Love Monster

たける

文字の大きさ
上 下
2 / 36
1.

しおりを挟む
真夏のサバルは猛暑が続き、コンクリートの照り返しがきつく地面が揺らいで見える。
そんな景色を2階の閲覧室から見下ろしながら、1人ページをめくる。
ここにある書物は大体読んで、知識としてメモリーチップに保存されている。だがその殆どに触れた事はなく、物足りない。
窓の向こうに見える土を蹴る犬も、空を飛ぶ鳥も、彼は触った事がない。ただそれが、そう言う名称と外観をしている、と言う事は知っていた。

「ノッド、もう少ししたら下りてくるんだ」

威圧的に声をかけてきたのは、自分を作った研究者の1人、ストレインだ。禿げた頭と恰幅のいい体格を、階段の途中から覗かせている。

「分かってる」

見向きもせず答える。すると足音は遠退いて行った。
世界の鳥類、と言うのは、ノッドが好きな書物の1つで、最近は暇さえあれば、地下から抜け出して階上にある図書館に来て読んでいた。研究所はこのサバル図書館の地下にあり、住民達はそれを知らない。
ページをめくる度、黄色、緑、青等の、跳動的かつ鮮やかな鳥達がノッドを迎える。いつか、本当の鳥を見たい。
ふと、手が止まる。それはいつも決まったページだ。強烈な赤の色彩が目に飛び込み、手を止めずにはいられない。


──カーディナル。


そこに描かれているカーディナルは生き生きとし、美しい羽の一枚一枚が丁寧に描写され、今にもページから羽ばたかん勢いだ。
指先でそっとカーディナルを愛でてから、何度も読んだ文章に目を走らせる。

カーディナルとは、カトリック教会において教皇に次ぐ最高の行政職である枢機卿の意味を持つ。その由来は、緋色のガウンと赤い帽子を着た、枢機卿の姿に見立てて名付けられた。

「その囀りは強く動きは優雅。そして羽毛は鮮やかである、か……」

囀りや羽ばたく姿は、コンピュータを使えば見られる。だがそこに感動はない。


──いや、感動などどこにもない。


書物を閉じ立ち上がろうとした時、窓の向こうからエンジン音が聞こえてきた。
休館日の図書館に、一体何の用があるのだろう。そう思いながら見下ろすと、運転席からカーディナルが下りてきた。
まさか、と思い目を擦り再度見遣るが、その姿はもうベランダの下に隠れて見えなくなっていた。


──幻覚だろうか。


そう思いながら書物を棚へ戻していると、足早に誰か階段を駆け上がってくる。その足音は軽やかで、肥満体型のストレインではない。
棚の隙間から様子を伺っていると、やがて赤色が覗き始めた。
カーディナル……?いや、違う。閲覧室に姿を現したのは赤毛の男で、年齢にしてみれば40代と言ったところだろう。

「あれ……?おかしいな」

男は辺りを見回しながら呟いている。

「何か探してるのか?」

隠れたまま声をかける。すると男は多少驚いたものの、ゆっくりと棚へ近づいてきた。

「ストレイン博士を捜しているんだ。受付でこちらにいると聞いたんだが……」

棚を挟んだ向こうに男が立っている。
赤色が美しく栄えるような肌の白さ。そして華奢な体型。日頃肥満体型の研究者しか見ていないノッドには、それが真新しい人種に見えた。

「ストレインならいない」
「そうか……だが、12時に来てくれと言われたんだ」

腕時計を、俯いて見遣る男の長い睫毛が、頬骨に影を落とした。

「お前が護衛を頼んだ奴か?」

昨夜ストレインを中心に5人の研究者が集まり、ノッドに護衛をつける、と言う話をしていた。自分にそんな大層なものは必要ない、と断ったが、彼等はリモコンを取り出しながらノッドを睨んだ。
そのリモコンは、ノッドが能力を悪用しないようにと作られたもので、それのスイッチは今OFFになっている。そうする事で、ノッドは世界一優秀なサイボーグではなく、ただ、記憶力の優れたサイボーグへと成り下がっていた。
様々な能力はあるが、まだどれも使った事はない。

