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第9章
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手術も無事に終わり、病室に運ばれたゲイナーは目を閉じて眠っていた。その手を握りながらクレイズは傍らに座り、寝顔を見つめていた。
時刻は9時を回っている。
ドーズはゲイナーの入院の手続きをしに、病室を出ていなかった。
救急車に同乗した時、ドーズはクレイズに静かに言った。
「僕がやったのかって、君は来るなりそう言ったね。そう思った?」
「あぁ、思った」
正直にそう答えると、ドーズは小さな笑みを漏らした。
「確かに、僕には動機があるかも知れない。けど、やってない。それは本部長に聞けばいい。だけど」
そこでドーズは言葉を切った。救急車はサイレンを鳴らしながら信号を右折した。救急隊員がゲイナーに応急処置を施している。
「だけど、何だ?」
先を促すと、ドーズはクレイズを真っ直ぐに見つめてきた。口元は笑っているが、その目は笑ってはいない。
「誰かがやらなければ、僕がやってたかも知れない。きっと誰か僕の代わりにゲイナーを」
「馬鹿言うな!そんなの、そんな事言うな」
見つめていられなくなって、クレイズは俯いた。ゲイナーの唇が、あの日クレイズ自身がゲイナーを傷つけた時のように紫色になっている。
「僕は本部長が憎いよ。君の心を奪って、独占してる本部長がね」
そうドーズは打ち明けた。それを聞きながらクレイズは、覚悟にも似た決意を固めなければならないと感じた。
疲れたゲイナーの表情を見ていると、クレイズは辛くて仕方がなかった。
「ゲイナー……すまない」
そう呟くと、ゲイナーが目を覚ました。ゆっくりと、重々しく開かれた瞼が僅かに痙攣している。
「もう、大丈夫だ」
ゲイナーは微笑むと、弱々しくではあるがクレイズの手を握り返してきた。
「ゲイナー、オレはドーズと結婚するよ」
そう言いながら、ゲイナーの指輪を撫でた。
「君はもう、結婚してるじゃないか。ドーズが婚姻届を出したんだろ?」
何も知らないゲイナーはそう言った。クレイズは首を振りそれを否定すると、ゲイナーの顔を覗き込んだ。
「ドーズはあの日、婚姻届を出せなかったと言っていたんだ」
「だったら無理に」
「無理じゃないさ。そうオレ自身が決めたんだ」
これ以上ゲイナーとの関係を続ければ、ドーズはきっとゲイナーに酷い事をするに違いない。そう思った。救急車内で見せたあの目がそう言っている。
だがそれは、ゲイナーが知らないでいい事だ。
「そうか……君がそう決めたのなら、祝福するよ」
病室の扉が開き、手続きを終えたドーズが入って来た。まだドーズ本人には結婚を決めた事を話していない。そのせいか、手を握り合っているクレイズ達の方へ、恨めしそうな視線を寄越した。
「手続きはすみましたよ。本部長、ご家族へは連絡しておきましょうか?」
淡々と話すドーズの口調は、機械的で冷たい。それを悟っているのかどうか分からないが、ゲイナーは首を振ってその申し出を断った。
「いや、いい。明日にでも私から連絡するよ」
「そうですか。なら、僕達はこれで失礼します」
そう言いながら、ドーズはクレイズを見てきた。さぁ行くぞ、と言わんばかりの目だ。仕方なくクレイズは立ち上がった。
「また見舞いに来るからな」
そう言ってゲイナーの髪を撫でると、クレイズはその額にキスをした。
ドーズは黙っていた。
帰りは、職場の駐車場に停めたままのドーズの車に乗った。暫く黙ったまま運転していたドーズだったが、2つ目の信号待ちで口を開いた。
「犯人、捕まるといいね」
「あぁ、そうだな」
そう答えてから、クレイズはゲイナーに話した決断をドーズにもする事にした。
ゆっくりと車が発進し、ドーズは前を向いた。
「決めたよ、ドーズ」
「何を?」
前を向いたまま、ドーズが尋ねてきた。クレイズは心を落ち着かせるように1度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。
「お前と結婚するよ」
クレイズも前を向いたまま、そう言った。横目に、ドーズが一瞬だけこっちを向いたのが分かった。
「心まで奪えないと意味がないとか言ってたが、もうそれどころじゃないんだろ?早く捕まえていないと、不安なんだろ?」
車は左折し、屋敷へ向かう道に入った。ドーズは運転しながらも、意識をこちらに向けているようだった。
「うん、確かに君の言う通り。不安だよ。こうして一緒に暮らしてても、お腹に僕の子供がいても、凄く不安だ」
門の前で車を一旦停車させた。が、すぐに門は自動で開き、車はゆっくりと小道を上がった。背後で門の閉まる重い音がする。
駐車場に車を停めエンジンを切ると、ドーズは漸くクレイズを見つめてきた。
「本部長の事は、もう諦めがついたの?」
ハンドルに手を置き、体だけをクレイズに向けている。クレイズもドーズへ顔を向けた。ドーズの真剣な眼差しが、クレイズの視線とぶつかる。
「諦めるさ、もう。その方がゲイナーにとってもお前にとっても、そしてオレにとっても、いいんだから」
