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第6章
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裁判が終わるまで、クレイズは警察署に拘置される事になった。決定したのはゲイナーだが、リリは反対していた。クレイズを他の容疑者達と一緒に拘置するのは忍びなかったが、空いている檻がなかったのだ。
昨日クレイズを拘置してからすぐに、弁護士が面会に来た。裁判が明後日、つまり、明日だと言うのだ。
急な事にゲイナーは慌てたが、当の本人であるクレイズは落ち着き払っていた。
「心の準備は出来ているか?」
檻にもたれながら、ゲイナーはクレイズに尋ねた。クレイズはベッドに腰掛けていて、足をブラブラと振っている。
「何も準備なんかいらないさ。犯罪を犯した事は事実だし、それに対しての減刑は弁護士がやる事だ」
そう言ったクレイズの言葉からは、反省の色が見られない。ゲイナーは僅かに顔を険しくしながら、クレイズを見つめた。
檻には幸いにも他に容疑者達はいない。
「反省はしていないのか?」
「していない。やらなければ、オレは野垂れ死にしているところだったしな」
そうクレイズは言うと、ブラつかせていた足をベッドに上げ膝を抱えた。
「だからと言って、強盗をしていい事にはならない。第一、君は人を3人も殺しているじゃないか」
ゲイナーは殺された3人の姿を思い返した。明日の傍聴席にはきっと、彼等の親も座る事になるだろう。
するとクレイズは、不謹慎にも口元を歪め微笑みを見せた。
「何故笑うんだ?人が死んでいるんだ、笑い事じゃないぞ?」
厳しい口調でそう言ったが、クレイズは微笑んだままゲイナーを見つめ返してきた。
「罪を悔いるんだ、クレイズ」
ゲイナーはもう1度言った。
──罪を悔いてもらわなければ、被害者はやる瀬ない。怒りは増幅し、恨み、死んでも死に切れない。
娘が脳裏にチラついた。
「私は犯罪を心底憎んでいる」
そうゲイナーが言うと、クレイズは口元から笑みを消した。
「そう言えば以前、そんな事を言っていたな。娘が死んだとか……」
「そうだ。幼い頃、私の娘は死んだんだ……」
あどけない娘の笑顔。
まだ自分は巡査で、犯罪に対して積極的ではなかった。
そう言えば語弊になるが、実際そうだった。目の前の犯罪を処理し、それで満足していた。
犯罪は注意していれば防げるものだと。回避出来るものだと信じていた。
だがある日、娘が何者かに連れ去られた。
5歳の娘がいなくなったのに気付いたのは、妻が娘を幼稚園へ迎えに行ってからの事だった。
娘がいない。
そう妻から連絡があり、ゲイナーも慌てて幼稚園へとやって来た。
保育士の話しによると、昼食後の昼寝の時間にはまだ娘はいたと言うのだ。何回か交代で見回りに来たが、その時に娘がいたかどうかはハッキリ思い出せないと言っていた。
ゲイナーは落胆し、怒りを押さえるのに必死だったが、妻は唇を噛み締め、気丈に振る舞おうと努めていた。
すぐに捜査本部が幼稚園に設けられ、次々に保育士達やその周辺の聞き込みが開始された。だが、不審人物を見た、と言う話しは聞くものの、その足取りは掴めず、ただ捜査員達は幼稚園から広範囲の捜索を開始した。
ゲイナーも捜索に参加し、声が涸れるまで娘の名前を呼んだ。だが日も落ち、その日の捜索が打ち切りになると、夫婦の不安は大きくなった。そうあって欲しくなくても、最悪の結末が脳裏を過ぎる。
眠れないまま夜が明け、捜索が再開された。
その夕方、娘は変わり果てた姿で発見された。
幼稚園の裏にある公園で、捜索員の叫びが聞こえた。
ゲイナーが現場に駆け付けた時には、捜索員は公園内の公衆トイレにいた。そこは昨日既に捜査していた場所だった。
娘は男子便所の用具入れに押し込められ、着衣はなく、裸だった。
すぐに司法解剖が行われ、その結果にゲイナーも妻も涙を零した。
5歳の娘は昼食後すぐに殺害され、そしてレイプされていた。娘の胃袋には消化されていない昼食の材料と、体内からは犯人の精液が採取された。
DNA鑑定が行われている間の数日は、生きた心地がしなかった。はらわたは煮え繰り返り、犯人を八つ裂きにしたいと思った。妻は心労からふさぎ込み、毎夜うなされている。まだ赤ん坊の息子は、妻の母親が面倒を見ていた。
幸せだった家庭は、一気に不幸のどん底に叩き落とされた。
希望に満ちていた筈の明日が、闇に変わった。
