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第3章
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仕事が一段落したゲイナーは、部下に後を託し家に戻っていた。
妻はキッチンで早目の昼食を作り、息子は大学に行って家にはいない。
テーブルにつき新聞を広げると、記事の大半は毎日起こる犯罪ばかりが掲載されていた。
──いくら検挙しても、犯罪は泡のように沸いて来る……
更正した筈の犯人達も、再び犯罪を犯し、まるでイタチごっこだ。
ゲイナーはそっとため息を漏らした。
そう言えば、とゲイナーは腕時計に視線を落とした。
──クレイズはもう、刑務所に着いた頃だ。
時刻は11時を過ぎていた。
ゲイナーは腕時計を見つめながら、クレイズを思い出した。とても綺麗な囚人だった。まだ仮面を外した時に感じた、胸の高鳴りを覚えている。
意志の強そうな瞳に、物おじしない強気な口調。だがどこか、淋しそうにも感じた。
ほんの僅かだけ、言葉を交わしたが、クレイズには他の囚人にはない、深い闇を感じた。
──救いたい。
そう思った。だが、ゲイナーにとって犯罪は、最も憎むべき行為だった。
娘が脳裏にちらつく。
笑顔でこちらを見ている。
幸せで、犯罪を今程憎んではいない頃だ。
──忘れてはいけない。
ゲイナーは腕時計から視線を上げた。すると、調度妻が昼食を運んで来たところだった。
「あなた、どうかしたの?顔色が少し悪いわ」
「いや、大丈夫だ」
ゲイナーは妻から昼食の乗ったトレーを受け取り、微笑んで見せた。
妻は美しい。だが、クレイズはそれよりももっと美しかった。そう考えたところで、ゲイナーはその考えを捨てた。
クレイズと妻では、年齢が離れすぎている。それに比べる事は、妻にとって失礼だ。
「ありがとう、マーガレット」
そう言いながらフォークを手に取ると、テーブルの上に置いてあった携帯が、けたたましい音を立てた。
嫌な予感がする。ゲイナーは早く鼓動する胸を押さえた。
「私だ」
そう声を出すと、耳の向こうから荒い呼吸が聞こえて来た。
『本部長、申し訳ありません!クレイズが、クレイズが……ぐぁっ……!』
叫ぶように呻くと、それきり声が途切れた。更に鼓動は早くなり、嫌な汗が額を流れ落ちる。
「おい!どうしたんだ!クレイズが、どうした!」
怒鳴り声を上げると、脇に立っていた妻が何事か、と顔をしかめた。
「仕事でトラブルがあったらしい。すまないが行ってくるよ」
携帯を耳に押し当てたままそう言うと、ゲイナーは壁にかけてあったコートを掴み、慌てて玄関を飛び出した。
「おい!返事をしないか!どうした!」
運転席に乗り込み再度声をかけると、耳に僅かな呼吸する音が聞こえた。
「状況の説明をするんだ」
エンジンをかけシートベルトを装着すると、やっと声が聞こえてきた。
『やぁ、本部長。そう慌てる事はない』
「なっ……!クレイズ……どうして君が……?」
ハンドルを強く握り締め、ゲイナーは落ち着こうとした。
『退屈は嫌いなんでね。本部長には悪いが』
クレイズはそう言うと、小さく笑った。
「馬鹿な事をするんじゃない!すぐ、戻るんだ!」
携帯を握ったままだったが、ゲイナーはサイレン灯を天井に乗せると車を発進させた。
『そっちこそ馬鹿を言うな。オレは刑務所には行かない。罪など犯してはいないからな』
車は信号を無視しながら、猛スピードで道路を駆け抜けた。
「何を……!君は、強盗と殺人の罪を犯しているんだぞ!」
クラクションを鳴らしながら車を左折させ、ゲイナーは刑務所に向かった。警察署よりそちらに向かおうと思ったのは、多分護送途中にクレイズが何かしでかしたのだ、と思ったからだった。
『確かにやったさ。だがそれは、生きる為には必要な事だ。それよりゲイナー本部長。今から2人だけで会えないか?』
急な申し出にゲイナーは戸惑った。一体クレイズは何を考えているのだろう?そして、彼女の堕ちた闇は、どのように彼女を歪めたのだろう?それが気になった。
「……あぁ、分かった。私はどこに向かえばいい?」
『そうだな。今オレは繁華街まで来ている。モランカフェを知っているか?』
ゲイナーは勢いよく車をUターンさせた。クレイズの指示した場所は警察署前のカフェだ。
──どう言うつもりだ?
