犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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咆哮

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 「うわああああ」

 ニアが目を見開き、噛まれたショックでビクビクと痙攣を起こしている。負傷しているところをもう一度噛まれたせいで血がとめどなく溢れて地面を赤く染めた。

 「やだ!やめて!ニア!ニアあああ」

 パニックになったウトが羽交い締めにしているロイの鳩尾を思い切り肘で撃ち、痛みで思わず腕の力が緩んだ瞬間ウトはニアの方へ駆け出す。
 ウトが向かってきたのを見逃さなかった男は咄嗟にニアを放り出し、ウトを捕まえる。
 
 「はなせ!ニア!ニア!」
 「おっと、おとなしくしろ。これ以上コイツに怪我させたくなかったらな」

 足をばたつかせて必死に男の腕から抜け出そうとするも、獣人の男、しかも獣化して身体能力も向上している相手など幼い子供の動きを制するなど造作もない。抵抗させないようにそばでぐったりとした表情で地面に転がっているニアを足蹴にする。
 ウトをみすみす男の手に渡してしまい、ロイは自分の失態に唇を噛み締めた。

 「逃げられると思っているのか。その子をはなせ」

 ユアンが切先を向けたまま男を睨みつけるも、男は息荒く下卑た笑みを浮かべた。

 「せっかくそっちから来たんだ、誰が離すかよ。ウトさえ手に入ったらこれ以上用はねえ」

 そう言うとそのままウトを抱えたまま立ち去ろうと一歩後ずさったときだった。

 「ウトを……はなせ……っ」

 意識を取り戻したニアが男の足を掴んで行かせまいとしていた。男は舌打ちして掴まれていない方の脚で思い切りニアの顔面を蹴り上げる。

 「「ニア!」」

 ロイとウトの声が重なる。ニアを盾にしているせいで近づくことができないのが歯がゆい。

 「お前らも両親亡くしちまって可哀想によお、せっかくお前らを守ろうとしたのに結局死んじまった。知ってるか?あいつらお前ら二人を売ろうと目をつけてた上の連中にずっと頭下げて売らせないかわりにあんな無茶な仕事引き受けたんだぜ」
 「え……」

 ピタリと泣き止んだウトが静止して目を見開いた。固まったままの二人をおいて男はユアンとロイに聞かせるようにして話し出す。

 「このとおりウトは見目はいいし、ニアは半獣でもだ。ずっと狙ってる連中がお前らの両親にわざと無茶な仕事受けさせてそのまま事故に見せかけて殺しちまったんだよ!せめて「もうこんな仕事は子供のためにもできない」なんてやめようとしなけりゃ今も生きてたかもしれねえのにな!」

 思わずショックでロイは口元を抑える。ウトは大きな声で泣き出し、ニアは絶叫ともとれる声で叫ぶ。

 「お前らああああああ!!絶対許さねえええ!!」

 血走った目を見開いたまま肩から血を流すのも構わず怒りの咆哮を上げる。

 「許さねえ!許さねえ!殺す!殺す!ころっ、──」

 ニアの様子が明らかにおかしい。ニアのものではないような声に変化していく。

 「まずい!」

 ユアンがニアの様子を見て焦ったような表情を見せた。

 ──ざわ

 背中に悪寒が走る。ロイが自分の腕に触れると肌が粟立っているのがわかった。
 月明かりに照らされながらニアの姿が血を纏っていた衣服は身体が膨らむように大きくなるにつれて布を裂く音を出しながら破れていき、顔は口が裂け、牙を覗かせ人から獣へと変貌していく。
 普段のニアの体より一回り以上大きな灰色のオオカミは大きく咆哮を上げた。

 「ウオオオオオン」

 そこにいるのは獣人の獣化とは違う、ニアの祖先であろうの獣の姿だった。

 「獣化だ。ロイ、そばにいて」

 獣化に気を取られている隙に移動したのかいつのまにかユアンがロイの隣にいる。
 
 「ユアン様、ニアは」
 「感情が昂って獣化したんだろう。普段のニアは獣化をまだコントロールできない。半獣の獣化はコントロールが難しいから孤児院でも僕が見て訓練をしている途中だった。あれでは自我も保てているか危うい」

 孤児院でもニアにユアンが個別で授業をしていたのを思い起こす。
 ニアは獣化することを恐れており、恐らく過去に獣化で何かあったのだろうとユアンが推測していた。

 「クソッ!こんなことならすぐにでも殺しとけばよかった」

 悪態をつきながら男がウトを抱えたまま後ずさる。
 ニアは唸り声を上げながら男を威嚇するように睨みつける。金色の瞳だけが爛々と輝いて獲物を狙う獣の目そのものだった。
 ニアに手を伸ばしながらウトが名前を呼ぶもその目線は男を捉えたままだ。
 
 男がゆっくりと後ずさりながら距離をとったときだった。

 パキ

 小枝を踏みつける音にニアが反応した瞬間を男は見逃さなかった。
 男はウトを放り出し、背を向けて走り出した。ニアは地面に放り出されたウトには目もくれず、男を素早く追いかける。その場にいなくなった二人の背中を思わず目で追いかけるもすでに木々たちの影で見えない。
 すぐにロイがウトに駆け寄ると投げ出された衝撃で顔を擦りむいたウトは身体を起こされるとユアンの方へ顔を向ける。

 「ユアンさま、おねがいです。ニアを……たすけてください」
 「……わかった」

 そう言うとロイの方へ視線を移したユアンは「ウトを頼むね」と微笑むと走り出した。

 その瞬間突風がふいた。瞬きのあいだにユアンはもうそこにはいなかった。

 
 
 
 
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