27 / 36
願い
しおりを挟む
ユアンは昨日からの出来事を思い返していた。
いつもは面倒な夜会もロイと一緒だから正直浮かれていた。衣装も揃いのデザインを入れて着飾ったロイは可愛らしく美しかった。
白い肌に濃紺のタキシードがよく映えて、タイトなラインは思わず腰回りを抱え込みたくなるほどだった。
緊張状態のロイが心配で側に置いておきたかったがどうしても貴族たちの面々と顔を合わせると挨拶を交わさなければならない。
その時ロイがどうしたって好奇の目に晒されるし晒したくはなかった。何より本人があの場にいて耐えられるとは思わなかった。
伯爵を継いでから幾度となく従者や秘書などの申し入れが様々なところから申し出があった。
その申し出を突っぱねてきたユアンがとうとう迎え入れたのが人間の秘書というのは否が応でも噂になる。
危険がないように見えるところでロイの姿を確認しながら社交をこなしていたがまさかフェリックスがロイに手出ししてくるとは思わなかった。
「何で人間なんか秘書にしたんだ」
騎士団に顔を出したあの日フェリックスに尋ねられたユアンは思わず笑い出しそうになった。
「半獣である僕にそれを言うのかい?」
あっという顔をして黙りこくるフェリックスに内心やれやれという気持ちになる。
浅慮なところもここまで来ればいっそ呆れてくる。フェリックスの父である騎士団長は人間に対しても半獣に対しても獣人と変わらず接するというのに。
同僚たちの中にはもちろん人間はいるがフェリックスは敵対心は出さない。以前団長がフェリックスの選民意識は母の考えが強いと苦笑しながらこぼしていたのを思い出す。自分の考えはどうあろうと友としての考えを尊重してくれると思っていたのにとユアンはため息が出る。
「彼は僕の大事な秘書だ。傷つけるようなことはしないでほしい」
そう、忠告したのに。まさかあんなことになろうとは。
貴族に気を取られ気がつけばロイの方へ人だかりができているのを確認して駆けつけたときには遅かった。
荒い呼吸で顔を青くしたロイの姿が目に入った。そのロイを抱え込むのは神殿の神官長ダニエル・ギシャール。
慌てて駆けつけると二人が対峙するのは今にも獣化しそうな程激昂したフェリックスだった。
ユアンはロイにかけよろうとするもダニエルにかわされる。
ダニエルがロイを抱えてさっさと会場から立ち去ったあとユアンは脇目も振らず後を追おうとした。
ロイの元へ行かなければ。
袖を引かれたかと思うと懇願するような表情のフェリックスがこちらを見上げており、途端にユアンは胸ぐらを掴んで引き摺り回したい衝動に駆られた。
察するにおおかたフェリックスがロイに何かしたのだろう。その内容を今は詳しくは聞くつもりはなかった。
今聞いてしまえば貴族たちが見ている中でも冷静でいられる自信がない。
フェリックスに対して冷ややかな表情で残念だと告げるとハッとした表情を見せ、顔を青くさせるももう何もかも遅かった。
結局その後ロイを連れて帰ることはできず、一人で帰宅したがいてもたってもいられなかった。
連れ帰ろうとしたとき手を振り払われたときのロイの表情ばかりが頭に浮かんだ。
あのとき何があったのかことのあらましを顔見知りのそのとき警部にあたっていた騎士団の同僚、給仕していた使用人たちから情報を仕入れ何が起こったのかわかるとユアンは怒りで目の前が真っ赤になった。
首を締め上げられたとあればユアンはあの場でフェリックスになぜ手を下さなかったのかと後悔した。
すぐにオルティス家としてオーゼル家に抗議の文を出した。身分差があってもフェリックスのしたことは明らかに度を越している。
正直もう今はフェリックスの顔は見たくない。
神殿では何をしているだろうか、そんなことばかりが頭をよぎる。
ロイが関わりを持った神官が神殿の神官長だとわかったのは調べてすぐだった。
ダニエル・ギシャールはこの国の人間で魔法を使える数人のうちの一人だ。元々魔法を使える者が少ないこの国では魔法を使える者は重宝される。
神殿の神官見習いであった少年ダニエルは幼少期に魔法の力に目覚め、あっというまに神殿内での地位が確立された。
冷静沈着、規律を重んじ信心深く模範的な神に使える者──。