「分かった、すぐに向かおう」
『警察署前だからと言って、部下に監視を頼むのは止めろ』
クレイズの言葉に、無線を手に取ろうとした手が止まる。
「君は脱獄犯だ」
『その事については、顔を合わせた時にしよう。くれぐれも、妙な行動は慎んでくれ』
そう言って電話は切れた。
ゲイナーは助手席に携帯を放り出すと、更にアクセルを踏み込んだ。
もう無線には手を伸ばしてはいなかった。
何故自分がクレイズの言う事を聞こうと思ったのか、ゲイナーには曖昧だった。ただ、そうした方がいいと思った。きっとそれは、警察としての勘だろう。
とにかく今は、クレイズの元へ急いで駆け付けたい。それだけだった。
妻はキッチンで早目の昼食を作り、息子は大学に行って家にはいない。
テーブルにつき新聞を広げると、記事の大半は毎日起こる犯罪ばかりが掲載されていた。
──いくら検挙しても、犯罪は泡のように沸いて来る……
更正した筈の犯人達も、再び犯罪を犯し、まるでイタチごっこだ。
ゲイナーはそっとため息を漏らした。
そう言えば、とゲイナーは腕時計に視線を落とした。
──クレイズはもう、刑務所に着いた頃だ。
時刻は11時を過ぎていた。
ゲイナーは腕時計を見つめながら、クレイズを思い出した。とても綺麗な囚人だった。まだ仮面を外した時に感じた、胸の高鳴りを覚えている。
意志の強そうな瞳に、物おじしない強気な口調。だがどこか、淋しそうにも感じた。
ほんの僅かだけ、言葉を交わしたが、クレイズには他の囚人にはない、深い闇を感じた。
──救いたい。
そう思った。だが、ゲイナーにとって犯罪は、最も憎むべき行為だった。
娘が脳裏にちらつく。
笑顔でこちらを見ている。
幸せで、犯罪を今程憎んではいない頃だ。
──忘れてはいけない。
ゲイナーは腕時計から視線を上げた。すると、調度妻が昼食を運んで来たところだった。
「あなた、どうかしたの?顔色が少し悪いわ」
「いや、大丈夫だ」
ゲイナーは妻から昼食の乗ったトレーを受け取り、微笑んで見せた。
妻は美しい。だが、クレイズはそれよりももっと美しかった。そう考えたところで、ゲイナーはその考えを捨てた。
クレイズと妻では、年齢が離れすぎている。それに比べる事は、妻にとって失礼だ。
「ありがとう、マーガレット」
そう言いながらフォークを手に取ると、テーブルの上に置いてあった携帯が、けたたましい音を立てた。
嫌な予感がする。ゲイナーは早く鼓動する胸を押さえた。
「私だ」
そう声を出すと、耳の向こうから荒い呼吸が聞こえて来た。
『本部長、申し訳ありません!クレイズが、クレイズが……ぐぁっ……!』
叫ぶように呻くと、それきり声が途切れた。更に鼓動は早くなり、嫌な汗が額を流れ落ちる。
「おい!どうしたんだ!クレイズが、どうした!」
怒鳴り声を上げると、脇に立っていた妻が何事か、と顔をしかめた。
「仕事でトラブルがあったらしい。すまないが行ってくるよ」
携帯を耳に押し当てたままそう言うと、ゲイナーは壁にかけてあったコートを掴み、慌てて玄関を飛び出した。
「おい!返事をしないか!どうした!」
運転席に乗り込み再度声をかけると、耳に僅かな呼吸する音が聞こえた。
「状況の説明をするんだ」
エンジンをかけシートベルトを装着すると、やっと声が聞こえてきた。
『やぁ、本部長。そう慌てる事はない』
「なっ……!クレイズ……どうして君が……?」
ハンドルを強く握り締め、ゲイナーは落ち着こうとした。
『退屈は嫌いなんでね。本部長には悪いが』
クレイズはそう言うと、小さく笑った。
「馬鹿な事をするんじゃない!すぐ、戻るんだ!」
携帯を握ったままだったが、ゲイナーはサイレン灯を天井に乗せると車を発進させた。
『そっちこそ馬鹿を言うな。オレは刑務所には行かない。罪など犯してはいないからな』
車は信号を無視しながら、猛スピードで道路を駆け抜けた。
「何を……!君は、強盗と殺人の罪を犯しているんだぞ!」
クラクションを鳴らしながら車を左折させ、ゲイナーは刑務所に向かった。警察署よりそちらに向かおうと思ったのは、多分護送途中にクレイズが何かしでかしたのだ、と思ったからだった。
『確かにやったさ。だがそれは、生きる為には必要な事だ。それよりゲイナー本部長。今から2人だけで会えないか?』
急な申し出にゲイナーは戸惑った。一体クレイズは何を考えているのだろう?そして、彼女の堕ちた闇は、どのように彼女を歪めたのだろう?それが気になった。
「……あぁ、分かった。私はどこに向かえばいい?」
『そうだな。今オレは繁華街まで来ている。モランカフェを知っているか?』
ゲイナーは勢いよく車をUターンさせた。クレイズの指示した場所は警察署前のカフェだ。
──どう言うつもりだ?
「分かった、すぐに向かおう」
『警察署前だからと言って、部下に監視を頼むのは止めろ』
クレイズの言葉に、無線を手に取ろうとした手が止まる。
「君は脱獄犯だ」
『その事については、顔を合わせた時にしよう。くれぐれも、妙な行動は慎んでくれ』
そう言って電話は切れた。
ゲイナーは助手席に携帯を放り出すと、更にアクセルを踏み込んだ。
もう無線には手を伸ばしてはいなかった。
何故自分がクレイズの言う事を聞こうと思ったのか、ゲイナーには曖昧だった。ただ、そうした方がいいと思った。きっとそれは、警察としての勘だろう。
とにかく今は、クレイズの元へ急いで駆け付けたい。それだけだった。
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