Dark Moon

たける

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無反応な表情を見つめ、ノッドはどうしたらこのリタルド人の顔が変わるのかを考えた。
じっくり観察していれば、どこに触れられるのが苦手かは分かってくる。だがこのファイは、そこを攻め立てても僅かに顔をしかめるだけで、大きくその表情を変える事はない。
だが、時折奥歯を食いしばっている様子からして、そのクールさも長続きはしないだろう。

「いつまでそうしてられるかな……?」

組み敷かれているファイは、悪戯に笑うノッドを見つめた。
どういった反応が見たいのかは分かっている。だが、そのような反応を見せる事は許さない。いくらその血を半分しか引いていなくても、だ。
そう強く自身に言い聞かせたファイは、ノッドに向かって手を差し出した。

「貴方のこの行為は、到底許し難いものです」

そう言ったファイは、ノッドの肩を掴んで引き寄せると、素早く首を掴んだ。そして指先から微量の電流を浴びせた。
リタルド人は、体内にある微量の電流を操る事が出来る種族ではあるが、争いを好まない彼等は、時にこれを攻撃手段として用いる事がある。

「ぐっ……!」

突然思わぬ反撃を喰らったノッドは、急速に意識が遠退くのを感じ、そのままファイへと倒れ込んだ。
危機を免れたファイは、のしかかるノッドを脇へ退かすと、ベッドの上で体を起こした。
危なかった、と内心で安堵しながら、次はこの場所からいかにして艦隊に戻るかを考える。
突然の誘拐に無線など取り付けてはいない為、艦隊への連絡が取りようもない今、この男を頼らざるを得ない。が、気絶しているノッドが目を覚まし、ファイを快く艦隊へ戻してくれる可能性は著しく低かった。
だが可能性は無くはない。交渉の仕方によっては、確率は高くなるだろう。
その交渉方法をどのようにすべきか。それを思案していると、小さな呻き声が聞こえた。

「うぅ……」

目を強く閉じ、眉間に深い皺を刻みながら、ノッドは意識を取り戻しつつあった。
油断した。と内心で反省しながら、次は失敗しない、と決意する。
リタルド人の攻撃手段を忘れていた訳ではない。本当に油断していただけだ。だが、もう大丈夫だ。
まだ意識を完全に取り戻していないフリをしながら、ノッドは未来の自分から教えられたリタルド人について思い返した。



「宇宙アカデミーに行った時、俺はリタルド人について調べたんだ。それをお前に教えておくよ」

そう話し出した自身は、その知識を思い返す様に目を細め、窓から見える景色を見つめた。

「何故俺にリタルド人の事を……?」

そう尋ねると、自身は微笑しただけで、それには答えなかった。それは、いずれ分かる、と言われているようで、どことなく不愉快だった。

「通常リタルド人は、耳が尖っていて髪は銀色だ。だがファイは地球人とのハーフだから、髪は黒く耳も尖ってない」

内的な特徴として、地球人より体内にある電流の量が多い事。また、心臓の位置が地球人とは逆の位置にあるそうだと自身は述べた。

「あと、寿命は100年以上あるそうだ」

サイボーグであるノッドにとって、年月は無意味だ。

「あと、気をつけなきゃならないのが、電流を使った攻撃だ」



「く……そ」

目をゆっくりと開き、首筋を揉むようにしながら体を起こしたノッドは、寝起きの悪い人間によく見られる不快な顔をしていた。

「交渉しませんか?」

じっくり考えてはみたものの、ファイには、いかにすれば自分に都合のよい交渉が出来るかを思いつけなかった。
あらゆるシュミレーションを頭の中で繰り返し、その度に削除し、そして結局残ったのは、不本意な行動を強いられるものだった。

