犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

文字の大きさ
上 下
10 / 36

幼き頃のこと

しおりを挟む
 ──「いつかトリフみたいに冒険者になるんだ!そのときはクロも一緒だよ」

 ──「クロ!ずっと一緒だよ」

 ──「クロがいるから寂しくないよ」


 「う……」

 目が覚めると眦から涙がこぼれ落ちていく。昔の夢を見るたびに涙を流すのは幼い頃の寂しかった思い出が蘇るからだろうか。

 遠い昔の出来事を思い出させる夢はいつもの夢だ。

 昔伯爵家に入ったばかりの頃、それまで平民として生きてきたロイにとって伯爵家での暮らしは窮屈なものだった。
 一緒に街の裏道を走り回る友達はいないし、毎朝顔を合わせると笑顔で返してくれる近所のおばさんもいない。

 何より一番大好きな母がそばにいないことが苦痛だった。

 父は自分に関心はなく屋敷にはいないし、義理の母は顔を合わせるたびに蔑みの目を向け兄はほとんど顔を合わせることがなかった。
 伯爵家に入るならばとそのときの侍女に礼儀作法を厳しく躾けられた。今思えば子供にするものではないほどの躾は熾烈なもので、折檻は日常茶飯事で特にレッスンの時間は幼いロイにとって恐ろしいものだった。作法を間違うと容赦なく飛んでくる鞭は幼いロイの身体中を傷だらけにした。
 母と離され、寂しさと身体の痛みでロイはいつも庭の隅で泣いていた。

 月日が経つにつれ、伯爵家が傾き出したときにはいつのまにかあの侍女がいなくなっていたがあの侍女のせいでロイの幼少期の思い出は仄暗いものとなった。

 「クロ」と出会ったのはある日のことだった。
 庭の植え込みの影から一匹の黒い子犬が倒れているのを発見したのだ。痩せて傷だらけの弱っていた子犬をロイは必死で看病した。
 看病の甲斐あってか元気になった子犬は最初はロイを警戒してした様子だったが徐々に撫でさせてくれるようになった。
 どこからか迷い込んだと思われるその子犬をロイは「クロ」と名付けて可愛がった。
 クロは賢く、こちらの言っていることがわかるような子犬だった。話をするときは黙って聞いていたし、庭に人気を感じるとロイのズボンを引っ張って隠れる場所を示してくれたり、ときには花をどこからか摘んで咥えて持ってきてくれたりした。

 クロと過ごす時間は幼いロイにとってかけがえのないものだった。

 それが突然クロが姿を消したのはいつぐらいだっただろうか。ショックで数日間泣きはらし何も飲まず食わずで過ごして兄に無理やり食事を摂らされたことを思い出す。

 (ショックすぎてかあのときの記憶が曖昧なんだよな)

 ぼんやりと物思いにふけり、ふと窓の外を眺めているとまだ空は暗く夜中のようだった。
 ゆっくりとベッドから降りて何の気なしに窓の外を見る。人気のない静かな庭が月の明かりに照らされている。
 オルティス家にきて驚いたのは使用人に一人ずつ部屋が与えられていることだった。もともと使用人の数が少ないから賄えるといってもここまで高待遇なのはめずらしい。
 月の明かりでこのあいだ買った本を広げる。

 『トリフの冒険』

 ページを捲るたびにクロとの思い出が蘇る。

 「ずっと一緒って言ったじゃないか……」

 小さく呟くと何故か脳裏にユアンと出会ったときのことを思い出す。

 

 ──「真実の愛とは永遠の愛でもあると思う。わかりやすく言うと「ずっと一緒にいたい」という気持ちは永遠の愛だ。私はその気持ちを永遠の愛にして真実にするよ」


 「真実の愛なんて叶うはずない」

 ロイは呟くと本を抱きしめた。
 月明かりだけが差し込む静かな夜はこの世界で自分だけがひとりぼっちなのではないかと錯覚するくらい静かな夜だった。

 
 
 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉宙ニ
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

処理中です...