Prisoner

たける

文字の大きさ
上 下
50 / 75
第9章

6.

しおりを挟む
手術も無事に終わり、病室に運ばれたゲイナーは目を閉じて眠っていた。その手を握りながらクレイズは傍らに座り、寝顔を見つめていた。
時刻は9時を回っている。
ドーズはゲイナーの入院の手続きをしに、病室を出ていなかった。
救急車に同乗した時、ドーズはクレイズに静かに言った。

「僕がやったのかって、君は来るなりそう言ったね。そう思った?」
「あぁ、思った」

正直にそう答えると、ドーズは小さな笑みを漏らした。

「確かに、僕には動機があるかも知れない。けど、やってない。それは本部長に聞けばいい。だけど」

そこでドーズは言葉を切った。救急車はサイレンを鳴らしながら信号を右折した。救急隊員がゲイナーに応急処置を施している。

「だけど、何だ?」

先を促すと、ドーズはクレイズを真っ直ぐに見つめてきた。口元は笑っているが、その目は笑ってはいない。

「誰かがやらなければ、僕がやってたかも知れない。きっと誰か僕の代わりにゲイナーを」
「馬鹿言うな!そんなの、そんな事言うな」

見つめていられなくなって、クレイズは俯いた。ゲイナーの唇が、あの日クレイズ自身がゲイナーを傷つけた時のように紫色になっている。

「僕は本部長が憎いよ。君の心を奪って、独占してる本部長がね」

そうドーズは打ち明けた。それを聞きながらクレイズは、覚悟にも似た決意を固めなければならないと感じた。
疲れたゲイナーの表情を見ていると、クレイズは辛くて仕方がなかった。

「ゲイナー……すまない」

そう呟くと、ゲイナーが目を覚ました。ゆっくりと、重々しく開かれた瞼が僅かに痙攣している。

「もう、大丈夫だ」

ゲイナーは微笑むと、弱々しくではあるがクレイズの手を握り返してきた。

「ゲイナー、オレはドーズと結婚するよ」

そう言いながら、ゲイナーの指輪を撫でた。

「君はもう、結婚してるじゃないか。ドーズが婚姻届を出したんだろ?」

何も知らないゲイナーはそう言った。クレイズは首を振りそれを否定すると、ゲイナーの顔を覗き込んだ。

「ドーズはあの日、婚姻届を出せなかったと言っていたんだ」
「だったら無理に」
「無理じゃないさ。そうオレ自身が決めたんだ」

これ以上ゲイナーとの関係を続ければ、ドーズはきっとゲイナーに酷い事をするに違いない。そう思った。救急車内で見せたあの目がそう言っている。
だがそれは、ゲイナーが知らないでいい事だ。

「そうか……君がそう決めたのなら、祝福するよ」

病室の扉が開き、手続きを終えたドーズが入って来た。まだドーズ本人には結婚を決めた事を話していない。そのせいか、手を握り合っているクレイズ達の方へ、恨めしそうな視線を寄越した。

「手続きはすみましたよ。本部長、ご家族へは連絡しておきましょうか?」

淡々と話すドーズの口調は、機械的で冷たい。それを悟っているのかどうか分からないが、ゲイナーは首を振ってその申し出を断った。

「いや、いい。明日にでも私から連絡するよ」
「そうですか。なら、僕達はこれで失礼します」

そう言いながら、ドーズはクレイズを見てきた。さぁ行くぞ、と言わんばかりの目だ。仕方なくクレイズは立ち上がった。

「また見舞いに来るからな」

そう言ってゲイナーの髪を撫でると、クレイズはその額にキスをした。
ドーズは黙っていた。





帰りは、職場の駐車場に停めたままのドーズの車に乗った。暫く黙ったまま運転していたドーズだったが、2つ目の信号待ちで口を開いた。

「犯人、捕まるといいね」
「あぁ、そうだな」

そう答えてから、クレイズはゲイナーに話した決断をドーズにもする事にした。
ゆっくりと車が発進し、ドーズは前を向いた。

「決めたよ、ドーズ」
「何を?」

前を向いたまま、ドーズが尋ねてきた。クレイズは心を落ち着かせるように1度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

「お前と結婚するよ」

クレイズも前を向いたまま、そう言った。横目に、ドーズが一瞬だけこっちを向いたのが分かった。

「心まで奪えないと意味がないとか言ってたが、もうそれどころじゃないんだろ?早く捕まえていないと、不安なんだろ?」

車は左折し、屋敷へ向かう道に入った。ドーズは運転しながらも、意識をこちらに向けているようだった。

「うん、確かに君の言う通り。不安だよ。こうして一緒に暮らしてても、お腹に僕の子供がいても、凄く不安だ」

門の前で車を一旦停車させた。が、すぐに門は自動で開き、車はゆっくりと小道を上がった。背後で門の閉まる重い音がする。
駐車場に車を停めエンジンを切ると、ドーズは漸くクレイズを見つめてきた。

「本部長の事は、もう諦めがついたの?」

ハンドルに手を置き、体だけをクレイズに向けている。クレイズもドーズへ顔を向けた。ドーズの真剣な眼差しが、クレイズの視線とぶつかる。

「諦めるさ、もう。その方がゲイナーにとってもお前にとっても、そしてオレにとっても、いいんだから」

そう言って自嘲気味に笑うと、ドーズの指が頬に触れた。

「クレイズ、愛してる」
「オレもだ」

唇が重なった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...