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コーヒーと本と
しおりを挟む「はあ……」
「さっきからため息ばっかりついちまってどうした」
「あ、ヘンリーさん……すみません」
フェリックスにかけられた言葉がずっと引っかかり、あれからロイはことあるごとに考え込んでしまうようになった。
部屋に閉じこもっても考え込んでは落ち込んでしまうロイはこのままでは仕事に支障をきたすと思い、休日に出かけることにしたのだ。
以前ユアンに連れられてきた古本屋に来たのはいいものの、本を物色しながらも頭にはフェリックスの言葉がよぎってしまい、ため息をついてはぼうっとしてしまっていた。上の空で先ほどからため息ばかりのロイに見かねたヘンリーが声をかけたのだ。
「どうせユアンの坊主がなんかしたんだろ」
やれやれと言った感じでヘンリーに手招きされ、不思議に思いながらカウンターの裏側へ入るとインクの香りが鼻をかすめた。
店のカウンターは先ほどまで作業をしていたのか本が積み重なっている横に書きかけの値札が隅に置かれてた。小さな丸椅子を出されたのでロイがそこに腰掛けると目の前にふわりと湯気のたったカップが置かれる。
香ばしい懐かしい香りが鼻をくすぐり、懐かしい香りにロイは思わず身を乗り出した。
「紅茶もいいが、最近はコーヒーも好きでな。良い豆をもらったからお前にも飲ませてやる」
ヘンリーがにやりと笑うとロイの向かいに腰掛けた。カップを手に取るとじんわり温かくて冷えていた指先に熱が伝わっていく。
馴染みのある黒色の液体を見て思わず口元が綻ぶ。
「いただきます」と言ってから口をつけコーヒーを一口飲むとキリッとした苦味が舌先に広がってぼうっとしていた頭を少しだけクリアにしてくれた。
「久しぶりにコーヒーを飲みました」
「そうか。まあ貴族は紅茶の方が好きだからな」
貿易が盛んな国でもコーヒーはまだ貴族には浸透していないらしい。
ロイのいた国でもコーヒーは貴族にはあまり浸透してはいなかったが、兄のスティーブンの仕事を手伝ったときにごくたまに淹れてくれたのを思い出す。それから気に入ったロイは平民向けのカフェなどで見かけると、ちょっとした息抜きでたまにコーヒーを飲むようになった。
ロイの緩んだ表情を見てヘンリーは満足げな表情を見せた。
口を開こうとしたとき、店の入り口から物音がして人影が現れた。
「店主」
現れたのは背の高い男だった。入り口に立っている男はユアンより上背があるのではないかと思うくらい背の高い。白銀の短髪でアメジストの瞳の色。
整った顔立ちは無表情でそれが余計に人形のように無機質な印象を受けた。がっしりとした体格は一見騎士かと思うほどだったが身につけているのは神官服で胸元には青い水晶に銀細工が縁どられたペンダントをぶら下げていた。
男はこちらに足音もなく近づくとロイを一瞬見た後すぐにヘンリーへと視線を移した。
「本を取りに来た」
「ダニエルか、ちょっと待ってろ」
ヘンリーは立ち上がるとカウンターの引き出しから紙の束を取り出してカウンターの近くに開け放しの扉に入っていく。
どうやらそこが書庫らしく扉からヘンリーの「えーと…これだったかな」と独り言が聞こえてきた。
取り残されたロイはカップを握ったまま居心地の悪い思いをしていると何やら視線を感じた。顔を上げるとダニエルと呼ばれた男がこちらを凝視していた。正確にはロイの手元のコーヒーをじっと視線を注いでいる。
「あのー、コーヒーお好きなんですか」
ロイが何の気なしにたずねてみるとダニエルは「ああ」と一言だけ言って目線をやっとロイに向けた。
じっと見つめられロイが首を傾げて見せるとダニエルが「名前は」と聞いてきたので「ロイです」とロイが答えるとダニエルは目を伏せて「そうか」と一言だけ返し沈黙の空気がまた流れた、ときだった。
「ぐうううう」
ロイが慌ててお腹を両手で抑えるもしっかりと聞こえたらしくダニエルがロイの方へ視線をうつす。
「……すみません」
初対面の人物相手に腹の音を聞かれたことにロイは羞恥で顔を赤く染めた。
(やっぱりどこかで食べてくればよかった……)
すぐに朝食を取らずに屋敷を出た自分を呪う。
再び沈黙の空気が流れ、しばらくすると書庫の方から本を大量に抱えたヘンリーが出てきた。ダニエルが近寄りヘンリーから本を受け取る。
「お前さんの注文通り本は仕入れることはできたがこりゃあ一人では持ち帰れんぞ」
「そうなのか」
「ああ、今日は馬車か」
「いや、歩いてきた」
「この量は一人では無理だぞ。人は呼べんのか」
渋面のヘンリーの言葉に考え込んでいる様子のダニエルにロイは「あのー」と声をかける。
無表情のままロイに視線を向けたダニエルに思わずたじろいでしまう。
「お手伝い、しましょうか」
困っている様子だったのでロイが申し出るとヘンリーは「おお!」と名案だというふうに声を上げた。
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