犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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不穏

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 「おにいちゃん!!」

 目を覚ますと心配そうなウトが覗き込んでいた。
 後頭部に鈍い痛みを感じながら起き上がるとウトが安心したようで抱きついてきた。

 「ここは……」
 「わかんない、目がさめたらここにいて。ニアもいないし、おにいちゃんもおきないしっ……」

 先ほどニアとウトの家で会った男たちに連れ去られたことを推測する。

 涙を流し混乱しているウトの背中をさすりながら辺りをみまわすと窓のない部屋で冷たい石造りの壁、少し離れたところにある階段は上に向かっており、その先には扉が閉ざされてここがどうやらどこかの地下室だということがわかった。
 二人とも縛られているわけではなく、この部屋の中なら自由に身動きできる状態だとわかるとロイは階段をおそるおそる上がると扉に耳を当ててみる。
 遠くの方で人の話し声がする。耳を押し当ててすまして聞いてみると「買い手が」「半獣」などの言葉がちらほら聞こえてくる。
 記憶を失う前の会話が思い起こされる。

 (もしかして……人身売買……?)

 他では奴隷の売り買いがある国があると聞くが少なくともこの国では金銭のでの人の売買は違法だ。さあっと目の前が真っ暗になる。
 青ざめた表情のロイを見て不安そうにウトが見上げる。
 
 (しっかりしなくちゃ!)

 恐怖を振り払うように頭を振ってからウトの元へ戻ったロイは考えを巡らせる。

 ここへ運ばれてからどのくらい気を失っていたのかもわからない。外の様子を見たくとも窓のない地下。ニアの様子も気になる。
 とりあえずウトの身体を目視で確認するも何も怪我はなく安心する。
 
 「ぼくが『ぼくたちのおうちどうなってるかみたい』って言ったせいだ……」
 「ウト……」
 「ニアが、ニアがいなくなっちゃったらぼくひとりぼっちになっちゃう……!」

 ロイにしがみついたままポロポロと大粒の涙をこぼすウトを「大丈夫、大丈夫だから」と言い聞かせながら思わず抱きしめる。

 脳内に幼き頃の自分の姿が浮かぶ。

 声をあげて泣いたのは何故だったか。

 母が亡くなったことを義理の母つきの侍女から聞かされたとき?

 違う、あのときは庭で泣いていたのをクロが慰めてくれたんだっけ。

 泣いたのはクロがいなくなったときだ。

 あの侍女はなぜいなくなったんだろう。

 なんでクロはいなくなったんだろう。

 今となってはどうでもいいはずのことが今になって頭を占領する。

 「おにいちゃん……?」

 いつしか無言で固まっていたままのロイを不審に思ったのかウトが涙をこぼしながら見上げる。
 我に帰ったロイはこんなときに変なことを考える自分に我ながらパニックになっていると自覚して少し冷静さを取り戻した。

 「大丈夫。きっと助けがくるから」

 安心させるように微笑んで涙を指で拭ってやるとウトは頷いた。
 二人の家を見に行ったときには夕方近くになっていたから、気絶してからここへ運び込まれてどのくらい立っているかわからないがきっと今はもう日は暮れている。
 ニアとウトがいなくなってきっと孤児院では今頃騒ぎになっているはずだ。
 そしてトーマスからのお使いを頼まれていた自分が屋敷に戻らなかったことで何かあったと気づいてもらえたなら……。
 なんて淡い期待を抱いてみるもただのサボりと見なされていたらと冷や汗が流れる。

 そんなことをぐるぐると考えていると突然ドアが開け放たれた。

 「おお!起きたみてえだな」

 ニアとウトの家で会ったスーツの男がこちらを見て気だるそうに階段を降りてきた。同じく後ろから逞しい体躯の男が降りてくる。
 陰険な目つきがウトを捕らえたかと思うと下卑た笑みを浮かべたのでウトを思わず背に隠す。

 「ここはどこですか。それにニアはどこですか」
 「ここがどこかなんてお前たちにはわからなくていい。ニアのやつは生きてるよ」

 スーツの男は近くに転がっていた椅子を持って来させると腰を下ろして懐から煙草を取り出して火をつけた。
 吸い込んだ煙をこちらに吹きかけてくるので思わず咳き込んでしまうと男は鼻を鳴らした。

 「今のところはって……ニアに何かしたんですか!」
 「さっき目を覚ましてすぐに『ウトをどこへやった』だのうるせーからちょっとおとなしくしてもらっただけだよ。まあ、商品価値は下がっちまったとしても多少は問題ねえさ」
 「何を……」

 顔を青くしたロイに男は煙草を燻らせながら喋りつづけた。

 「お前よお、どこの貴族の使用人なんだ?」

 言ったことでユアンだけでなくオルティス家に迷惑をかけるかもしれないとロイは口を噤む。何より狙いがわからないので下手に話さない方がいい。
 口を噤んだロイに男は面白くなさそうな顔をして「おい」と後ろの手下の男に声をかける。
 すると立っていた手下は大股でこちらに向かってくると後退りする隙も与えずにロイの胸ぐらを掴んだかと思うと強い力で引きずってから有無を言わさず床に投げ飛ばした。

 「おにいちゃん!!」
 
 息もできないほどの強い衝撃に目の前が揺れ、全身が打ち付けられた痛みにうめくと今度は腹部に強い衝撃が走る。
 
 「うっ、ぐあっ」

 手下がロイに何度か腹部に蹴りを入れると、痛みに身を縮こませたロイにスーツの男が片手を制止する。

 「お前は加減をいつになったら覚えんだ。あーあー、こいつは引き渡し相手が決まってんだから顔には傷はつけんなよ」

 手下の男がすぐにスーツの男の後ろに下がるとスーツの男は立ち上がった。

 「まあ、お前がどこの貴族に飼われてるなんざどうでもいいか。おとなしくしとけよ。おい、ウト!」

 いきなり名を呼ばれて怯えるウトにスーツの男はウトの方を見る。

 「お前もすぐに買い手が見つかるからな。兄弟揃っては無理だろうが、お前らの両親には散々働いてもらったから餞別がわりにいいところに売ってやるからな」

 ヒヒヒといやらしい顔で笑うと男たちが階段を登って部屋を出て行こうとした矢先のことだった。
 
 
 

 

 
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