犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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 ユアンは昨日からの出来事を思い返していた。
 

 いつもは面倒な夜会もロイと一緒だから正直浮かれていた。衣装も揃いのデザインを入れて着飾ったロイは可愛らしく美しかった。
 白い肌に濃紺のタキシードがよく映えて、タイトなラインは思わず腰回りを抱え込みたくなるほどだった。
 緊張状態のロイが心配で側に置いておきたかったがどうしても貴族たちの面々と顔を合わせると挨拶を交わさなければならない。
 その時ロイがどうしたって好奇の目に晒されるし晒したくはなかった。何より本人があの場にいて耐えられるとは思わなかった。
 伯爵を継いでから幾度となく従者や秘書などの申し入れが様々なところから申し出があった。
 その申し出を突っぱねてきたユアンがとうとう迎え入れたのが人間の秘書というのは否が応でも噂になる。
 危険がないように見えるところでロイの姿を確認しながら社交をこなしていたがまさかフェリックスがロイに手出ししてくるとは思わなかった。

 「何で人間なんか秘書にしたんだ」

 騎士団に顔を出したあの日フェリックスに尋ねられたユアンは思わず笑い出しそうになった。

 「半獣である僕にそれを言うのかい?」

 あっという顔をして黙りこくるフェリックスに内心やれやれという気持ちになる。
 浅慮なところもここまで来ればいっそ呆れてくる。フェリックスの父である騎士団長は人間に対しても半獣に対しても獣人と変わらず接するというのに。
 同僚たちの中にはもちろん人間はいるがフェリックスは敵対心は出さない。以前団長がフェリックスの選民意識は母の考えが強いと苦笑しながらこぼしていたのを思い出す。自分の考えはどうあろうと友としての考えを尊重してくれると思っていたのにとユアンはため息が出る。

 「彼は僕の大事な秘書だ。傷つけるようなことはしないでほしい」
 
 そう、忠告したのに。まさかあんなことになろうとは。

 貴族に気を取られ気がつけばロイの方へ人だかりができているのを確認して駆けつけたときには遅かった。
 荒い呼吸で顔を青くしたロイの姿が目に入った。そのロイを抱え込むのは神殿の神官長ダニエル・ギシャール。
 慌てて駆けつけると二人が対峙するのは今にも獣化しそうな程激昂したフェリックスだった。
 ユアンはロイにかけよろうとするもダニエルにかわされる。

 ダニエルがロイを抱えてさっさと会場から立ち去ったあとユアンは脇目も振らず後を追おうとした。

 ロイの元へ行かなければ。

 袖を引かれたかと思うと懇願するような表情のフェリックスがこちらを見上げており、途端にユアンは胸ぐらを掴んで引き摺り回したい衝動に駆られた。
 察するにおおかたフェリックスがロイに何かしたのだろう。その内容を今は詳しくは聞くつもりはなかった。
 今聞いてしまえば貴族たちが見ている中でも冷静でいられる自信がない。
 フェリックスに対して冷ややかな表情で残念だと告げるとハッとした表情を見せ、顔を青くさせるももう何もかも遅かった。
  
 結局その後ロイを連れて帰ることはできず、一人で帰宅したがいてもたってもいられなかった。

 連れ帰ろうとしたとき手を振り払われたときのロイの表情ばかりが頭に浮かんだ。

 あのとき何があったのかことのあらましを顔見知りのそのとき警部にあたっていた騎士団の同僚、給仕していた使用人たちから情報を仕入れ何が起こったのかわかるとユアンは怒りで目の前が真っ赤になった。
 首を締め上げられたとあればユアンはあの場でフェリックスになぜ手を下さなかったのかと後悔した。
 すぐにオルティス家としてオーゼル家に抗議の文を出した。身分差があってもフェリックスのしたことは明らかに度を越している。
 
 正直もう今はフェリックスの顔は見たくない。

 神殿では何をしているだろうか、そんなことばかりが頭をよぎる。

 ロイが関わりを持った神官が神殿の神官長だとわかったのは調べてすぐだった。

 ダニエル・ギシャールはこの国の人間で魔法を使える数人のうちの一人だ。元々魔法を使える者が少ないこの国では魔法を使える者は重宝される。
 神殿の神官見習いであった少年ダニエルは幼少期に魔法の力に目覚め、あっというまに神殿内での地位が確立された。
 冷静沈着、規律を重んじ信心深く模範的な神に使える者──。
 誰に聞いてもそのような答えが返ってくるだろう。顔を合わせることは度々あったが元々向こうもユアンと同じで王城で行われる式典や公式の夜会などしか滅多に出席しない。形式的な挨拶はあっても他の言葉を交わすことはほぼなかった。
 人なりはわからずともユアンにとってはロイに近づく者は誰であろうと警戒すべき対象であることに変わりはない。

 危害を加えることはないだろうとは思うがユアンは一晩中気が気でなかった。

 帰宅したロイを出迎えたものの、どこかよそよそしく目が合わないことに不安になりながらも顔色がいくばか良いことに安堵する。
 ダニエルの名が出てきたばかりか横を通り過ぎたときにあたり前に付着している神殿の香を嗅いだ途端ユアンの中で何かが切れた。

 気づけば自分の欲望のままにロイに触れた。

 自制のできない繰り返す自分にこれでは獣以下だなと自嘲するも後悔はなかった。
 掴み組み伏せたロイの手首には赤い跡ができている。身体は綺麗にしたが後でトーマスに冷やすものを持ってきてもらおう。
 そんなことを考えながらロイの髪に触れる。

 大事にしたいのに大事にする方法がわからない。

 守れず傷つけて肝心なときに役に立たない自分が腹ただしい。

 側に置きたい、永遠に一緒にいたい。

 守りたい。自分がいないとダメなくらい甘やかしたいのに自分でロイの全てをけがしたいとも思っている自分がいる。

 こんなことまでしておいてロイの気持ちを確かめるのが怖い。ロイが本気で抵抗するラインを探っている自分が浅ましい。
 
 もしもロイが自分を拒絶したら?昨夜の腕を振り払われたのでさえユアンは胸が抉られたようだった。
 繋がりたいのをすんでのところで堪えてもいつかはタガが外れてしまうかもしれない。そのときロイを傷つけることになったら?

 起きたら嫌われていないだろうか。そんな不安に駆られる。

 すやすやと寝息を立てるロイの手に指をからませる。

 温かく小さな手に願うようにそっとキスをした。
 
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