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第3章
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翌朝、ジェシカにはマイケル・グリードの件を担当した刑事から資料を見せて貰う事にし、ローレンは1人検死医達の休憩室を訪れていた。
「おはようございます。ちょっとお聞きしたいのですが」
休憩室には馴染みのパシッシュはおらず、ベテランのジェイ・スワロウがいるだけだった。
「あぁ、いいとも。何かね?」
白髪のスワロウは、眼鏡を曇らせながらコーヒーを啜った。
「先月、ナシャンテ通りの裏路地でマイケル・グリードと言う青年の遺体が発見されたそうですが、その解剖は誰が担当されたんでしょうか?」
そうローレンが尋ねると、スワロウは私だ、と答えた。
「あぁ、そうだったんですね。では、遺体の状況等を詳しく教えて頂きたいのですが……」
グリードは先週発見されたナターシャの客の1人で──ビリーが2人の仲介役をしていた──事によれば、犯人は同一人物かも知れない。
「構わないよ。まぁ、かけたまえ」
並んでソファに腰掛けると、スワロウは少し涸れた声でゆっくりと話し出した。
「グリードの死因は、ヘロインの過剰摂取による自殺だ。注射痕は1ヶ所だけだったから、常習者ではない」
だが暴行を受けていたのか、腹部や背中に複数の痣が──時間が経過したものもあれば、真新しいものもあった──認められたものの、注射痕も含むそれら全てが、生活反応──外傷部にみられる皮下出血、炎症性の発赤・腫脹、化膿など、生きている時にだけおこるさまざまな反応の事で、これは死体に外傷を加えても生じない──がある時につけられたものだった。
「その他、着衣の乱れもなかったし、病気もなかった。それに血液検査の結果にも不審な点がなかったから、自殺だと診断したんだ」
──自殺……?
にわかに信じられない。担当刑事が正当に捜査したのだろうが、ローレンにはうまく消化出来なかった。それが顔に出ていたのか、スワロウが鼻先で笑う。
「ふん、疑うか?担当刑事も最初疑っていたみたいだが、現場からは不審な足跡も、逃げた人物も見つからなかったらしい。それに」
そこまで言ってコーヒーを飲み干すと、スワロウは空になったカップをテーブルへ置いた。
「暴行の痕跡だがね。調書にも書いてあるが、マイケル・グリードはハイスクールで虐めを受けていたんだよ」
──虐めによる自殺なのだろうか……?
どのような捜査をしたのかは、やはり調書を読まなければならないようだ。
まだ何か、と言いた気なスワロウが、眼鏡を軽く持ち上げる。
「あ……ありがとうございました」
そう言って休憩室を出たローレンは、エレベーターに乗り込み、11階へ上がった。
フロアを抜けてデスクに向かうと、ジェシカが書類を真剣に読んでいるところだった。
「そっちはどうだった?」
顔も上げずに尋ねる彼女のデスクへと、自分の椅子を運び、腰掛ける。
「自殺だったって」
「調書にも書いてるわ。ナターシャ・メロウにも話を聞いてるみたいだけど、彼女はグリードの死に関わってないみたい」
読み終えた書類をローレンへ手渡し、ジェシカはマイカップを持って立ち上がった。その間に書類へと目を走らせると、当時のメロウには事件発生時刻にはアリバイがあり、それも捜査によって裏付けられている。
「参ったなぁ」
「ねぇ、マイケル・グリードの件なんだけど」
カップを手にデスクへ戻ったジェシカは、調書の続きをローレンの前に差し出した。
「マイケルには、デニスって言う兄がいるんだけど、彼が弟の死について、何度も調べ直して欲しいって言いに来てたみたいなの」
突然の死を受け入れられない家族は多い。涙ながらに訴えられても、事実は変わる事はない。そんな時、とても悲しい気持ちになる。
──自殺なんかしない。
──誰かが殺したんだ。
──犯人を逮捕してくれ。
ローレンも過去に幾度か、そう言われた経験があった。だが、いくら再捜査をしても結果は同じで、それを家族へ報告に行く時は足が鉛に変わったように重くなったものだ。
きっとデニスも弟の死が受け入れられないのだ。
