道化の情

たける

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第1章

1─2

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築数十年は経っていると推測されるマンションの入口には、男子禁制!と書かれた錆びた看板がかかっていた。それを見遣りながら門を潜り、管理人室の窓を叩く。すると、小さな窓を開けたのは──60代だと思われる──小太りの女性だった。

「アンタ……!表の看板が見えなかったのかい?」

そう言われ、ローレンは警察手帳を見せながら微笑した。

「ここに、ナターシャ・メロウが住んでると思うんですが、彼女についていくつか質問させて下さい」

手帳を見た途端、管理人は媚びるような目になり、慌てて管理人室から出て来た。

「あらぁ、刑事さんだったの?ごめんなさいね」
「いえ、いいんです」

そう言って手帳を仕舞うと、ローレンは管理人を見下ろした。

「ナターシャが、ついに何かしでかしたのかい?」

管理人の顔が煙たいものに変わり、ローレンは彼女が疎まれていた事を感じた。

「いえいえ。彼女は今朝早くに、何者かに殺害されたんです。それで、彼女の交遊関係等を伺いたくて。あと、出来たら部屋も見せて頂けませんか?」

そう言うなり管理人の顔は野次馬のようなそれへと変わり、深く頷いた。そして管理人室へ取って返すと、カードを1枚──どうやらそれが、マスターキーらしい──持って出て来る。

「あの子、殺されたのかい……!」

先を歩き、エレベーターのボタンを押した管理人は、好奇心に目を輝かせていた。

「彼女、仕事は何を?」

ローレンに代わり、ジェシカが質問した。その顔は険しく、どうやらカフェインが切れてきたようだ。
ジェシカは重度のカフェイン中毒な為、コーヒーは欠かせない。そんな上司の為に自動販売機を探すが、残念ながら見つからなかった。

「売春よ。毎晩街角に立ってたわ」

エレベーターが到着し3人で乗り込む。管理人は4階のボタンを押すと、ため息を漏らした。

「毎晩じゃないけど、頻繁にマンションの前で男と別れていたわ。揉めてる感じはないんだけど、うち、男子禁制でしょ?いつ連れ込んできやしないかと、冷や冷やしてたのよ」

4階に到着し、管理人を先頭にエレベーターを下りる。廊下は早朝の為に静かだった。
2つ扉を行き過ぎてから、403と書かれた部屋で足を止めると、管理人は持っていたカードを扉脇にある機器にスライドさせた。

「と言う事は、彼女は誰も部屋に上げてないんですね?」

ローレンがそう尋ねると、管理人は唸った。
部屋に入ると、僅かに香を焚いたような甘い匂いがする。

「男はね。けどこの1ヶ月、頻繁に友達を泊まらせてたみたいなんだよ」

それは若者にはありがちな事だろう。

「と言うと?」

彼女はバイセクシャルだったのだろうか?そう言った意味を込めてローレンが尋ねると、管理人は、どうだかね、と呟いた。

「毎回同じ子なんだけど、化粧の濃い子でね」
「その友達の特徴とか、覚えてますか?」

ジェシカが尋ねる。その間、ローレンは部屋を観察する為にゴム手袋をした。
若い女性が暮らしていた割に質素な部屋は、何の飾りもなかった。写真すらなく、ジュエリーボックスもない。あるのはシングルベッドとクローゼット。そして化粧台に小さな丸テーブルだけだ。カーテンもモノトーンで落ち着いている。

「では、後でナシャンテ署の11階にある殺人課に来て似顔絵を作成してもらって下さい」
「分かったよ。じゃあ、カードは後で返しておくれよね」

そう言ってジェシカにカードを手渡した管理人は、ゆったりとした動作で部屋を出て行こうとしたが、扉を潜ろうとした瞬間その足を止めて2人を振り返った。

「あぁ、思い出したんだけど、ナターシャはその子の事をミカルって呼んでたよ」
「ミカル……?」

ジェシカが手帳にその名前を記した。

「他に、何か思い出した事はありますか?」
「そうねぇ……そう言えば、その子の声を聞いた事はないね。そのぐらいかしら」
「ありがとうございます」

そうジェシカが言うと、管理人は今度こそ部屋を出て行った。廊下を管理人の足音が聞こえなくなってから、ジェシカがローレンを見遣ってくる。

「男を変装させて部屋に入れてたのかもね」
「その可能性はあるね」

ジェシカが言い、ローレンもそれに賛同した。と、クローゼットの隅に小さな鉄製の箱を見つけた。それを手に取り蓋を開けると、中には小さな包みが2つ入っていた。

「風邪薬じゃなさそうね」

そうジェシカが言い、ローレンが慎重に包みを開いた中身は、無色の粉末だった。

「これも鑑識に回そう」

丁寧に包みを箱に戻し、蓋を閉じたローレンは、薬に手を出しているから裕福ではないのだと感じた。クローゼットにある服はほとんどが安物で、ブランド物は数えられる程だ。
遺体で発見された時に彼女が着ていたのは、そんな数少ないブランド物の1着だった。

「彼女は、ミカルに惚れてたみたいだね」

ローレンはそう言った。それは事実に近いだろう。

「じゃあ、それを鑑識に回してから検死結果が出るまで、朝食にしない?」

ジェシカはそう言ってカップを持つ仕種を見せた。





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