誰に聞いてもそのような答えが返ってくるだろう。顔を合わせることは度々あったが元々向こうもユアンと同じで王城で行われる式典や公式の夜会などしか滅多に出席しない。形式的な挨拶はあっても他の言葉を交わすことはほぼなかった。
人なりはわからずともユアンにとってはロイに近づく者は誰であろうと警戒すべき対象であることに変わりはない。
危害を加えることはないだろうとは思うがユアンは一晩中気が気でなかった。
帰宅したロイを出迎えたものの、どこかよそよそしく目が合わないことに不安になりながらも顔色がいくばか良いことに安堵する。
ダニエルの名が出てきたばかりか横を通り過ぎたときにあたり前に付着している神殿の香を嗅いだ途端ユアンの中で何かが切れた。
気づけば自分の欲望のままにロイに触れた。
自制のできない繰り返す自分にこれでは獣以下だなと自嘲するも後悔はなかった。
掴み組み伏せたロイの手首には赤い跡ができている。身体は綺麗にしたが後でトーマスに冷やすものを持ってきてもらおう。
そんなことを考えながらロイの髪に触れる。
大事にしたいのに大事にする方法がわからない。
守れず傷つけて肝心なときに役に立たない自分が腹ただしい。
側に置きたい、永遠に一緒にいたい。
守りたい。自分がいないとダメなくらい甘やかしたいのに自分でロイの全てを穢したいとも思っている自分がいる。
こんなことまでしておいてロイの気持ちを確かめるのが怖い。ロイが本気で抵抗するラインを探っている自分が浅ましい。
もしもロイが自分を拒絶したら?昨夜の腕を振り払われたのでさえユアンは胸が抉られたようだった。
繋がりたいのをすんでのところで堪えてもいつかはタガが外れてしまうかもしれない。そのときロイを傷つけることになったら?
起きたら嫌われていないだろうか。そんな不安に駆られる。
すやすやと寝息を立てるロイの手に指をからませる。
温かく小さな手に願うようにそっとキスをした。
いつもは面倒な夜会もロイと一緒だから正直浮かれていた。衣装も揃いのデザインを入れて着飾ったロイは可愛らしく美しかった。
白い肌に濃紺のタキシードがよく映えて、タイトなラインは思わず腰回りを抱え込みたくなるほどだった。
緊張状態のロイが心配で側に置いておきたかったがどうしても貴族たちの面々と顔を合わせると挨拶を交わさなければならない。
その時ロイがどうしたって好奇の目に晒されるし晒したくはなかった。何より本人があの場にいて耐えられるとは思わなかった。
伯爵を継いでから幾度となく従者や秘書などの申し入れが様々なところから申し出があった。
その申し出を突っぱねてきたユアンがとうとう迎え入れたのが人間の秘書というのは否が応でも噂になる。
危険がないように見えるところでロイの姿を確認しながら社交をこなしていたがまさかフェリックスがロイに手出ししてくるとは思わなかった。
「何で人間なんか秘書にしたんだ」
騎士団に顔を出したあの日フェリックスに尋ねられたユアンは思わず笑い出しそうになった。
「半獣である僕にそれを言うのかい?」
あっという顔をして黙りこくるフェリックスに内心やれやれという気持ちになる。
浅慮なところもここまで来ればいっそ呆れてくる。フェリックスの父である騎士団長は人間に対しても半獣に対しても獣人と変わらず接するというのに。
同僚たちの中にはもちろん人間はいるがフェリックスは敵対心は出さない。以前団長がフェリックスの選民意識は母の考えが強いと苦笑しながらこぼしていたのを思い出す。自分の考えはどうあろうと友としての考えを尊重してくれると思っていたのにとユアンはため息が出る。
「彼は僕の大事な秘書だ。傷つけるようなことはしないでほしい」
そう、忠告したのに。まさかあんなことになろうとは。
貴族に気を取られ気がつけばロイの方へ人だかりができているのを確認して駆けつけたときには遅かった。
荒い呼吸で顔を青くしたロイの姿が目に入った。そのロイを抱え込むのは神殿の神官長ダニエル・ギシャール。
慌てて駆けつけると二人が対峙するのは今にも獣化しそうな程激昂したフェリックスだった。
ユアンはロイにかけよろうとするもダニエルにかわされる。
ダニエルがロイを抱えてさっさと会場から立ち去ったあとユアンは脇目も振らず後を追おうとした。
ロイの元へ行かなければ。
