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幼き頃のこと
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──「いつかトリフみたいに冒険者になるんだ!そのときはクロも一緒だよ」
──「クロ!ずっと一緒だよ」
──「クロがいるから寂しくないよ」
「う……」
目が覚めると眦から涙がこぼれ落ちていく。昔の夢を見るたびに涙を流すのは幼い頃の寂しかった思い出が蘇るからだろうか。
遠い昔の出来事を思い出させる夢はいつも友達の夢だ。
昔伯爵家に入ったばかりの頃、それまで平民として生きてきたロイにとって伯爵家での暮らしは窮屈なものだった。
一緒に街の裏道を走り回る友達はいないし、毎朝顔を合わせると笑顔で返してくれる近所のおばさんもいない。
何より一番大好きな母がそばにいないことが苦痛だった。
父は自分に関心はなく屋敷にはいないし、義理の母は顔を合わせるたびに蔑みの目を向け兄はほとんど顔を合わせることがなかった。
伯爵家に入るならばとそのときの侍女に礼儀作法を厳しく躾けられた。今思えば子供にするものではないほどの躾は熾烈なもので、折檻は日常茶飯事で特にレッスンの時間は幼いロイにとって恐ろしいものだった。作法を間違うと容赦なく飛んでくる鞭は幼いロイの身体中を傷だらけにした。
母と離され、寂しさと身体の痛みでロイはいつも庭の隅で泣いていた。
月日が経つにつれ、伯爵家が傾き出したときにはいつのまにかあの侍女がいなくなっていたがあの侍女のせいでロイの幼少期の思い出は仄暗いものとなった。
「クロ」と出会ったのはある日のことだった。
庭の植え込みの影から一匹の黒い子犬が倒れているのを発見したのだ。痩せて傷だらけの弱っていた子犬をロイは必死で看病した。
看病の甲斐あってか元気になった子犬は最初はロイを警戒してした様子だったが徐々に撫でさせてくれるようになった。
どこからか迷い込んだと思われるその子犬をロイは「クロ」と名付けて可愛がった。
クロは賢く、こちらの言っていることがわかるような子犬だった。話をするときは黙って聞いていたし、庭に人気を感じるとロイのズボンを引っ張って隠れる場所を示してくれたり、ときには花をどこからか摘んで咥えて持ってきてくれたりした。
クロと過ごす時間は幼いロイにとってかけがえのないものだった。
それが突然クロが姿を消したのはいつぐらいだっただろうか。ショックで数日間泣きはらし何も飲まず食わずで過ごして兄に無理やり食事を摂らされたことを思い出す。
(ショックすぎてかあのときの記憶が曖昧なんだよな)
ぼんやりと物思いにふけり、ふと窓の外を眺めているとまだ空は暗く夜中のようだった。
ゆっくりとベッドから降りて何の気なしに窓の外を見る。人気のない静かな庭が月の明かりに照らされている。
オルティス家にきて驚いたのは使用人に一人ずつ部屋が与えられていることだった。もともと使用人の数が少ないから賄えるといってもここまで高待遇なのはめずらしい。
月の明かりでこのあいだ買った本を広げる。
『トリフの冒険』
ページを捲るたびにクロとの思い出が蘇る。
「ずっと一緒って言ったじゃないか……」
小さく呟くと何故か脳裏にユアンと出会ったときのことを思い出す。
──「真実の愛とは永遠の愛でもあると思う。わかりやすく言うと「ずっと一緒にいたい」という気持ちは永遠の愛だ。私はその気持ちを永遠の愛にして真実にするよ」
「真実の愛なんて叶うはずない」
ロイは呟くと本を抱きしめた。
月明かりだけが差し込む静かな夜はこの世界で自分だけがひとりぼっちなのではないかと錯覚するくらい静かな夜だった。
──「クロ!ずっと一緒だよ」
──「クロがいるから寂しくないよ」
「う……」
目が覚めると眦から涙がこぼれ落ちていく。昔の夢を見るたびに涙を流すのは幼い頃の寂しかった思い出が蘇るからだろうか。
遠い昔の出来事を思い出させる夢はいつも友達の夢だ。
昔伯爵家に入ったばかりの頃、それまで平民として生きてきたロイにとって伯爵家での暮らしは窮屈なものだった。
一緒に街の裏道を走り回る友達はいないし、毎朝顔を合わせると笑顔で返してくれる近所のおばさんもいない。
何より一番大好きな母がそばにいないことが苦痛だった。
父は自分に関心はなく屋敷にはいないし、義理の母は顔を合わせるたびに蔑みの目を向け兄はほとんど顔を合わせることがなかった。
伯爵家に入るならばとそのときの侍女に礼儀作法を厳しく躾けられた。今思えば子供にするものではないほどの躾は熾烈なもので、折檻は日常茶飯事で特にレッスンの時間は幼いロイにとって恐ろしいものだった。作法を間違うと容赦なく飛んでくる鞭は幼いロイの身体中を傷だらけにした。
母と離され、寂しさと身体の痛みでロイはいつも庭の隅で泣いていた。
月日が経つにつれ、伯爵家が傾き出したときにはいつのまにかあの侍女がいなくなっていたがあの侍女のせいでロイの幼少期の思い出は仄暗いものとなった。
「クロ」と出会ったのはある日のことだった。
庭の植え込みの影から一匹の黒い子犬が倒れているのを発見したのだ。痩せて傷だらけの弱っていた子犬をロイは必死で看病した。
看病の甲斐あってか元気になった子犬は最初はロイを警戒してした様子だったが徐々に撫でさせてくれるようになった。
どこからか迷い込んだと思われるその子犬をロイは「クロ」と名付けて可愛がった。
クロは賢く、こちらの言っていることがわかるような子犬だった。話をするときは黙って聞いていたし、庭に人気を感じるとロイのズボンを引っ張って隠れる場所を示してくれたり、ときには花をどこからか摘んで咥えて持ってきてくれたりした。
クロと過ごす時間は幼いロイにとってかけがえのないものだった。
それが突然クロが姿を消したのはいつぐらいだっただろうか。ショックで数日間泣きはらし何も飲まず食わずで過ごして兄に無理やり食事を摂らされたことを思い出す。
(ショックすぎてかあのときの記憶が曖昧なんだよな)
ぼんやりと物思いにふけり、ふと窓の外を眺めているとまだ空は暗く夜中のようだった。
ゆっくりとベッドから降りて何の気なしに窓の外を見る。人気のない静かな庭が月の明かりに照らされている。
オルティス家にきて驚いたのは使用人に一人ずつ部屋が与えられていることだった。もともと使用人の数が少ないから賄えるといってもここまで高待遇なのはめずらしい。
月の明かりでこのあいだ買った本を広げる。
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「ずっと一緒って言ったじゃないか……」
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「真実の愛なんて叶うはずない」
ロイは呟くと本を抱きしめた。
月明かりだけが差し込む静かな夜はこの世界で自分だけがひとりぼっちなのではないかと錯覚するくらい静かな夜だった。
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