Prisoner

たける

文字の大きさ
上 下
6 / 75
第1章

3.

しおりを挟む
メロの下についてから、クレイズはあらゆる犯罪を学んだ。麻薬の取引や銃刀の売買。時には街の北を縄張りにしているマフィア達との抗争にも参加した。自分とは何の関わりもない人間を沢山殺し、いつしかそれが当然の事だと思えるようになっていた。

やがてクレイズがメロの下について、1年が経った。

「もう1年か。お前もよく頑張ってきたよな」

ある日、麻薬の売買を終えたメロが感慨深くそう漏らした。

「やらなきゃ生きていられないからな」

そう答えたクレイズは、20歳になっていた。相変わらず仮面はついたままで、異様な臭気がしている。その臭いにも、見てくれにも慣れたと言わんばかりのメロは、クレイズを兄弟のように可愛がってくれた。それには感謝こそすれど、それ以上はない。
メロは懐からタバコを取り出すと、黙ったまま火をつけた。辺りは静かで波の音がうるさい。

「お前さ、おれ達に隠してる事があるだろ?」

煙を吐きながら、メロは唐突に尋ねてきた。クレイズはゆっくりとメロを振り返った。
メロの背中越しに、黒い海が見える。

「何をだ?」

そう尋ね返すと、メロは、おれは知ってるんだぞ、と言わんばかりの視線を向けてきた。
クレイズは海を見ていた視線をメロに合わせると、もう1度、何をだ?と尋ねた。クレイズには知られて困るような事は1つもない。

「お前、女だろ?」

そう言ってメロは、まだ長いままのタバコを海に投げ入れた。

「実は先週、お前が夜中に風呂に入るのを見ちまってな。何で隠してた?」

何故かメロは苦しそうな表情だった。クレイズは、あぁ、と、呟いた。

「別に、隠しているつもりはない。ただ、女だと仕事がやりにくい」

メロから視線を逸らし、クレイズは少し右手側に延びている、街に続く道を見つめた。

「おれは、お前を本当の兄弟のように思ってた。だけど、お前が女だと分かっちまって、多少戸惑ってるんだ。分かるか?」
「さぁ分からないな。オレが女だと何が困るって言うんだ?」

メロの口調は少し怒気を含んでいた。その理由がクレイズには分からない。

「マフィアの仕事を、お前が女だと分かった以上、続けさせられねーよ」

そう言ってメロはクレイズの肩を掴んだ。

「なぁクレイズ、足を洗えよ。お前の面倒なら、この先おれがみてやる」

真剣な目をしていた。だがクレイズにはそんな言葉は迷惑だったし、マフィアからも足を洗うなんて事はしたくなかった。


──そろそろ行動に移してもいい頃だな。


そうクレイズは思った。
クレイズにはマフィアに入った時から抱いている、ある野望があった。仕事にも慣れ、回りが気を許し始めた時に組を潰す。そして資金を全部頂戴して、次の組に潜入する。そう言う計画を練っていた。
だから足を洗う、なんて事は微塵も考えてはいなかった。

「オレを女だと知っているのは、他にいるのか?」

クレイズはそうメロに尋ねた。するとメロは首を横に振った。

「いや、多分まだおれだけだ。ボスにはまだ話してない」
「そうか」

クレイズは少しだけ安堵した、と言う表情を作り、そしてこう思った。


──やはりオレは人を惑わせるらしい。


母の面影がぼんやりと脳裏に蘇った。

「ならば、簡単だな」

そう言って仮面の下で笑うが、メロは気付いていないらしい。

「何が簡単なんだ?」

そう言ったメロの腹に、クレイズはナイフを突き刺した。スーツのポケットに入れていた、刃の飛び出すタイプのナイフだ。
それは深くメロの腹部に突き刺さり、白いシャツをみるみるうちに赤く染める。

「クレイズ……お前」

目を剥き、メロは軽くクレイズを突き飛ばした。だがその力は弱々しく、クレイズは上体を僅かに揺らしただけだった。

「知られて困る事じゃないが、面倒だからな。お前にも消えてもらう」

そう言って懐からもう1本ナイフを取り出した。

「お前……にも?」

早い瞬きをしながら、メロは出血する腹部を押さえている。ナイフは突き立ったままで、少し邪魔そうだ。

「知る必要はない」

そう言うと、クレイズはメロの喉元を真一文字に切り裂き、黒い海へその体を突き飛ばした。血飛沫が飛び散り、クレイズの黒いスーツを汚した。
大きな音を立ててメロが海に沈むと、ナイフの先についた血を振り払い、再び懐に仕舞った。

「そのナイフはお前にやるよ。世話になった礼だ」

何の感情も含まず、クレイズは海に沈んだ男に声をかけ、背を向けた。
今夜は忙しくなるな。そう思いながら、久しぶりに空を見上げた。
欠けた月が、雲間から顔を覗かせていた。





ボスを殺すのは他愛もない事だった。
クレイズの真面目な仕事振りを見ていたボスは──何の警戒の色を見せる事なく──床に血を流して倒れている。
ナイフを使い、音もなく心臓を突き刺した。叫ぼうとしたその口を塞ぎ、更に何度も刺し直した。
多少の血が着替えたスーツを汚したが、構わなかった。着替えなら部屋にある。
組の資金が全て銀行に預けてある事は知っていた。だからもうこのビルには用がない。ここを出た後受け取りに行けばいい。話しが拗れたら、後日盗みに入ればいいだけの話しだ。
クレイズは静かに部屋を出ると自室に向かい、再び着替えを済ませた。
廊下を歩きエレベーターでビルの外に出ると、鞄の中から小さなリモコンを取り出した。
この日の為に、誰にも気付かれないようビルのいたるところに爆弾を仕掛けておいたのだ。後は起爆スイッチを押せばいい。
クレイズはビルを見上げた。そして視線を落として街を見渡した。
夜の街はまだ賑やかで、たくさんの人が行き交っている。その中に姿を紛れ込ませると、スイッチを押した。
背中から大きな爆音が何回も響き、人々の悲鳴が上がる。
新しいスーツに身を包んだクレイズは、振り返る事なく歩き続けた。


──これで明日からは金に困る事はない。


そう思うだけで笑いが止まらなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...