Prisoner

たける

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第6章

5.

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控室に戻ったクレイズは弁護士を問い詰めた。

「何なんだあの判決は?」

部屋の中央に置かれているソファに腰掛け、クレイズは弁護士を睨んだ。
3人を殺した時、クレイズはちゃんと意識はあったし、麻薬なんてやってはいなかった。


──でたらめだ。


「私にも何がなんだか。でも、あのような判決が出て良かったですよ、個人的に。実はドーズさんから、出来るだけ貴方の事を減刑して欲しいと強く言われてまして」

そう弁護士は言った。

「だからと言ってあんな判決、遺族が承知する筈ないだろ?」

保護観察所に送るなど、遺族が黙っている筈はなかった。だが判決が出た時、誰も判事に異義を唱える者はいなかった。

「えぇ、そうでしょうね。ですが皆さん、それでいいと思われたんでしょう。だから、誰も異義を唱えなかった」

そう言いながら弁護士は書類を鞄に仕舞うと、クレイズを見遣った。

「ドーズが買収でもしたんじゃないのか?」

それは十分に有り得る話しだとクレイズは思ったが、弁護士はそれを軽く鼻先で笑った。

「まさか。それはないでしょうね。いくらドーズさんと言えども、そんな卑劣な手は使いませんよ」

そう言った弁護士に、クレイズは苛立ちを覚えた。

「他に絶対にいないんだな?」

念を押すようにクレイズが尋ねると、弁護士は少し考えてから1人だけ、と言って人差し指を立てた。

「ドーズさんの他に、1人だけいますよ、大金を簡単に動かせる人物が」
「誰だ?それは」

軽く体を前傾させながら、クレイズは聞き返した。


──ドーズの他に、そんな金持ちがいるのか?


「今回の裁判で明るみになりはしませんでしたが、以前貴方が爆破したマフィアがそうです」

そう言われ、クレイズは資金欲しさにマフィアのビルを爆破した事を思い出した。確かに奪った資金はかなりの額だったが、もう銀行には残金はない筈だし、その組織とて壊滅している筈だった。

「その組織なら、壊滅したんじゃないのか?」

そうクレイズが言うと、弁護士は首を左右に振った。

「確かに組織は一時壊滅状態に陥りました。ですが、ビルを爆破した時、生き残っていた人物がいるんです」
「ビルは全壊した筈だ」

あの時、かなりの爆弾をビルのあちこちに仕込んでおいた。生き残りなどいる筈がない。

「えぇ、全壊でした。その時ビルにいた連中は皆死にました。ですが、ビルにいなかった者もいたんです」

そう言うと弁護士は椅子を引き寄せて座り、膝の上で指を組んだ。

「爆破から運よく逃れていた者の中に、ルードの右腕がいたんですよ」
「右腕?意味が分からん」

クレイズがそう言うと、弁護士はクレイズが爆破したマフィアの話しを始めた。

「あそこは、貴方が殺したルードって男が仕切っていた組織なんですが、ルードは街の南側を仕切るマフィアのボスでした。そのルードには、信頼している部下が1人いたんです」

そこで言葉を切ると、弁護士は再びお茶を飲んだ。

「彼はルードの後継者です」
「その男が買収したと言うのか?何の為に買収を?」

クレイズがそう尋ねると、弁護士は再び首を左右に振った。

「そこまでは知りませんし、彼が買収した、と言う証拠もありません」

そう答えた弁護士は指を解き、鞄を手にした。

「その男の名前は?」

立ち上がろうと、半ば腰を浮かせた弁護士に尋ねた。

「ルシェルト・カルロスです。この名前に聞き覚えは?」
「ない」

そうクレイズが答えたのと同時に、控室の扉が開き、ゲイナーが駆け込んで来た。

「一体あの判決は何なんだ?」

鋭い目が更に鋭利になり、弁護士を睨んでいる。

「あぁ、本部長。今、彼女とその話しをしていたところです」

そう弁護士が言うと、ゲイナーはクレイズに鋭い視線を向けてきた。

「で、あの判決は?」

扉を閉め、ゲイナーはクレイズの側まで歩み寄って来た。

「買収か脅迫のどちらかじゃないかって話してたんだ」

そのどちらにも確証はない。だが、クレイズはそのどちらかを、弁護士が言っていたルードの後継者、カルロスがしたのでは、と睨んでいた。
だが、どっちにしろその男とは面識がない。

「何だと?一体誰が?」

ゲイナーは険しい顔をしながらクレイズから弁護士へと視線を移し、腰に手を宛がった。

「そのどちらも何の確証もありませんよ、本部長」

そう言うと、弁護士はゲイナーに椅子を薦めながら立ち上がった。

「では、私の仕事はここまでですので。後はお任せしましたよ」

軽く頭を下げると、弁護士は控室を出て行った。その背中を見送ったゲイナーは、弁護士が座っていた椅子に腰を落ち着かせた。

「なぁ、ゲイナー。ルシェルト・カルロス、と言う男を知っているか?」

目の前に座ったゲイナーを見つめながら、クレイズはそう尋ねた。するとゲイナーは、眉間に皺を寄せ腕を組んだ。

「知っているとも。我々は彼を追っている。その彼が何か?」
「オレはてっきり、ドーズが買収したんだと思った。だが、弁護士はそれを否定した」

クレイズは、さっき弁護士と話していた事を話した。
ドーズではなければ、この街で判事達を買収出来る程の大金を動かせるのは、カルロスしかいない。そう話すと、ゲイナーは目を剥いた。

