犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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気づいてしまった気持ち

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 ダニエルに続き神殿に入り、まず案内されたのはダニエルの執務室だった。
 相変わらず本が至る所に積まれておりこの間よりも少し雑多な印象になっていた。
 促されてソファに座るとダニエルは神官と思われる人物を呼びつけて何かを言いつける。
 
 こちらでは使用人はおらず、基本自分で身の回りのことはするのだが神官長ともあれば神官見習いと言った身の回りの雑務をこなす者がつくのだという。

 「温かいものを腹に入れなさい。食べれそうならこちらも」

 運ばれてきた温めた牛乳とマドレーヌやクッキーがのった皿を差し出されるとロイはテーブルに置かれた牛乳の入ったマグを手に取る。
 夜中だけあってカフェインを取ることで眠れなくなるかもしれないからとコーヒーではなく牛乳を出された。
 ダニエルのそんな気遣いがありがたかった。
 じんわりと温かくてそのとき指先が冷え切っていたことにようやく気付く。

 「ありがとうございます……」
 「傷は消えたがもしかしたら後から何か症状が出るかもしれない。今日は神殿で過ごしなさい」
 「ありがとうございます。あの、さっきのって……」
 「魔法のことか」

 そう言ってダニエルは自分の手に視線を落とす。

 「この力があるから私は神官長という役職についていられるんだ。黙っていたつもりはなかったが、驚かせてすまなかった」
 「そんな!ありがとうございました。ダニエルさんに治療してもらえてラッキーでした」

 魔法のことを色々聞きたい気持ちはあったものの今はそんな気にはなれなかった。
 疲労感はあるものの、ダニエルの執務室に充満する古い本とインクのような匂いが今はなんだか落ち着いた。

 「少し強引に連れてきてしまった気がするが大丈夫だっただろうか」
 「いえ、正直助かりました」

 ロイの言葉の先を促すようなダニエルの表情に少し自嘲気味に微笑む。しばし無言の後ロイは口を開いた。

 「自分が、嫌になるんです。弱くて、何もできなくて足をひっぱっているような気がして。甘やかされて、守られるたびに身の程知らずな自分に嫌気がさして」

 それは見ないふりをしてきた自分の思い。

 ユアンが大事にしてくれるたびにである自分が勘違いしそうになる。
 自分にはそんな資格ないのにいつのまにかユアンに対して尊敬以上の気持ちを抱いていることに気づいてしまった。
 気づいた途端にそんな自分が嫌になって、フェリックスの言うように身の程知らずの自分を思い知らされて。
 
 「ふむ。上司は部下を守るものではあるが、君が言っているのはそういうことではないのだろう」
 「すみません。愚痴っぽくなってしまって」

 慌てて謝るとダニエルは少しだけ口の端を上げた。

 「気にすることはない。話の続きだが……君は相手と肩を並べたいのか。ああ、ここでは身分を指すことではないのはわかっている。頼られたい、もしくは……『特別な存在』になりたい、そんな感情を持っていると見える」
 「あ……」

 指摘されると自分の烏滸がましさに恥ずかしくなり俯く。
 もちろん肩を並べるまでとはいかなくともユアンの秘書としても頼られる存在になりたいと思っていたのは事実だった。

 ユアンのそばにいても恥ずかしくない自分でいたい。
 それと──

 (特別な存在……)

 「そう、なんですかね……ただ、そばにいることを許してほしいのかもしれません」

 ロイの考えを見透かしたようにダニエルは続ける。

 「誰にでも認めてももらおうというのは難しい」

 それがフェリックスのことを指しているのはわかった。
 フェリックスは人間である自分が気に入らないばかりでなく、明らかにユアンが目にかけているのが面白くないのだろう。
 ロイに向けられた怒りの感情はユアンに対する友情だけではない、それ以外の感情を感じたのは気のせいとは思えなかった。

 「わかってます。そんなの無理なことぐらい。けれど……」

 そう言って口を噤んだ。自分の頭の中がまとまらない。先ほどのユアンの呆然とした表情ばかりが浮かぶ。
 
 ダニエルはロイの背中をポンと叩いて「好きなだけいなさい。部屋を準備しているから眠くなったら言いなさい」と言い、机に向かって仕事を始めた。

 ペン先を走らす静かな音を聞きながらロイは長い間ただくうを見ていた。


 次の日早朝神殿からダニエルから手配してもらった馬車で帰ると、帰るなりユアンがロイに一目散に駆け寄ってきた。

 「無事だったか」
 「無事……?ええ。ダニエルさんにはよくしてもらいました」

 その途端ユアンの表情がサッと変わる。なんとなく不穏な気配を感じてロイはすぐに頭を下げた。

 「昨夜は申し訳ありませんでした。ユアン様にもご迷惑をおかけしてしまって」
 「なぜ君が謝るんだ。謝らないといけないのは守れなかった俺の方なのに」
 「いいえ。ユアン様のせいではありません」

 ──自分が身の程知らずなばかりに。

 思わずそう口に出そうになるところをすんでのところでグッと堪えた。
 
 「至らなかった自分も悪いのです。私には夜会はまだ早かったです。今後はトーマスさんにお願いしますね」

 無理やり笑顔を作って告げるとユアンの瞳が揺らいだような気がした。

 「ロイ……?」
 「では急いで仕事に入りますね」

 ユアンの横を通り過ぎようとしたときだった。強い力で腕を引かれ、痛みに思わず呻き声を上げるとそのまま引きずられる。
 慌てて体勢を整えユアンに腕を引かれた状態で歩き出す。

 「ちょ、ちょっと!ユアン様?」

 早足で進むユアンの歩調に合わせようとするも転びそうになるので自然と小走りになってしまう。
 顔を見上げるも何を考えているのかユアンの表情からは窺い知れない。
 廊下を進んだ先はユアンの私室で、ユアンが扉を乱暴に開け放つとロイはそのまま部屋の奥のベッドに投げ出された。
 ベッドが軋んだ音を立てるのもお構いなしに乱暴に投げ出され目が回りそうになる。
 明るい陽が差し込む部屋でベッドメイキングしたばかりであろうベッドからすぐに起きあがろうとすると、天蓋付きのベッドのカーテンを引く音がした。



 「ロイ、君は誰のものなのかわかっていないようだね」


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