Prisoner

たける

文字の大きさ
上 下
53 / 75
第10章

2.

しおりを挟む
翌日目が覚めたのは、昼を回ってからだった。
クレイズはセーターにジーパンを履き、コートを羽織ると、階段を下りてリビングに入った。

「おはようございます、クレイズ様。何か召し上がられますか?」

窓を拭いていたロゼが振り返ってそう言った。
昨夜は夕食を取っていなかった為、空腹を感じている。

「そうだなぁ……軽く何か食べたい」

そう言ってテーブルにつくと、ロゼはただ今、と言ってキッチンへと向かった。
ドーズの姿は起きた時にはもうなかった。ただ、温もりだけが残っていた。
ゲイナーの見舞いに行くつもりのクレイズは、綺麗に拭かれている窓を眺めた。
天気はいい。だが、風はまだ冷たそうだった。

「クロワッサンと、ミルクティーです」

キッチンから戻ったロゼは、そう言いながら料理をクレイズの前に置いた。

「ありがとう」

そう言ってからクレイズが食べ出すと、ロゼは窓拭きの作業に戻った。

「見舞いには、何が喜ばれると思う?」

クロワッサンを頬張りながらそう尋ねると、背中からロゼの声がした。

「本部長のお見舞いですか?でしたら、無難にお花なんかいかがですか?」
「花か……そうだな、いいかも知れん、花にしよう」

ミルクティーに息を吹き掛けながら啜った。


──花なら、バラにしよう。


そう決め、3つ目のクロワッサンを口に放り込むと、それをミルクティーで流し込んでから立ち上がった。

「じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて」

クレイズは屋敷を出た。
2月の冷たい風に吹かれながらタクシーを捕まえ、目的地を告げる。静かにタクシーは走りだし、病院へと向かった。途中花屋に立ち寄ってもらいバラの花束を購入すると、運転手は微笑んでいた。





ノックして入った病室には、すでに花が飾られていた。

「何だ、誰か来てたのか?」

そう言いながらゲイナーに歩み寄ると、花束を見せた。

「さっきまで妻が来ていたんだよ」
「ふーん。そうか。もう、花瓶はないのか?」

部屋を見渡すが、花瓶はない。

「ナースセンターに行けば、貸してくれるかも知れないぞ?」

ゲイナーがそう言うので、クレイズはナースセンターへ向かった。病室を出て右に曲がり、廊下を10歩ほど歩くと、ナースセンターだ。看護婦が何人かいて、デスクに座っていたり患者の話しを聞いたりと、忙しそうだった。

「すまないが、花瓶を貸してもらえるだろうか?」

そう尋ねると、1人の若い看護婦がクレイズを睨んできた。

「どのお部屋かしら?」

ツンとした物言いで尋ね返すと、デスク前からノートを取り出した。どこに何を誰に貸したか、を几帳面に記すらしい。

「本部長の部屋だ」

そう告げるなり、険しい顔をしていた看護婦の顔が、みるみるうちに媚びへと変わった。

「まぁ、本部長の。で、貴方、お名前は?」
「クレイズだ」

ペンを走らせノートに記すと、看護婦は背中にある棚から花瓶を手渡した。

「ありがとう」

受け取り病室に戻ると、クレイズはさっそくバラを活けた。ベッド横の棚には既に妻の花があるので、窓際へ置く事にする。

「バラか。君にプレゼントした事を思い出すよ」

そう言って笑う傍らに椅子を出して座ると、クレイズはゲイナーを見つめた。

「退院には、1ヶ月程かかりそうだな」
「いや、そんなにもかからないさ。2週間程で退院出来るよ」

また無理をするつもりだな、と思いつつも、口にしなかった。ゲイナーは時に頑固だ。

「そうか、そりゃいいな」
「君には心配をかけたね。朝1番にリリが来て、犯人は逮捕したと教えてくれたよ」

ゲイナーは厳しい顔になると、そう言った。

「犯人は誰だったんだ?」

そう尋ねると、ゲイナーは少し考えてから首を横に振った。

「名前は忘れたが、以前麻薬密売で検挙した事のある男だったよ」
「その時の怨みか?」
「さぁ、それはどうかな。動機については、リリが聞き出してくれるだろう」

まだ分からない、と言う事だろう。

「逮捕されて良かった」

そう言うとゲイナーは笑った。

「あのな、ゲイナー。式の話しなんだが」

クレイズがそう切り出すと、ゲイナーはクレイズを優しい目で見つめてきた。

「あぁ。いつなんだ?」
「お前が退院してからにしようって、ドーズと決めたんだ。だから詳しい日にちはまだ……」

部屋の壁にかかっているカレンダーを見遣った。さっきのゲイナーの話しからして、退院は3月になるだろう。

「なんか、悪いな。私なんかの為に」

申し訳なさそうに言うので、クレイズは視線をゲイナーへと戻した。

「いいんだ。お前には花嫁衣装を見てもらいたい」

そう言って笑いかけると、ゲイナーは苦笑いを浮かべた。

「私も見たいよ、君の花嫁姿」

横に立つのがゲイナーならよかった。またそう思ってしまった自分に、クレイズは情けなくなった。


──いつになったら忘れられるだろうか?


ゲイナーの笑顔を見つめ、クレイズはその時がくる事を切に願った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

偽りの向こう側

なかな悠桃
恋愛
地味女子、蓮見瑠衣はイケメン男子、多治見慧とある事がきっかけで付き合うことに・・・。曖昧な関係に終止符を打つため彼女は別れを切り出すが・・・。

TANPEN 博物館

モア神
恋愛
本日はご来場頂き誠にありがとうございます。ここでは、いろいろなジャンルの短編小説を紹介しております。 [フロア紹介] 1階 気持ち悪い短編小説 2階 恋愛短編小説 3階 変な短編小説 4階 ホラー短編小説 5階 論説文・エッセイ短編小説(ただいま準備中です) 6階 サスペンス短編小説(ただいま準備中です) 7階 下品短編小説(ただいま準備中です) [当館の注意点] ①本当に気持ち悪い短編小説も混じっているので、ご覧になるさいには十分に気をつける事。(本当に気持ち悪いやつは気持ち悪いです) ②気持ち悪い事は伝えているのでコンテンツ報告をしない事。(したくなるかもしれませんが、見るのは自己責任でお願いします!) ③短編小説の構成などはあまり考えずに行っているので優しい目で見ること。(あまり考えていなくてごめんなさい) ④変な物語では本当に理解の出来ない、意味不明な物語も出てくる事もありますので気を付ける事。 [館長のおすすめ作品] ※作者がおすすめを紹介するコーナーです。面白いと思うので、ぜひご覧になってください。 1.私のストーカー →最後に注目!!意外な結末になると思います。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...