「交渉だと……?お前、俺の望みが分かって言ってるんだろうな?」

そうノッドが言うと、ファイは口角を僅かに引き攣らせて見せた。

「えぇ、勿論存じています。貴方は、私との性行為を望んでいる。間違いありませんか?」

平然とし、照れるそぶりもなくそうファイが言った。逆にノッドが一瞬だけ口ごもる。

「あ……あぁ、そうだ。で、どう交渉するつもりだ?」
「いくつかの方法をシュミレーションしましたが、どれも交渉に値しないものでした。ですから、私としては誠に不本意な方法を取らざるを得ない」

ベッドの上で互い見つめ合ったまま、どちらが先に動くかを待つ事になった。
ノッドはいつまでも待てるが、ファイはそうではない筈だ。一刻も早く仲間の元に帰りたいに違いない。

「お前、幾つになる?」

不意に年齢を尋ねられ──予想もしていなかった──意表をつかれたが、動揺する事なく冷静に答えた。

「28です」

どうして急に年齢を尋ねてきたのか。その質問の意味を考え、ある結論が出たが、それをこのサイボーグが知っていると言うのだろうか。

「不思議だろ?いきなり歳を聞くなんて」

不敵に笑むノッドは、ファイの先程の結論を確かな物にした。
やはり、不要な物を削除して行き、残った物が真実なのだ。例えそれが信じ難い物でも、だ。

「何故知ってらっしゃるんですか?」

そう言うリタルド人は、さほど驚いた様子もなくノッドを見つめてきた。だがその内心は、きっと動揺しているに違いない。

「お前の瞳の色が、まだ茶色だからな。未経験なんだろ?セックス」

リタルド人は、セックスを経験すると瞳の色が茶色から緑色に変わる、と言う特色を持っている。
またリタルド人の性交は、普段のクールさからは想像も出来ないぐらいに甘く、そして高い感度から、よく性奴隷として売買をされているらしい。

「私はリタルド人と地球人とのハーフです。純粋なリタルド人とは違い、瞳の色は変わりません」

そうファイが切り返してくる。それは自分は経験している可能性もある、とノッドに言っているようだったが、さっきの不意打ちのキスからして、ファイが既に経験している、とは思えなかった。

「だが、お前はまだだ。そうだろう?」

まだ顔色は変わらない。

「えぇ、そうです。ですが貴方には関係ありません」
「関係ないって……?そりゃないだろ。ファイ、お前は俺の目的を知ってるんだ。それなのに関係ないって言うのか?」

ゆっくりと立ち上がったファイは、腰の後ろで手を組み、笑み続けているノッドを見下ろした。
この男は、リタルド人についてよく知っているようだった。

「私は別に、初体験が誰であろうと構いません」
「確かに、交渉には関係ないしな」

まだ冷静なファイしか見た事がないノッドにとって、彼がどのように変貌するのか。それは大いに興味をそそられるものだった。

「話が脱線してしまったようですね。本題に戻りますが、貴方の要求は私との性行為であり、私の要求は艦隊に戻る事です」

一瞬だけ視線を逸らし、そしてすぐに戻したが、ノッドにはそれが見えていた。それは人間では分からない程余りにも一瞬ではあったが、ノッドは人間ではない。

「覚悟したのか?」

そう尋ねるが、ファイは返事をしなかった。真っ直ぐにノッドを見つめているものの、その目はさっきまでの無感情なものではなくなっている。
通常リタルド人は、18歳までには初体験をし、20歳頃にはその相手と婚姻する。また、婚姻後はその相手とのみ性交し、他の者との行為は、リタルドの法律によって禁止されていた。
ファイは28歳だったが、相手はまだいなかった。
異星人とのハーフが多いリタルド人だったが、地球人とのハーフは少ない。共に仕事をする者同士として相手を敬っている為か、ひそかにリタルド人の間では、地球人との性交は法度とされていた。
どの世界でも、異端者は忌み嫌われるものだ。

「もういいだろ。交渉は成立したんだ」
「そう、ですね」

ぎこちない返答に、ノッドはファイが決意した事を悟った。

「改めて言う。ファイ、俺に全部見せろ」

ファイは目を細めた。




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