「あぁ、そうだ。申し遅れたけが……私はサバル警察署のフィックス・ケリーだ」

はにかむ笑顔を見ながら、ノッドは棚から姿を覗かせた。と、フィックスと視線が絡む。

「俺は……」
「ノッド!どうして下りて来ないんだ!」

ストレインが怒り足で階段を上がってくる。気まずい空気にフィックスを見遣ったが、彼は微笑んでいた。

「君がノッド君だね」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Love Trap

たける
BL
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 【あらすじ】 【Love Monster】のその後の物語。 ノッドからメモリーチップを受け取ったフィックスだったが、ストレイン博士に呼び出され、ハンクと図書館へ向かうなり事故に遭ってしまう。 何とか一命を取り留めたハンクだったが、フィックスは事故で死んでいた。 ストレインの目的を知ったハンクは、フィックスの代わりにノッドを目覚めさせる事を決意するが…… フィックスシリーズ完結です。 ※BL描写があります。苦手な方はご遠慮下さい。 宇宙大作戦が大好きで、勢いで書きました。模倣作品のようですが、寛容な気持ちでご覧いただけたら幸いです。

甘味、時々錆びた愛を

しろみ
BL
両親を失い、引き取られた親戚にDVをされていたアルビノの少年、一宮國弘(イチミヤ クニヒロ)は家から飛び出し、倒れてしまう。 彼を助けた研究者、霧夜(キリヤ)と真理亜(マリア)の提案により、彼等の家で働くようになるが、この2人にはある秘密があった。 謎が多いだらしない非常勤講師且つ研究者の霧夜と、見た目がコンプレックスのクーデレアルビノ男子の國弘が、お互いに歩み寄りながら人間らしく生きたい話。 他登場人物、CPもあります。 基本は甘々、たまに過激。 (※一部性描写含みます。性描写、過激な描写のあるものは*がついています)

Dark Moon

たける
BL
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 【あらすじ】 自分では死ぬ事が出来ないサイボーグ、ノッドは、恋人を失い1人きりで生きてきた。だがある日、その恋人の名前を知るリタルド人ファイの存在を知り、接触する事にするが…… 変わる過去。変わらない未来。 ノッドとファイの関係は……? ※BL描写があります。苦手な方はご遠慮下さい。 宇宙大作戦が大好きで、勢いで書きました。模倣作品のようですが、寛容な気持ちでご覧いただけたら幸いです。

ニートの俺がサイボーグに改造されたと思ったら異世界転移させられたンゴwwwwwwwww

刺狼(しろ)
ファンタジー
ニートの主人公は一回50万の報酬を貰えるという治験に参加し、マッドサイエンティストの手によってサイボーグにされてしまう。 さらに、その彼に言われるがまま謎の少女へ自らの血を与えると、突然魔法陣が現れ……。 という感じの話です。 草生やしたりアニメ・ゲーム・特撮ネタなど扱います。フリーダムに書き連ねていきます。 小説の書き方あんまり分かってません。 表紙はフリー素材とカスタムキャスト様で作りました。暇つぶしになれば幸いです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

純白のレゾン

雨水林檎
BL
《日常系BL風味義理親子(もしくは兄弟)な物語》 この関係は出会った時からだと、数えてみればもう十年余。 親子のようにもしくは兄弟のようなささいな理由を含めて、少しの雑音を聴きながら今日も二人でただ生きています。

エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~

ロクマルJ
SF
百万年の時を越え 地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時 人類の文明は衰退し 地上は、魔法と古代文明が入り混じる ファンタジー世界へと変容していた。 新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い 再び人類の守り手として歩き出す。 そして世界の真実が解き明かされる時 人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める... ※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが  もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います  週1話のペースを目標に更新して参ります  よろしくお願いします ▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼ イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です! 表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました 後にまた完成版をアップ致します!

処理中です...