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真夏のサバルは猛暑が続き、コンクリートの照り返しがきつく地面が揺らいで見える。
そんな景色を2階の閲覧室から見下ろしながら、1人ページをめくる。
ここにある書物は大体読んで、知識としてメモリーチップに保存されている。だがその殆どに触れた事はなく、物足りない。
窓の向こうに見える土を蹴る犬も、空を飛ぶ鳥も、彼は触った事がない。ただそれが、そう言う名称と外観をしている、と言う事は知っていた。
「ノッド、もう少ししたら下りてくるんだ」
威圧的に声をかけてきたのは、自分を作った研究者の1人、ストレインだ。禿げた頭と恰幅のいい体格を、階段の途中から覗かせている。
「分かってる」
見向きもせず答える。すると足音は遠退いて行った。
世界の鳥類、と言うのは、ノッドが好きな書物の1つで、最近は暇さえあれば、地下から抜け出して階上にある図書館に来て読んでいた。研究所はこのサバル図書館の地下にあり、住民達はそれを知らない。
ページをめくる度、黄色、緑、青等の、跳動的かつ鮮やかな鳥達がノッドを迎える。いつか、本当の鳥を見たい。
ふと、手が止まる。それはいつも決まったページだ。強烈な赤の色彩が目に飛び込み、手を止めずにはいられない。
──カーディナル。
そこに描かれているカーディナルは生き生きとし、美しい羽の一枚一枚が丁寧に描写され、今にもページから羽ばたかん勢いだ。
指先でそっとカーディナルを愛でてから、何度も読んだ文章に目を走らせる。
カーディナルとは、カトリック教会において教皇に次ぐ最高の行政職である枢機卿の意味を持つ。その由来は、緋色のガウンと赤い帽子を着た、枢機卿の姿に見立てて名付けられた。
「その囀りは強く動きは優雅。そして羽毛は鮮やかである、か……」
囀りや羽ばたく姿は、コンピュータを使えば見られる。だがそこに感動はない。
──いや、感動などどこにもない。
書物を閉じ立ち上がろうとした時、窓の向こうからエンジン音が聞こえてきた。
休館日の図書館に、一体何の用があるのだろう。そう思いながら見下ろすと、運転席からカーディナルが下りてきた。
まさか、と思い目を擦り再度見遣るが、その姿はもうベランダの下に隠れて見えなくなっていた。
──幻覚だろうか。
そう思いながら書物を棚へ戻していると、足早に誰か階段を駆け上がってくる。その足音は軽やかで、肥満体型のストレインではない。
棚の隙間から様子を伺っていると、やがて赤色が覗き始めた。
カーディナル……?いや、違う。閲覧室に姿を現したのは赤毛の男で、年齢にしてみれば40代と言ったところだろう。
「あれ……?おかしいな」
男は辺りを見回しながら呟いている。
「何か探してるのか?」
隠れたまま声をかける。すると男は多少驚いたものの、ゆっくりと棚へ近づいてきた。
「ストレイン博士を捜しているんだ。受付でこちらにいると聞いたんだが……」
棚を挟んだ向こうに男が立っている。
赤色が美しく栄えるような肌の白さ。そして華奢な体型。日頃肥満体型の研究者しか見ていないノッドには、それが真新しい人種に見えた。
「ストレインならいない」
「そうか……だが、12時に来てくれと言われたんだ」
腕時計を、俯いて見遣る男の長い睫毛が、頬骨に影を落とした。
「お前が護衛を頼んだ奴か?」
昨夜ストレインを中心に5人の研究者が集まり、ノッドに護衛をつける、と言う話をしていた。自分にそんな大層なものは必要ない、と断ったが、彼等はリモコンを取り出しながらノッドを睨んだ。
そのリモコンは、ノッドが能力を悪用しないようにと作られたもので、それのスイッチは今OFFになっている。そうする事で、ノッドは世界一優秀なサイボーグではなく、ただ、記憶力の優れたサイボーグへと成り下がっていた。
様々な能力はあるが、まだどれも使った事はない。
「あぁ、そうだ。申し遅れたけが……私はサバル警察署のフィックス・ケリーだ」
はにかむ笑顔を見ながら、ノッドは棚から姿を覗かせた。と、フィックスと視線が絡む。
「俺は……」
「ノッド!どうして下りて来ないんだ!」
ストレインが怒り足で階段を上がってくる。気まずい空気にフィックスを見遣ったが、彼は微笑んでいた。