やがて鑑定結果が出ると、ゲイナーは1人警察署へ赴いた。妻はとても体を起こせる状態じゃない。目の下にはクマが出来、哀れな程にやつれてしまった。
当時の本部長が、鑑定結果の記された書類を苦々しい顔でゲイナーに差し出して来ると、それに目を落とした。そして隅々まで読み、怒りのやり場を失った。
DNA鑑定の結果から、容疑者は以前少年院に留置した事のある前科者だった。しかもまだ、彼は少年法が適用される年齢だった。
暗い闇が更に濃さを増し、ゲイナーは一瞬だけ視力を無くしたように、目の前が真っ暗になった。
未成年では、法で裁く事が出来ない。
この時ゲイナーは思った。
──犯罪は、いくら注意していても誰にでも起こる。ならば、その犯罪を無くしたい。
そう決意する事で娘の無念を、そして自分の不甲斐なさを少しでも償いたい。
それ以降、ゲイナーは積極的に犯罪撲滅に乗り出した。無我夢中で犯罪者を逮捕し、再犯が起こらないかにも目を光らせて来た。
その後娘を殺害した少年は院を出たが、再び少女を殺害し、レイプすると言う罪を犯した。だが今度は法で裁ける年齢になっていた為、現在も保護観察下に置かれながら、精神を病んだ犯罪者達を収容している精神病棟に服役している。
話し終えると、ゲイナーはクレイズを見遣った。
──どうか反省して欲しい。
そう願った。するとクレイズは、真剣な眼差しでゲイナーを見つめ返して来た。
「そうか……そんな事があったのか」
クレイズはそう漏らすと、ベッドから立ち上がりゲイナーの前に立った。
「お前は、犯罪者を憎んでいるんだな」
「あぁ。今でも犯罪は最も憎むべき行為だと思っている」
そう言うと、クレイズは僅かに瞳を潤ませた。
「オレだって反省しない訳じゃない。さっきの言葉は謝るよ」
檻に手をかけ、クレイズはもう片方の小さな手を胸の前で握った。
「仮面のせいで、真っ当に生きられないと思ってた」
「だがもう、仮面はない。君はありのままだ」
クレイズと見つめ合う事で、ゲイナーは彼女の闇を垣間見る事が出来たら、と思った。
「誓うよ。罪は悔いる」
そう言ったクレイズは、美しかった。
「ありがとう、クレイズ。その気持ちが、何より親達への償いになるだろう」
ゲイナーは、クレイズをずっと見つめていた。
──もう自分の中では、クレイズは娘と重なる事はないだろう。1人の女性として、クレイズと接する事が出来る。
そう感じた瞬間だった。
昨日クレイズを拘置してからすぐに、弁護士が面会に来た。裁判が明後日、つまり、明日だと言うのだ。
急な事にゲイナーは慌てたが、当の本人であるクレイズは落ち着き払っていた。
「心の準備は出来ているか?」
檻にもたれながら、ゲイナーはクレイズに尋ねた。クレイズはベッドに腰掛けていて、足をブラブラと振っている。
「何も準備なんかいらないさ。犯罪を犯した事は事実だし、それに対しての減刑は弁護士がやる事だ」
そう言ったクレイズの言葉からは、反省の色が見られない。ゲイナーは僅かに顔を険しくしながら、クレイズを見つめた。
檻には幸いにも他に容疑者達はいない。
「反省はしていないのか?」
「していない。やらなければ、オレは野垂れ死にしているところだったしな」
そうクレイズは言うと、ブラつかせていた足をベッドに上げ膝を抱えた。
「だからと言って、強盗をしていい事にはならない。第一、君は人を3人も殺しているじゃないか」
ゲイナーは殺された3人の姿を思い返した。明日の傍聴席にはきっと、彼等の親も座る事になるだろう。
するとクレイズは、不謹慎にも口元を歪め微笑みを見せた。
「何故笑うんだ?人が死んでいるんだ、笑い事じゃないぞ?」
厳しい口調でそう言ったが、クレイズは微笑んだままゲイナーを見つめ返してきた。
「罪を悔いるんだ、クレイズ」
ゲイナーはもう1度言った。
──罪を悔いてもらわなければ、被害者はやる瀬ない。怒りは増幅し、恨み、死んでも死に切れない。
娘が脳裏にチラついた。
「私は犯罪を心底憎んでいる」
そうゲイナーが言うと、クレイズは口元から笑みを消した。
「そう言えば以前、そんな事を言っていたな。娘が死んだとか……」
「そうだ。幼い頃、私の娘は死んだんだ……」
あどけない娘の笑顔。
まだ自分は巡査で、犯罪に対して積極的ではなかった。
そう言えば語弊になるが、実際そうだった。目の前の犯罪を処理し、それで満足していた。
犯罪は注意していれば防げるものだと。回避出来るものだと信じていた。
だがある日、娘が何者かに連れ去られた。