そう言って自嘲気味に笑うと、ドーズの指が頬に触れた。
「クレイズ、愛してる」
「オレもだ」
唇が重なった。
時刻は9時を回っている。
ドーズはゲイナーの入院の手続きをしに、病室を出ていなかった。
救急車に同乗した時、ドーズはクレイズに静かに言った。
「僕がやったのかって、君は来るなりそう言ったね。そう思った?」
「あぁ、思った」
正直にそう答えると、ドーズは小さな笑みを漏らした。
「確かに、僕には動機があるかも知れない。けど、やってない。それは本部長に聞けばいい。だけど」
そこでドーズは言葉を切った。救急車はサイレンを鳴らしながら信号を右折した。救急隊員がゲイナーに応急処置を施している。
「だけど、何だ?」
先を促すと、ドーズはクレイズを真っ直ぐに見つめてきた。口元は笑っているが、その目は笑ってはいない。
「誰かがやらなければ、僕がやってたかも知れない。きっと誰か僕の代わりにゲイナーを」
「馬鹿言うな!そんなの、そんな事言うな」
見つめていられなくなって、クレイズは俯いた。ゲイナーの唇が、あの日クレイズ自身がゲイナーを傷つけた時のように紫色になっている。
「僕は本部長が憎いよ。君の心を奪って、独占してる本部長がね」
そうドーズは打ち明けた。それを聞きながらクレイズは、覚悟にも似た決意を固めなければならないと感じた。
疲れたゲイナーの表情を見ていると、クレイズは辛くて仕方がなかった。
「ゲイナー……すまない」
そう呟くと、ゲイナーが目を覚ました。ゆっくりと、重々しく開かれた瞼が僅かに痙攣している。
「もう、大丈夫だ」
ゲイナーは微笑むと、弱々しくではあるがクレイズの手を握り返してきた。
「ゲイナー、オレはドーズと結婚するよ」
そう言いながら、ゲイナーの指輪を撫でた。
「君はもう、結婚してるじゃないか。ドーズが婚姻届を出したんだろ?」
何も知らないゲイナーはそう言った。クレイズは首を振りそれを否定すると、ゲイナーの顔を覗き込んだ。
「ドーズはあの日、婚姻届を出せなかったと言っていたんだ」
「だったら無理に」
「無理じゃないさ。そうオレ自身が決めたんだ」
これ以上ゲイナーとの関係を続ければ、ドーズはきっとゲイナーに酷い事をするに違いない。そう思った。救急車内で見せたあの目がそう言っている。
だがそれは、ゲイナーが知らないでいい事だ。
「そうか……君がそう決めたのなら、祝福するよ」
病室の扉が開き、手続きを終えたドーズが入って来た。まだドーズ本人には結婚を決めた事を話していない。そのせいか、手を握り合っているクレイズ達の方へ、恨めしそうな視線を寄越した。
「手続きはすみましたよ。本部長、ご家族へは連絡しておきましょうか?」
淡々と話すドーズの口調は、機械的で冷たい。それを悟っているのかどうか分からないが、ゲイナーは首を振ってその申し出を断った。
「いや、いい。明日にでも私から連絡するよ」
「そうですか。なら、僕達はこれで失礼します」
そう言いながら、ドーズはクレイズを見てきた。さぁ行くぞ、と言わんばかりの目だ。仕方なくクレイズは立ち上がった。
「また見舞いに来るからな」
そう言ってゲイナーの髪を撫でると、クレイズはその額にキスをした。
ドーズは黙っていた。
帰りは、職場の駐車場に停めたままのドーズの車に乗った。暫く黙ったまま運転していたドーズだったが、2つ目の信号待ちで口を開いた。
「犯人、捕まるといいね」
「あぁ、そうだな」
そう答えてから、クレイズはゲイナーに話した決断をドーズにもする事にした。
ゆっくりと車が発進し、ドーズは前を向いた。
「決めたよ、ドーズ」
「何を?」
前を向いたまま、ドーズが尋ねてきた。クレイズは心を落ち着かせるように1度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。
「お前と結婚するよ」
クレイズも前を向いたまま、そう言った。横目に、ドーズが一瞬だけこっちを向いたのが分かった。
「心まで奪えないと意味がないとか言ってたが、もうそれどころじゃないんだろ?早く捕まえていないと、不安なんだろ?」
車は左折し、屋敷へ向かう道に入った。ドーズは運転しながらも、意識をこちらに向けているようだった。
「うん、確かに君の言う通り。不安だよ。こうして一緒に暮らしてても、お腹に僕の子供がいても、凄く不安だ」
門の前で車を一旦停車させた。が、すぐに門は自動で開き、車はゆっくりと小道を上がった。背後で門の閉まる重い音がする。
駐車場に車を停めエンジンを切ると、ドーズは漸くクレイズを見つめてきた。
「本部長の事は、もう諦めがついたの?」
ハンドルに手を置き、体だけをクレイズに向けている。クレイズもドーズへ顔を向けた。ドーズの真剣な眼差しが、クレイズの視線とぶつかる。
「諦めるさ、もう。その方がゲイナーにとってもお前にとっても、そしてオレにとっても、いいんだから」
そう言って自嘲気味に笑うと、ドーズの指が頬に触れた。
「クレイズ、愛してる」
「オレもだ」
唇が重なった。
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