「メロウについて何か知ってるかも知れないね。話を聞きに行ってみよう」
そう言ったローレンの提案に、ジェシカは賛成した。
「おはようございます。ちょっとお聞きしたいのですが」
休憩室には馴染みのパシッシュはおらず、ベテランのジェイ・スワロウがいるだけだった。
「あぁ、いいとも。何かね?」
白髪のスワロウは、眼鏡を曇らせながらコーヒーを啜った。
「先月、ナシャンテ通りの裏路地でマイケル・グリードと言う青年の遺体が発見されたそうですが、その解剖は誰が担当されたんでしょうか?」
そうローレンが尋ねると、スワロウは私だ、と答えた。
「あぁ、そうだったんですね。では、遺体の状況等を詳しく教えて頂きたいのですが……」
グリードは先週発見されたナターシャの客の1人で──ビリーが2人の仲介役をしていた──事によれば、犯人は同一人物かも知れない。
「構わないよ。まぁ、かけたまえ」
並んでソファに腰掛けると、スワロウは少し涸れた声でゆっくりと話し出した。
「グリードの死因は、ヘロインの過剰摂取による自殺だ。注射痕は1ヶ所だけだったから、常習者ではない」
だが暴行を受けていたのか、腹部や背中に複数の痣が──時間が経過したものもあれば、真新しいものもあった──認められたものの、注射痕も含むそれら全てが、生活反応──外傷部にみられる皮下出血、炎症性の発赤・腫脹、化膿など、生きている時にだけおこるさまざまな反応の事で、これは死体に外傷を加えても生じない──がある時につけられたものだった。
「その他、着衣の乱れもなかったし、病気もなかった。それに血液検査の結果にも不審な点がなかったから、自殺だと診断したんだ」
──自殺……?
にわかに信じられない。担当刑事が正当に捜査したのだろうが、ローレンにはうまく消化出来なかった。それが顔に出ていたのか、スワロウが鼻先で笑う。
「ふん、疑うか?担当刑事も最初疑っていたみたいだが、現場からは不審な足跡も、逃げた人物も見つからなかったらしい。それに」
そこまで言ってコーヒーを飲み干すと、スワロウは空になったカップをテーブルへ置いた。
「暴行の痕跡だがね。調書にも書いてあるが、マイケル・グリードはハイスクールで虐めを受けていたんだよ」
──虐めによる自殺なのだろうか……?
どのような捜査をしたのかは、やはり調書を読まなければならないようだ。
まだ何か、と言いた気なスワロウが、眼鏡を軽く持ち上げる。
「あ……ありがとうございました」
そう言って休憩室を出たローレンは、エレベーターに乗り込み、11階へ上がった。
フロアを抜けてデスクに向かうと、ジェシカが書類を真剣に読んでいるところだった。
「そっちはどうだった?」
顔も上げずに尋ねる彼女のデスクへと、自分の椅子を運び、腰掛ける。
「自殺だったって」
「調書にも書いてるわ。ナターシャ・メロウにも話を聞いてるみたいだけど、彼女はグリードの死に関わってないみたい」
読み終えた書類をローレンへ手渡し、ジェシカはマイカップを持って立ち上がった。その間に書類へと目を走らせると、当時のメロウには事件発生時刻にはアリバイがあり、それも捜査によって裏付けられている。
「参ったなぁ」
「ねぇ、マイケル・グリードの件なんだけど」
カップを手にデスクへ戻ったジェシカは、調書の続きをローレンの前に差し出した。
「マイケルには、デニスって言う兄がいるんだけど、彼が弟の死について、何度も調べ直して欲しいって言いに来てたみたいなの」
突然の死を受け入れられない家族は多い。涙ながらに訴えられても、事実は変わる事はない。そんな時、とても悲しい気持ちになる。
──自殺なんかしない。
──誰かが殺したんだ。
──犯人を逮捕してくれ。
ローレンも過去に幾度か、そう言われた経験があった。だが、いくら再捜査をしても結果は同じで、それを家族へ報告に行く時は足が鉛に変わったように重くなったものだ。
きっとデニスも弟の死が受け入れられないのだ。
「メロウについて何か知ってるかも知れないね。話を聞きに行ってみよう」
そう言ったローレンの提案に、ジェシカは賛成した。
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