5歳の娘がいなくなったのに気付いたのは、妻が娘を幼稚園へ迎えに行ってからの事だった。
娘がいない。
そう妻から連絡があり、ゲイナーも慌てて幼稚園へとやって来た。
保育士の話しによると、昼食後の昼寝の時間にはまだ娘はいたと言うのだ。何回か交代で見回りに来たが、その時に娘がいたかどうかはハッキリ思い出せないと言っていた。
ゲイナーは落胆し、怒りを押さえるのに必死だったが、妻は唇を噛み締め、気丈に振る舞おうと努めていた。
すぐに捜査本部が幼稚園に設けられ、次々に保育士達やその周辺の聞き込みが開始された。だが、不審人物を見た、と言う話しは聞くものの、その足取りは掴めず、ただ捜査員達は幼稚園から広範囲の捜索を開始した。
ゲイナーも捜索に参加し、声が涸れるまで娘の名前を呼んだ。だが日も落ち、その日の捜索が打ち切りになると、夫婦の不安は大きくなった。そうあって欲しくなくても、最悪の結末が脳裏を過ぎる。
眠れないまま夜が明け、捜索が再開された。
その夕方、娘は変わり果てた姿で発見された。
幼稚園の裏にある公園で、捜索員の叫びが聞こえた。
ゲイナーが現場に駆け付けた時には、捜索員は公園内の公衆トイレにいた。そこは昨日既に捜査していた場所だった。
娘は男子便所の用具入れに押し込められ、着衣はなく、裸だった。
すぐに司法解剖が行われ、その結果にゲイナーも妻も涙を零した。
5歳の娘は昼食後すぐに殺害され、そしてレイプされていた。娘の胃袋には消化されていない昼食の材料と、体内からは犯人の精液が採取された。
DNA鑑定が行われている間の数日は、生きた心地がしなかった。はらわたは煮え繰り返り、犯人を八つ裂きにしたいと思った。妻は心労からふさぎ込み、毎夜うなされている。まだ赤ん坊の息子は、妻の母親が面倒を見ていた。
幸せだった家庭は、一気に不幸のどん底に叩き落とされた。
希望に満ちていた筈の明日が、闇に変わった。
やがて鑑定結果が出ると、ゲイナーは1人警察署へ赴いた。妻はとても体を起こせる状態じゃない。目の下にはクマが出来、哀れな程にやつれてしまった。
当時の本部長が、鑑定結果の記された書類を苦々しい顔でゲイナーに差し出して来ると、それに目を落とした。そして隅々まで読み、怒りのやり場を失った。
DNA鑑定の結果から、容疑者は以前少年院に留置した事のある前科者だった。しかもまだ、彼は少年法が適用される年齢だった。
暗い闇が更に濃さを増し、ゲイナーは一瞬だけ視力を無くしたように、目の前が真っ暗になった。
未成年では、法で裁く事が出来ない。
この時ゲイナーは思った。
──犯罪は、いくら注意していても誰にでも起こる。ならば、その犯罪を無くしたい。
そう決意する事で娘の無念を、そして自分の不甲斐なさを少しでも償いたい。
それ以降、ゲイナーは積極的に犯罪撲滅に乗り出した。無我夢中で犯罪者を逮捕し、再犯が起こらないかにも目を光らせて来た。
その後娘を殺害した少年は院を出たが、再び少女を殺害し、レイプすると言う罪を犯した。だが今度は法で裁ける年齢になっていた為、現在も保護観察下に置かれながら、精神を病んだ犯罪者達を収容している精神病棟に服役している。
話し終えると、ゲイナーはクレイズを見遣った。
──どうか反省して欲しい。
そう願った。するとクレイズは、真剣な眼差しでゲイナーを見つめ返して来た。
「そうか……そんな事があったのか」
クレイズはそう漏らすと、ベッドから立ち上がりゲイナーの前に立った。
「お前は、犯罪者を憎んでいるんだな」
「あぁ。今でも犯罪は最も憎むべき行為だと思っている」
そう言うと、クレイズは僅かに瞳を潤ませた。
「オレだって反省しない訳じゃない。さっきの言葉は謝るよ」
檻に手をかけ、クレイズはもう片方の小さな手を胸の前で握った。
「仮面のせいで、真っ当に生きられないと思ってた」
「だがもう、仮面はない。君はありのままだ」
クレイズと見つめ合う事で、ゲイナーは彼女の闇を垣間見る事が出来たら、と思った。
「誓うよ。罪は悔いる」
そう言ったクレイズは、美しかった。
「ありがとう、クレイズ。その気持ちが、何より親達への償いになるだろう」
ゲイナーは、クレイズをずっと見つめていた。
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そう感じた瞬間だった。
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