袖を引かれたかと思うと懇願するような表情のフェリックスがこちらを見上げており、途端にユアンは胸ぐらを掴んで引き摺り回したい衝動に駆られた。
察するにおおかたフェリックスがロイに何かしたのだろう。その内容を今は詳しくは聞くつもりはなかった。
今聞いてしまえば貴族たちが見ている中でも冷静でいられる自信がない。
フェリックスに対して冷ややかな表情で残念だと告げるとハッとした表情を見せ、顔を青くさせるももう何もかも遅かった。
結局その後ロイを連れて帰ることはできず、一人で帰宅したがいてもたってもいられなかった。
連れ帰ろうとしたとき手を振り払われたときのロイの表情ばかりが頭に浮かんだ。
あのとき何があったのかことのあらましを顔見知りのそのとき警部にあたっていた騎士団の同僚、給仕していた使用人たちから情報を仕入れ何が起こったのかわかるとユアンは怒りで目の前が真っ赤になった。
首を締め上げられたとあればユアンはあの場でフェリックスになぜ手を下さなかったのかと後悔した。
すぐにオルティス家としてオーゼル家に抗議の文を出した。身分差があってもフェリックスのしたことは明らかに度を越している。
正直もう今はフェリックスの顔は見たくない。
神殿では何をしているだろうか、そんなことばかりが頭をよぎる。
ロイが関わりを持った神官が神殿の神官長だとわかったのは調べてすぐだった。
ダニエル・ギシャールはこの国の人間で魔法を使える数人のうちの一人だ。元々魔法を使える者が少ないこの国では魔法を使える者は重宝される。
神殿の神官見習いであった少年ダニエルは幼少期に魔法の力に目覚め、あっというまに神殿内での地位が確立された。
冷静沈着、規律を重んじ信心深く模範的な神に使える者──。
誰に聞いてもそのような答えが返ってくるだろう。顔を合わせることは度々あったが元々向こうもユアンと同じで王城で行われる式典や公式の夜会などしか滅多に出席しない。形式的な挨拶はあっても他の言葉を交わすことはほぼなかった。
人なりはわからずともユアンにとってはロイに近づく者は誰であろうと警戒すべき対象であることに変わりはない。
危害を加えることはないだろうとは思うがユアンは一晩中気が気でなかった。
帰宅したロイを出迎えたものの、どこかよそよそしく目が合わないことに不安になりながらも顔色がいくばか良いことに安堵する。
ダニエルの名が出てきたばかりか横を通り過ぎたときにあたり前に付着している神殿の香を嗅いだ途端ユアンの中で何かが切れた。
気づけば自分の欲望のままにロイに触れた。
自制のできない繰り返す自分にこれでは獣以下だなと自嘲するも後悔はなかった。
掴み組み伏せたロイの手首には赤い跡ができている。身体は綺麗にしたが後でトーマスに冷やすものを持ってきてもらおう。
そんなことを考えながらロイの髪に触れる。
大事にしたいのに大事にする方法がわからない。
守れず傷つけて肝心なときに役に立たない自分が腹ただしい。
側に置きたい、永遠に一緒にいたい。
守りたい。自分がいないとダメなくらい甘やかしたいのに自分でロイの全てを穢したいとも思っている自分がいる。
こんなことまでしておいてロイの気持ちを確かめるのが怖い。ロイが本気で抵抗するラインを探っている自分が浅ましい。
もしもロイが自分を拒絶したら?昨夜の腕を振り払われたのでさえユアンは胸が抉られたようだった。
繋がりたいのをすんでのところで堪えてもいつかはタガが外れてしまうかもしれない。そのときロイを傷つけることになったら?
起きたら嫌われていないだろうか。そんな不安に駆られる。
すやすやと寝息を立てるロイの手に指をからませる。
温かく小さな手に願うようにそっとキスをした。
30
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~
黒鴉宙ニ
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」
自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。
全然関係ない第三者がおこなっていく復讐?
そこまでざまぁ要素は強くないです。
最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる