道化の情

第１章

１─４

ひっそりとした解剖室に降りると、馴染みの検死医が別件の遺体解剖を終えたところだった。

「どうも。あの、今少しいいですか？」

薄暗い室内には検死医と、遺体となった男性しかいない。

「あぁ、勿論いいとも。ナターシャ・メロウの件で、君に新しく報告をしようと思っていたところさ」

ゴム手袋を外したマリアン・パシッシュ検死医は、そう言って細い眉毛を軽く掻いた。

「新しい報告、ですか？」

ローレンは報告書を一瞥してから、パシッシュに視線を戻した。すると彼女は、解剖室から出るよう指で示してくる。それに従いローレンも解剖室を出ると、フロアの明かりが眩しく目に映った。

「ナターシャがつけてたスカーフから見つかったあれ、ペンキじゃなくてドーランだったよ」

解剖室に隣接しているこの部屋は、ソファと小さなテーブル、そしてテレビしかない、検死医達の休憩室だった。

「ドーラン？」

ローレンが尋ねると、パシッシュは頷いた。
ドーランとは化粧品の一種で、主に舞台や演劇や仮装等の用途に使われる、油性練り白粉の事だ。

「だけど、彼女が付けてたのは市販されてるファンデーションだった。だとしたら、犯人が付けてたのかも知れないね」
「そうですね……他に、犯人に繋がる証拠はありましたか？」

ソファに腰掛け、パシッシュがハンガーフックにかけてある白衣を羽織るのを見遣った。細身で長身な彼女は、悪戯っ子のように微笑すると、人差し指を立てた。

「あったんですね？」

期待に腰を浮かせると、パシッシュはローレンの横に座った。

「おや？目がキラキラしてますな、ローレン刑事」
「何なんですか？ドーラン以外の証拠って」

座り直し彼女を見つめると、パシッシュは難しい顔になった。

「うーん。あんまり期待するなよ、言い難くなるじゃないか」

そう言って白衣のポケットを探ったパシッシュは、飴を取り出し口に放り込んだ。

「スカーフに、僅かだが口紅の跡が残っててね。そこからDNAが取れたんだ。まだ過去の犯罪歴と照合してないんだ。君にそれは任せるよ」

少しだけ視界が開けた気がしたローレンは、素早く立ち上がるとパシッシュに礼を言って休憩室を飛び出した。