「君はマフィアにいたのか?」
「まぁ、少しだけな。だが、詳しい内部事情は知らん」
「で、そのカルロスが判事達を買収していたかも知れないと、考えている訳だな?」

ゲイナーは確認するように尋ね返してきた。それにクレイズは頷くと、手錠のかかった手を見遣った。

「カルロスとは面識がない。なのにそんな男が何の得があって金を払う?第一、あの組織の資金なら全額オレが盗んだ筈だ」

いくつか疑問が残る。

「分かった、調べてみよう」

そう答えたゲイナーの顔には、本部長の威厳が漲っていた。

「あと、こんな形で裁判が終わってしまってすまない。反省はしている。なのに」

まるで反省の機会を奪われてしまったかのようだった。
これでもう、ゲイナーが自分を1人の女として見てくれる事はなくなった。ずっと、犯罪者として自分を見るだろう。
そう思うと辛かった。

「いや、君は十分反省しているよ。誰も君を責めはしないさ」

そう言うとゲイナーはそっと立ち上がり、クレイズの肩を軽く叩いた。

「君はもう、犯罪者なんかじゃないんだ」

肩に触れているゲイナーの手が温かい。クレイズはゲイナーを見上げると、涙を零した。

「悔いてるんだ。心から……」
「泣かないでくれ、クレイズ。君が泣くと私も悲しい」

そう言って、ゲイナーは優しく涙を拭ってくれた。

「オレを犯罪者じゃないと言うのなら、これから1人の女として見てくれ」

しゃくり上げながら、クレイズはゲイナーの手を掴んだ。

「勿論だ。君はずっと女性だ」

ゲイナーもクレイズの手を取ると、その隣に座った。目の高さが同じになり、クレイズは胸が苦しくなった。


──破裂してしまいそうだ。


「もう、娘と重ねない?」
「あぁ。君はクレイズだ。もう娘と重ねては見ていないさ」

自然と体が近付き、クレイズの目の前にゲイナーの優しい顔があった。


──その唇に、肌に、触れたい。そして、出来る事なら愛して欲しい。


強く想った。
それが瞳から伝わったのか、ゲイナーはもう片方の手でクレイズの頬に触れた。

「好きだ、ゲイナー。お前が好きなんだ……!」

ついに胸の内を告げた。
拒否されても、この想いだけは伝えたかった。


──もう、黙っている事なんて出来ない。


「クレイズ……ありがとう」

そう言うと、ゲイナーは優しく笑った。そして照れ臭そうに一瞬だけ目を逸らすと、再びクレイズを見つめてきた。

「私も君の事が好きだ。一目見た時から、ずっと君を想っていた」

その言葉に視線と同じぐらいの熱を感じ、クレイズはまた涙を零した。

「君を愛してる」

唇が重なった。
燃えるように熱い。
奪い合う様に口づけを交わし、唇が放れた時には涙は止まっていた。
クレイズはゲイナーに寄り掛かると、受け入れられた幸福を噛み締めた。その肩へ、ゲイナーがそっと腕を回してくる。

「出会った頃、オレは犯罪者だった。それにお前は、オレを娘と重ねて見ていた」

目を閉じ、クレイズは出会った時を思い返した。
ゲイナーはパトカーから降りて来ると、鋭い目で自分を見つめてきた。その時には、まさか自分がこんな感情を抱くとは思ってもいなかった。

「そうだな。重ねて見ていた。だが、君を救いたいと思っていた」

ゲイナーはそう言った。
確かにゲイナーは、自分にそう言った事があった。


──君を救いたい。


その言葉を聞いた時、クレイズは偉そうな、と思ったものだ。
それすら今は愛おしい。

「犯罪を憎んでいただろ?」

そう言いながら、クレイズはゲイナーを見上げた。ゲイナーは少し困った顔をしている。

「今でもそれは変わらないさ。だが、仮面を脱いだ君があまりにも美しくて、見惚れてしまった」

そう言って、ゲイナーは僅かに頬を赤く染めた。

「外見だけか?」
「最初はそうだった。だが、君と言葉を交わしていくうちに、その強気な口調も、君が背負っている暗い影も、全てが愛おしくなっていった」

ゲイナーはそう言ってから微笑むと、クレイズの唇に軽く触れるようなキスをした。

「だが、お前には家族がいる」

それは変える事の出来ない事実だった。ゲイナーもそれは分かっているのか、苦々しい顔をした。

「あぁ。家族を愛してる。何よりも大切だ」

そう言ったゲイナーの言葉に嘘はない。

「それでも構わない。オレはお前が好きだ。ゲイナー、お前が欲しい」

そうクレイズが言うと、ゲイナーは再び困った顔をした。

「すまない。それは出来ない」

ゲイナーは謝ると、クレイズから目を逸らした。

「分かってるさ。意地悪で、言ってみただけだ」

クレイズはゲイナーから体を放すとソファから立ち上がった。
ゲイナーが家族を捨てる事が出来ないのは分かっていた。クレイズも、家族からゲイナーを奪うつもりはなかった。

「じゃあ、そろそろ保護観察所と言う所へ行こうじゃないか」

そう言いながら振り返ると、ゲイナーも立ち上がった。


──気持ちを受け入れてくれただけでも幸福なのに、それ以上何を望むと言うんだ?


クレイズは内心、そっと自問自答していた。




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