックスは顔をしかめた。
「10年……?」
「あぁ。10年経ったら、この研究所は無くなるんだ……!そして俺は自由になる。だがもう限界だ!お前と一緒にいられないなら、10年後に自由になったって意味がないんだ!今!今一緒にいたいんだ……!」
掌を握ると、ストレインの体が見えない何かに押し潰されたようにひしゃげ、口から血を吐いて絶命した。
「俺が今から潰してやる……!」
未来を変えてやる。そう強く願いながら、ノッドは笑った。
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