犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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気遣い

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 「なんだか疲れているな」

 ダニエルが無表情にこちらに視線を送る。幾度か会話を交わしていくうちにこの人物は普段から表情があまり表に出ないことがわかってきた。
 今もロイを本当に気遣っているのだとわかる。ダニエルは湯気の立つカップを片手にこちらを見た。
 神殿に訪問するのは緊張したが、名前を名乗るとすんなりと通してくた。部屋に入るなりダニエルはロイにコーヒーを入れてくれた。
 相変わらず本が山積みになっている机は使いづらくないのだろうかと不思議に思いながらロイは苦笑する。

 「疲れているわけではないんですが……」

 実はダニエルのところへ寄る前に孤児院で子供達とくたくたになるまで遊んできたとは言いづらい。
 ユアンと孤児院を訪問してから定期的に孤児院への寄付として送る物資の仕入れなどを任されるようになった。
 孤児院へ届けるのはトーマスや他の使用人に任せても問題ないのだが、ロイは子供達の顔を見たいのもあって孤児院への配送業務も行なっている。
 今日は午後からユアンが騎士団に顔を出すからと休日になった。当初ユアンについて行こうとしたロイだが、騎士団は貴族子息もいるが大半は荒っぽい連中だからと同行をやんわりと断られたのだ。
 ユアンとしては先日のフェリックスの件もあってロイが傷つくことがないようにと配慮だったのだがロイは気づいていない。
 少し残念そうなロイの様子を感じ取ってか、それならば孤児院へ先日知り合いの商会から衣類を寄付としていただいたので孤児院へ持って行ってほしいとユアンに頼まれたのだ。
 ユアンが懇意にしているというモルジット商会は衣類に力を入れており、貴族向けのフォーマルなドレスやスーツ、平民向けの衣類も取り扱っている商会である。
 特に古着を持ち込むと購入価格からいくらか値引きするサービスで売り上げを大幅に上昇させ今やステルク王国で、最も勢いのある商会と言われている。
 商会長であるリタ・モルジットはユアンについていき一度会ったことがあるのだが、ラットの獣人で気のいい商売人という印象だった。
 多忙につき本日は会えなかったがユアンが話を通していたらしく、店員が大量の子供用の衣類を馬車に乗せてくれた。

 やんちゃな獣人の子供は特にすぐに衣服を穴だらけにするそうで、繕っても繕っても追いつかないからと、衣類を持って行った際シスターのソフィーには大層喜ばれた。
 子供達と挨拶だけして帰ろうとしたものの、まだまだ遊びたい盛りの子供達相手に力いっぱいに引き止められたロイは断ることもできずダニエルへの訪問時間ギリギリまで鬼ごっこやかくれんぼなどして子供達の相手をしていたのだった。

 ロイは鞄の中からゴソゴソと本を取り出して真向かいに座るダニエルへ本を差し出した。

 「この本とてもおもしろかったです」

 前回借りた魔法の本が読みすすめてみると想像以上におもしろく、読み終えた後も何度も読み返していたほどだった。

 「この、『魔力と魔法の基礎』の『魔力は種族によって魔力量は異なるものの、今でも皆等しく魔力を持っている』というのは興味深かったです。自分のいた国では、誰でも魔力はあった時代はあったものの、今はごく僅かの限られた人間しか保有していないとの見方が強かったので」
 「君は確かこの国の出身ではなかったか」
 「はい、パルテームです」

 パルテームは主に人間が暮らしている国で獣人はほとんどといっていいほど見かけない。
 国としては積極的に獣人を迎え入れることをしないため、獣人のための法整備も整っておらず、獣人が住むには不便なことも多い。
 ステルク王国がパルテームに向けて交易を持ちかける話が上がっているとはユアンから聞いた。ただ、向こうの王族があまり乗り気ではないらしく話を慎重に勧めているらしい。
 パルテームでは魔力を持つ人間はやはり限りなく少なく、数人魔法使いがいるものの、各国を飛び回っているとかでほとんど自国にはいないのだとか。

 「魔力を実は誰でも持っているが、今はそれを顕現させる術《すべ》がない……という見方があるな」
 「昔の人は顕現させる術を知っていたということでしょうか」
 
 ダニエルは長い足をソファの上で組み直した。膝の上で組まれた手につけている指輪が目に入る。よく見たらダニエルが身につけている銀細工のペンダントと同じ青い水晶を小さくしたものがはめ込まれている。
 一呼吸おいて考えたようなそぶりを見せた後ダニエルは口を開いた。

 「昔の人間はそれこそ生まれながらにして魔力を持ち顕現させ、魔法を身につけたと聞く。どういった条件で魔力が顕現されるのかは様々だ。生まれたときから魔力を溢れさせていただの、幼少期に危険な目に遭いそうになったとき、修行によって自発的に顕現させたなど。だが歴史とともに魔力を顕現することができなくなってくる。」
 「なぜ今は昔より魔力を顕現させることができなくなったのでしょう」
 
 そこでダニエルは口の端を僅かに上げた。ロイはダニエルの微笑を見て少し面食らうもすぐにダニエルはいつもの無表情に戻ってしまった。

 「なぜ魔力を顕現することができる人間が減ったのか。魔力を誰でも持っているならばなぜ顕現できないのか、今でも魔力の謎について世界中の魔法使い達や研究者達が解明に取り組んでいる。……魔力を持つ、魔法を使うことのできる人間は昔よりは減ったものの今でも一定数はいる。しかしそれも減少傾向にある」
 
 魔法が使えたらユアンに肩を並べることができるだろうか……ふとそんなことを考える。
 そしたらユアンのそばにいてもいいだろうか。フェリックスの自分を認めないと叫ぶ言葉が蘇る。

 自分にロイはいつしか不安を覚えていた。
 

 カップを手に取り、ダニエルが入れてくれたコーヒーを口に運ぶと心地よい苦味が口に広がる。浅煎りの豆なのか後味にフルーティーな酸味を感じられた。思わずほうっと満足げに息を吐くロイをダニエルはじっと見つめる。

 「また本を持っていくといい」
 「ありがとうございます!」

 満面のロイの笑みにダニエルが小さく笑ったのをロイは気づくことはなかった。

 
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