「君がノッド君だね」
そんな景色を2階の閲覧室から見下ろしながら、1人ページをめくる。
ここにある書物は大体読んで、知識としてメモリーチップに保存されている。だがその殆どに触れた事はなく、物足りない。
窓の向こうに見える土を蹴る犬も、空を飛ぶ鳥も、彼は触った事がない。ただそれが、そう言う名称と外観をしている、と言う事は知っていた。
「ノッド、もう少ししたら下りてくるんだ」
威圧的に声をかけてきたのは、自分を作った研究者の1人、ストレインだ。禿げた頭と恰幅のいい体格を、階段の途中から覗かせている。
「分かってる」
見向きもせず答える。すると足音は遠退いて行った。
世界の鳥類、と言うのは、ノッドが好きな書物の1つで、最近は暇さえあれば、地下から抜け出して階上にある図書館に来て読んでいた。研究所はこのサバル図書館の地下にあり、住民達はそれを知らない。
ページをめくる度、黄色、緑、青等の、跳動的かつ鮮やかな鳥達がノッドを迎える。いつか、本当の鳥を見たい。
ふと、手が止まる。それはいつも決まったページだ。強烈な赤の色彩が目に飛び込み、手を止めずにはいられない。
──カーディナル。
そこに描かれているカーディナルは生き生きとし、美しい羽の一枚一枚が丁寧に描写され、今にもページから羽ばたかん勢いだ。
指先でそっとカーディナルを愛でてから、何度も読んだ文章に目を走らせる。
カーディナルとは、カトリック教会において教皇に次ぐ最高の行政職である枢機卿の意味を持つ。その由来は、緋色のガウンと赤い帽子を着た、枢機卿の姿に見立てて名付けられた。
「その囀りは強く動きは優雅。そして羽毛は鮮やかである、か……」
囀りや羽ばたく姿は、コンピュータを使えば見られる。だがそこに感動はない。
──いや、感動などどこにもない。
書物を閉じ立ち上がろうとした時、窓の向こうからエンジン音が聞こえてきた。
休館日の図書館に、一体何の用があるのだろう。そう思いながら見下ろすと、運転席からカーディナルが下りてきた。
まさか、と思い目を擦り再度見遣るが、その姿はもうベランダの下に隠れて見えなくなっていた。
──幻覚だろうか。
そう思いながら書物を棚へ戻していると、足早に誰か階段を駆け上がってくる。その足音は軽やかで、肥満体型のストレインではない。
棚の隙間から様子を伺っていると、やがて赤色が覗き始めた。
カーディナル……?いや、違う。閲覧室に姿を現したのは赤毛の男で、年齢にしてみれば40代と言ったところだろう。
「あれ……?おかしいな」
男は辺りを見回しながら呟いている。
「何か探してるのか?」
隠れたまま声をかける。すると男は多少驚いたものの、ゆっくりと棚へ近づいてきた。
「ストレイン博士を捜しているんだ。受付でこちらにいると聞いたんだが……」
棚を挟んだ向こうに男が立っている。
赤色が美しく栄えるような肌の白さ。そして華奢な体型。日頃肥満体型の研究者しか見ていないノッドには、それが真新しい人種に見えた。
「ストレインならいない」
「そうか……だが、12時に来てくれと言われたんだ」
腕時計を、俯いて見遣る男の長い睫毛が、頬骨に影を落とした。
「お前が護衛を頼んだ奴か?」
昨夜ストレインを中心に5人の研究者が集まり、ノッドに護衛をつける、と言う話をしていた。自分にそんな大層なものは必要ない、と断ったが、彼等はリモコンを取り出しながらノッドを睨んだ。
そのリモコンは、ノッドが能力を悪用しないようにと作られたもので、それのスイッチは今OFFになっている。そうする事で、ノッドは世界一優秀なサイボーグではなく、ただ、記憶力の優れたサイボーグへと成り下がっていた。
様々な能力はあるが、まだどれも使った事はない。
「あぁ、そうだ。申し遅れたけが……私はサバル警察署のフィックス・ケリーだ」
はにかむ笑顔を見ながら、ノッドは棚から姿を覗かせた。と、フィックスと視線が絡む。
「俺は……」
「ノッド!どうして下りて来ないんだ!」
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「君がノッド君だね」
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